36-(5) 仕込み到着
それはちょうど、スロースが仁からの問いに答えた直後の事だった。嘆息と侮蔑の眼で、
空中に浮かべた無数の歯車や針状の刃を、仁達に放とうとした寸前の出来事だった。
「……?」
何だか妙に騒がしい。トーテムや他の兵力か? いや違う。けたたましい音──サイレン
の音や人だかりらしき声が聞こえてくるのは、研究所の外側からだ。
「ス、スロース様! タ、大変デス!」
するとこの大フロアに駆け込んで来たのは、数体のサーヴァント達。白衣を引っ掛けてい
る姿からして、研究所内の技術要員なのだろう。
スロースが、他のサーヴァント達や目減りしたバイオ一派の残党達が、それぞれ一斉に彼
らへと視線を向ける。慌てふためくこの白衣の鉄仮面達は、その見た目よりも存外に焦りの
感情をみせてつつ叫んだ。
「建物ノ外ニ、人間達ガ……!」
スロースが次の瞬間その怪人態の眼を驚愕よろしく見開き、ハッとなって、頭上の天井に
空けられたままの大穴を見上げる。
「──おお、本当だ。屋根に風穴が空いてるや」
「でもそれって、解体工事とかじゃねえの?」
「さあ……。記憶が曖昧だけど、何だっけ。元々耐震性能が古くなったから、使われなくな
ったって誰かが言ってたような……?」
「危険です! 皆さん下がって! 近付かないでくださーい!」
「おいおい……。中はどうなってる? 兵さんや由良は無事なんだろうな!?」
「というか、何で野次馬までこんなぞろぞろ集まって来てる? あれは告発じゃなかったの
か?」
ちょうどその頃、旧第五研究所を臨む周囲には、十数人の刑事の集団や野次馬、ないし先
刻の爆発音を受けて駆けつけた消防隊などが集まっていた。しかしその中の誰も、明確に統
一された通報者を持たなかったため、現場は混乱はしても落ち着きを取り戻すことは中々な
かったのだ。
「……くっ。邪魔な虫どもが嗅ぎ付けて来たみたいね……」
しまった……。故にスロースは今更ながらに後悔した。静かに唇を噛んだ。
当然と言えば当然である。あれだけの強襲と爆音で、周囲の人間が気付かない筈などない
のだから。
(プライドは一体、何をやってるの……?)
実はこれも、対策チーム及び当局内の工作員らによる作戦である。アトランダムに抽出し
た市民と、筧に近い刑事らにタレコミの電話やメールを送り、わざとこの研究所へと誘導し
ていたのである。
『速報・H&D社旧第五研究所で爆発』
『筧兵悟は、H&D社旧第五研究所に捕まっている──』
「……へへ。まさか俺達が、退路を用意していないとでも?」
少なくとも筧に近いノンキャリ組、おそらく蝕卓の息の掛かっていない彼ら同僚の刑事達
に報せれば、助け出しに飛んでくると踏んだ。今回の突入作戦の前に、皆人が中心となって
予め仕込んでおいたもう一つの策だ。
ニヤリ。地面に倒れていたままの仁達が、そうほくそ笑んで言った。強襲は自分達を囮に
する為だけではない。この旧第五研究所包囲網の為の布石でもあったのだ。
「流石に潮時、かな」
「ああ。ぼちぼち向こうも、上手くやってるだろう……」
とはいえその言葉の半分は、自分達の希望的観測ではあったのだが。
ぽつっと呟いた宙の言葉を合図に、仁や海沙、生き残った隊士達が互いに頷き合った。す
ると彼らはそのまま一斉に同期を解き、それぞれのコンシェル達と共に綺麗さっぱり消えて
しまったのである。
「っ!? 逃げられた……?」
「お、追え! 追えー!」
「待ちなさい! ……もう手遅れよ。奴らの本体は、きっともっと別の場所にいる」
そしてこの畳み掛けるような反撃と逃走劇に、バイオ残党やサーヴァント達が動き出そう
としたが、それを他ならぬスロースが止めた。チッと小さく舌打ちをして、デジタル記号の
光に包まれながらゴスロリ少女の人間態に戻り、忌々しげに大穴の空いた天井と周囲の被害
を見渡す。
やられた……。向こうは最終的に自分達が劣勢になることを織り込み済みで、策に策を重
ねていたのだ。十中八九追跡は難しい。生身の守護騎士はともかく、他の奴らはコンシェル
に同期しただけの遠隔操作だ。
いや、それよりも……。外の騒ぎは拙い。多少の野次馬だけならいざ知らず、警察や消防
が交じってくれば話は別だ。上とは別に、下の連中が独断で動いたのか。
「全員、一旦地下に戻りなさい! 研究の証拠やデータを、運び出すわよ!」
早く! かくしてスロースは、場に残った部下達に指示を飛ばし、一転して退却の態勢を
取り始めた。怒声交じりのそんな一喝に、彼らが弾かれたようにわたわたと走り出す。
(……やってくれたわね。次会った時は、今度こそ……)




