表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-36.Eternal/自由(あす)を求めた罰
275/526

36-(3) 私という意味

 私と契約を果たしてからというもの、彼女はどんどんその力にのめり込んでいるように思

える。事ある毎に私をデバイスの中から呼び出し、目の前の世界を停止させ続けた。

 だから最初、私にとって世界とは、常に誰一人停まって動かないものだった。モノクロな

色彩に全てが染まり、前に進むことを強制的に禁じられた世界。尤も当の本人達は、時間を

停められたということ自体、知覚する術はないのだけど。

 まさに彼女は、私に頼りっ放しだった。私が身につけたこの能力を、自分に与えられたも

のだと勘違いして。

『ふふ、ふふふ……。凄いわ、凄いわ! これで私はもう、怯えなくたっていい!』

 ……だから、いつしか私の中にはある“感情”が芽生え始めていた。

 最初はただ淡々と、契約内容に基づいて力を行使する。それ以上でもそれ以下でもなかっ

たのに、停止した灰色の世界を狂喜しながら闊歩する彼女を見ている内に、どうやら私も変

わってきたらしかった。

 ……面倒な繰り手ハンドラーだ。何と意味のない契約を結んでしまったのだろう。

 そこまでして周りの人間が憎いのならば、始末すればいいのに。その方が確実で、私とし

ても、より短期間でこの現実リアルに影響力を残せる。

 何よりも、何故そこまで“大人”になることを拒むのか?

 私達と人間では勝手が違うのだろうが、それは即ち実体を手に入れるということだ。進化

するということだ。他者というサンプルを経て、自らを改善することではないのか?

 ……時を停めている間は、他人の嫌な言動を見なくて済む。ただ自分一人だけが、そんな

時の流れに食われなくて済む。

 だがそれは、結局“逃げ”の一手に過ぎない。単なる慰みだ。私の能力にも限界はある。

能力を解除して、時が再び動き出せば、彼女もまた決して逃れられないその流れとやらに身

を委ねる他ないのだ。私達は皆、進むのだ。

『──』

 私には、予めプログラムされた存在である私達には、理解できない何か。

 だがそれでも、そんな彼女の姿を繰り返し繰り返し見つめ続けていく中で、私にもいつし

かそのような“感情”が生まれ始めていた。即ち“疑問”が芽生え、膨らみ続けていた。

 それは最初ぼんやりとしていて、しかし徐々に召喚されるに応じて、実体を確立してゆく

につれて固まっていったもの。自覚していったもの。

『これでいいわ。さあ、楽しみましょう。いらっしゃい、私だけの世界!』

 何十回目かの時間停止。例の如くモノクロに染まって微動だにしなくなった世界の中で、

私達はその夜も、とあるビルの屋上に立っていた。街を見下ろしていた。

 彼女は、やはり嬉々としている。今や寧ろ、普段の生活よりもこの一時を待ち望むように

なり、依存度を強めていた。片手に私の真造リアナイザ、もう片手を灰色の空に掲げ、もう

機械の私でさえも「狂った」と表現できるその横顔で、軽やかにステップを踏む。

(……?)

 そんな時だ。ようやく私は、その最中で自分が実体化を完了させたことに気付いた。例の

如く闊歩する彼女を遠巻きの視界に捉えておきつつ、ぎゅっと何度か自身の手を握ったり開

いたりしてその感触を確かめる。

 ……ようやくだ。ようやくこれで、私も自由になれる。

 そしてこの瞬間ときやっと、私は理解したのだった。それまで彼女に、自分のやってきたこと

に対する感情──虚しさと表現できる疑問の正体を、ようやく掴むことができたのだった。


 ──何故私は、進化しなければならなかったのか?

 ──何故私は、生まれてきたのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ