36-(2) 一枚隔てて
時を前後して、飛鳥崎中央署。一課の共有オフィスからも隔たれ、向かい廊下奥の一角に
設けられた白鳥の自室に、二人の刑事がノックをしてきた。
「失礼致します」
「ただいま戻りました」
「ああ。ご苦労」
角野と円谷だった。大木のような長身の男と、丸太のようなガタイのよい男──白鳥の側
近でもあるキャリア組の刑事達だ。
自身のデスクに座ったまま、白鳥はちらりとこの帰って来た部下達を肩越しに見遣った。
黒革の高級椅子は部屋の斜め奥、窓の外を向いており、そっと両手を組んだままの格好で、
彼は二人に訊ねる。
「“後始末”は済んだか?」
「はい。予定通り、研究所内に」
「後はスロースが敵の戦力を回収して、シンに送る筈です」
四角四面に、折り目正しく。
しかし……。だがそこで、円谷が少し言葉を濁して続けた。再び白鳥が肩越しにこれを見
遣るが、やはり椅子に深く背を預けたままの体勢を変えようとはしない。
「どうした?」
「一つ問題が。どうやら連中が、仲間達を助けに研究所へと突入してきたようなのです。そ
の時には既に、我々はあそこを出発した後でしたので、サーヴァント達からの報告でしか聞
いてはいないのですが……」
如何致しましょう? そう二人は、変わらず真面目なままに白鳥へと伺いを立ててきた。
連中、それは言わずもがな守護騎士及びその協力者達だろう。あの捕らえたコンシェル使
いを取り戻しに来るだろうとは予想していたが、存外に早かったか。白鳥は「ふむ?」と軽く
口元に握り拳を当て、思案顔になった。角野が骨ばったその仏頂面を向けたまま訊ねてくる。
「ご命令通り戻って来ましたが、加勢してくればよかったでしょうか?」
「……いや。あそこにはスロースが任されてる場所だろう? 任せておけばいいさ。それに
ラボ内には今、サーヴァントや配下の個体達、バイオレンス一派の残党達も保護されている
と聞く。“駒”ならごまんといるさ」
はっ……。角野と円谷は、そう答える彼に、軽く胸に手を当てて恭順の意を示した。数拍
頭を垂れ、言外に次の言葉を待っている。
ギシッと、白鳥が椅子をこちらに向け直して視線を遣ってきた。表向きの肩書きが載せら
れているネームプレートを傍らに、彼はあくまで優雅──強者の余裕たれと、両手をデスク
の上に組み直して淡々と告げる。
「それよりも準備を急げ。どうやら、早く済ませた方がよさそうだ」
「──えっ? 兵さんも今日、休んでるって?」
その頃、一課のオフィス。
今日も忙しなく刑事達が動き回っている中にあって、ノンキャリ組の刑事達が数人、その
話を耳にして怪訝の表情をみせた。別の意味でざわめき、殺気立っている室内の同僚達に悟
られないよう、彼らはひそひそと声量を落として話し込んでいる。
「ああ。てっきり遠出したままなのかと思ったら、どうもそうじゃないらしいんだよ。この
前からずっと、署にも家にも帰ってないんだと」
「どうしちまったんだろう? 兵さん、由良のこと捜してた筈だけど……」
「ま、まさか、兵さんの身にも?」
「というか由良の奴、どれだけヤバい山に当たってたんだ……?」
むくむくと膨らむのは、そんな疑惑の念。若手から中堅まで、こっそりと輪を組んで集ま
った彼らが真っ先に思い浮かべたのは、件の不可解事件群──守護騎士と怪物の都市伝説だ
った。
めいめいの間に増してゆく不安。
しかし自分達の属する、組織本体は動かない。
ただでさえ普段から飛鳥崎全域の、日々幾つもの事件と闘っていて余分な人手など無いと
はいえ、これでは二人が見捨てられているようなものではないか。上層部、キャリア組と課
長などは「たるんどる」と彼らを吐き捨て、優先順位をずっと下にしたままだが、人が減れ
ばそれだけ、自分達が捜査で困るだけなのに……。
「兵さん本人は、こっちで引っ張ってくるから気にするなとは言ってたけど……」
自己責任。その言葉一つで、連携を取るべき同僚同士ですら、日々何処かで隔絶を生んで
いる。自分の仕事に集中していろとはいうが、二人はずっと一緒に闘ってきた仲間だ。そう
簡単に見捨てられるものか。
「ったく、一体全体上は何してんだよ」
「せめて捜して来いって、一人二人指示してくれりゃあ、俺達も……」
募るのは上層部の息の掛かったエリート、キャリア組への不信感だった。
これまでも何度か不可解な事件、それらへの対応こそあったが、これではまるで彼ら自身
が何かを隠しているようではないか。
(……うん?)
ちょうど、そんな時だった。
そうひそひそと話し込んでいる、刑事の内一人のデバイスに、はたと着信が入って──。




