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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-36.Eternal/自由(あす)を求めた罰
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36-(1) 従順の理由(わけ)

 大量に散った火花が霧散してゆくのと同時に、どうっと仁──がグレートデューク達がそ

の場に倒れ込んだ。

 隊士達の中にはその初撃で意識が飛び、同期が解けて消えてしまう者もいたが、仁や宙、

海沙以下残りの面々は何とか耐えた。

「くっ……。あっ……!」

 やはり幹部が。何とか拮抗させていた状況が、こうも容易くひっくり返された。

 いきなりで大き過ぎるダメージに起き上がることもままならず、仁達はめいめいにその場

で大きく息を荒げていた。痺れ震える身体を必死に支えていた。

「……ふん」

 聞こえてくるのは、振り返って再びゆっくりと近付いて来るのは、時計塔クロックのアウターこと

怪人態のスロース。

 姿形こそ違うが、間違いない。その声は以前、H&D社の生産プラントに潜入した際に現

れた、幹部の一人のそれと一致している。当時のログで見た彼女に間違いない。

「馬鹿ね。あんた達が私に勝てる訳ないじゃない」

 一転して覆り、大ピンチ。

 彼女はそんなこちらの時止めきしゅうをもろに受けた仁達を見下ろしていた。腰に片手を当て、気

だるそうに油断なく語り掛ける。

「っ、うあ……。お前ら、無事か?」

「ええ。何とか」

「大江君が、寸前で庇ってくれたお陰で……」

 仁がゆっくりと、ダメージに悲鳴を上げるデュークの身体をぐるんと起こしながら仲間達

に訊ねた。殆ど反射的にではあったが、宙や海沙、残る隊士達はまだやられ切ってはいない

ようだ。

 だがそんな彼の様子を、スロースは反撃の兆しと捉えた。次の瞬間、仁がデュークの槍を

持ち上げようとする直前に再び時間を止め、歯車や針状の刃を叩き込む。傍から見れば、ま

たしても彼女が“消えた”ように見えただろう。

 激しく火花が散り、仁達が反撃の体勢を作るまでもなく吹き飛んだ。ゴロゴロと地面を転

がる彼らに、この一部始終を見ていたバイオ一派の残党達が、にわかに活気付き始める。

「す、すげえ……」

「流石は蝕卓ファミリーの一人……」

「いいぞ。そのまま、やっちまってくだせえ!」

 しかしそんな彼らに、スロースはキッと睨みを利かせるように不機嫌になった。ヒュッと

五指の間に歯車や針状の刃を一瞬にして取り出し、その苛立ちを隠さぬまま叫ぶ。

「うるさい! 調子に乗るんじゃないわよ! 数で有利な癖に、何で勝てないの!?」

 ビクッ。残党達と、半ば巻き添えで叱咤されたサーヴァント達が、ほぼ同時にその迫力に

硬直して震える。はあ……と、そして彼女は次の瞬間には、面倒臭そうに嘆息を零す。

「あんた達がしっかりしていれば、私が尻拭いなんてせずに済んだんでしょうに。トーテム

は、そんなあんた達の為に命を張ったのにねえ?」

『……』

 押し黙るバイオ一派。仁達もこのやり取りを、コンクリ敷きの地面に突っ伏したままで見

つめており、反撃の機会を窺っていた。

 少なくとも、時間稼ぎという当面の作戦、自分達の役割はもう限界のようだ。

 後は睦月達が、この間に冴島隊長らや筧刑事を、ちゃんと助けられているかどうか。如何

にして全員がここを脱出できるかどうか……。

「ま、いいわ。もうこいつらは満足に動けないっぽいし。見た所、コンシェルと同期したま

まで此処に来たみたいだけど……」

 だがカツンと、スロースは靴音を返してこちらを見下ろした。話し込んで背中を見せ続け

るような愚は取らないという訳か。こちらの狙い、思考を読んでいるのか、油断なくいつで

も攻撃を放てるように構えている。

「でも、一瞬で千発も叩き込めば死ぬでしょ。同期強度リアクトが繋がっている以上、人間に耐えら

れる痛覚には限界がある」

 ザラリ。手持ちの刃に加え、彼女は中空に無数の歯車や針を出現させた。合図一つで、次

に時を止めた瞬間、これらは仁達を襲うだろう。今度こそただでは済まないだろう。

 くっ……。仁は同期の下で、苦痛に顔を歪めた。

 ここまでか。一足先に、撤退するしかないか。

「……何でだ?」

「ん?」

「何でだ? 何でそれだけの力がありながら、“蝕卓ファミリー”なんかの言いなりになってやがる? 

てめぇならあいつの──バイオ達みたいに、奴らから自由を勝ち取ることぐらい出来ただ

ろうに……」

 はたしてそれは、個人的な興味か、或いはもっと別の目的か。

 仁はたっぷりと荒い呼吸を整えてから、そうスロースに訊ねていた。当の彼女は一瞬怪訝

に眉間に皺を寄せていたが、すぐにまたいつもの面倒臭そうな、気だるげな嘆息をつく。

「……あんたは、何も分かっちゃいない」

 だがそんな仁達を見下ろす怪人態の眼は、酷く冷たくて。

「“自由”なんてのは──面倒臭いだけよ」

 数拍の間を置いてから、彼女は何となくここではない何処かを見て、呟く。

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