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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-35.Eternal/永遠(とわ)を望んだ罪
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35-(7) 怠惰の罪

 ……結局受け取っちゃった。どうすんの、これ?


 家に帰って来て、私は玄関の鍵を閉めると、そのまま自分の部屋に籠もった。

 親父とお袋はまだ帰って来てない。いつもの事だ。それはともかく、今は机の上に放り出

した例のリアナイザと睨めっこをしながら、頭を抱える。

『本当、一体私にどうしろっていうのよ……』

 あの高そうなスーツの男を、私は見た瞬間に何だか気に食わないと思ったのに。そもそも

TAテイムアタックってのは基本対戦ゲームで、相手のいない私が持ってたって意味がないってのに。


『もし今を変えたいのなら、引き金をひくといい』

『君の願いは叶う』


 それでもこうしてあいつの差し出した手を、このリアナイザを受け取ってしまったのは、

心の何処かで期待していたからなのかもしれない。もし本当に、そんな無茶苦茶な願いが叶

うっていうんなら、悪魔だろうが何だろうが利用してやる。少なくとも“今”の生活がこの

先も続くなら、何か変化があるだけマシだった。

(……よし!)

 だから私は、引き金をひいた。正直話半分だったけど。それでも突然現れたこの日常の外

からきたものに、縋りたいっていうのが本心だった。

『ひゃっ!?』

 部屋の空いている方に向けた銃口。

 すると撃ち出された光球の中から現れたのは、一言で言うと化け物だった。蛇腹……って

いうんだっけ? そんな配管で身体がぐるぐる巻きにされた、片目だけで表情が殆ど見えな

い鉄仮面の化け物が私の前に立ってたんだ。

『──ヲ』

『っ! ……うん?』

『願イヲ、言エ。ドンナ願イデモ、叶エヨウ』

 最初はその見た目にびっくりして逃げ出しそうに、引き金から指を離しそうになったけれ

ど、そいつはゆっくりと口(?)を開いて言ったんだ。私は呆気に取られてたけど、本人は

大真面目なのか、その場に立ったままずっと答えを待ってる。少なくとも、私に危害を加え

ようって訳じゃなさそうだった。

『どんな、願いでも……?』

 だから私はぼうっと突っ立っていた。ぼんやりと、その一言がどうにも胸の中に染み込ん

でゆくようで、警戒心ってものがどんどん解きほぐされてゆくような心地がした。

 不思議と視界が濡れるように霞む。

 私の願い。私がずっと望んできたこと……。

『……私、は。私はなりたくない。私は、大人になんてなりたくないッ!!』

『了解シタ』

 するとどうだろう。この化け物は、次の瞬間私のおでこにちょんと指先で触れて、何かを

読み取り始めた。同時にその身体がデジタル記号みたいな見た目のノイズ──光みたいなも

のに包まれて、気が付いた時には全く違う姿になっていたんだ。

『……契約は完了したわ。これで、あなたの願いは叶う』

 歯車とか針とか、全身“時計”をモチーフにした怪物に。

 あと、喋り方が一気に人間っぽくなった。声も女の子っぽくなったのは、私が女だからな

のかな? 私、こんな嫌みな感じじゃないんだけど……。


 でも、それからの私の日常は文字通り一変した。私に付き従うこの時計の子が持つ能力の

お陰で、私はこれまでの退屈で閉じ込められた毎日から脱出することができたんだ。

 ──この子の能力。それは“時を止める”こと。

 軽く指を鳴らせば、軽く手をかざせば、それだけで私達以外の全てのものがピタリと静止

する。止まっている間は私が何をしようと動かないし、気付かない。

 最初は、ほんの数秒だけだった。

 でもこの子が能力を使ってゆけばゆくほど、成長してゆくのか、一度に止められる時間は

少しずつ確実に長くなっていった。それはもう取り憑かれるように、私はこのリアナイザで

彼女を呼び出しては、止まった時間の中を楽しむようになった。

 ……だって、周り全部が止まっているってことは、それだけ私が大人に近付かなくていい

ってことでしょ? 言葉の通り、あの憎き時の流れが止まってるってことでしょう?

 私は嬉しくて嬉しくて堪らなかった。こんな夢みたいなことがあっていいのかと思った。

 でも、これは現実。間違いなくこの子が止めた時間の中を自由に歩き回って、時々気に食

わなかった奴らの顔に落書きしたり、お互いを喧嘩させるように細工をしたり。

 時の流れに、ただ私だけが抗えること。鬱陶しかった奴らを遮断できること。

 こんなに素晴らしい力が、あるなんて思わなかった。それもこれも、あのスーツ男が例の

リアナイザをくれたからだ。この子を生み出せたからだ。

『ふふ、ふふふ……。凄いわ、凄いわ! これで私はもう、怯えなくたっていい!』

 止まった時の中で、この子と、全てを支配したみたいな高揚感があって。

 この力があれば、或いは。もっともっと──。


 大量のサーヴァントと進化済みアウター、おそらくバイオ一派の残党との押し合い圧し合

いの大立ち回りを繰り広げていた仁達は、次の瞬間リモコンでポーズを掛けられたように、

この敵達と共々ピタリと静止して動かなくなった。

 スロースである。継ぎ接ぎだらけのテディベアを抱えた、ゴスロリ服の少女は、自ら止め

た彼らの中を一人悠然と歩きながら、デジタル記号の光に包まれてその本性を現す。

「──」

 時計をモチーフにした、機械仕掛けの怪人だった。

 差し詰め“時計塔クロック”のアウターとでも呼ぶべきか。柱時計を人型にしたような本体の周り

に、無数の歯車や時計の針、盤面や振り子といったパーツが武器や防具を兼ねてちりばめら

れている。

 はあ……。人間態の時と同じように、彼女は大きく気だるげな嘆息をついた。その足は仁

らグレートデューク達の前で止まり、数拍小首を傾げて、聞こえている筈もないと分かって

いるのに、これに語りかけるように呟く。

守護騎士ヴァンガードの姿がないって報告を受けた時点で、あんた達が囮だってことくらいは容易に分

かったわ。大方ド派手な登場に仕方も、あいつをこっそり侵入させる為の演出でしょう? 

あんた達の中に、姿を消せる能力を持つ奴がいるのは知ってるから、十中八九そいつと一緒ね」

 カツ、カツン。自分以外誰一人微動だにせず、停止した時の中で、彼女はデューク達の前

を通り過ぎると、やはり気だるげに首を何度か左右に静かに揺らした。ちらっと肩越しに動

かない彼らを一瞥すると、その口元に小さく勝ち誇った笑みを浮かべる。

守護騎士ヴァンガード達は、今頃トーテムが血眼になって片付けてくれてるわ。あんた達には、あの時

の借りを返してあげなくっちゃね?」

 次の瞬間、ザッとデューク達を囲むように、無数の歯車や針型の刃が中空に並んだ。され

ど時を止められたままの彼らにそれを知る術はない。フッとスロースは哂い、一歩また一歩

歩き出しながら、パチンと指を鳴らした。止まっていた時が動き出し、音も息遣いも、世界

のあらゆるものが一斉に本来のベクトルに吸い寄せられる。

「──っ?! これはっ」

 当人達にとっては、全くゼロの隙間に挿し込まれた攻撃。避けようなどなかった。

 仁や海沙、宙、隊士達に向かって、無数の歯車や針型の刃が一斉に襲い掛かる。至近距離

から雨霰と降り注ぐその攻撃に、仁達は抗う術をもたない。

「くっ……!」「きゃあ!?」

「ぐっ、があああああああーッ!!」

 激しく、凄まじい量で飛び散る火花。

 直後、それぞれのコンシェル達のダメージに対応する反動それが、同期する彼らの全身に、五

感へと叩き付けられた。

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