35-(3) 内包する
親父とお袋の仲は、日ごとに悪くはなっても、良くなることはなかった。
気が付けばもうすっかり日常の光景になった二人の喧嘩の中で、何度も「出ていけ」とか
「離婚」といったワードが出てくるようになったなと、私は感じていた。
それだけなら、別に不思議じゃない。仲が悪いなんてのは昔っから分かってたから。
でもむかついたのは、そんな段階になってくると、段々あいつらが競うように私を味方に
つけようと擦り寄ってきたことだ。『勿論、俺についてくるよな?』『何言ってるの。私で
しょう?』……ふざけんな。今まで散々、巻き添えにしてボコ殴っておいて。今更私を相手
に“勝つ”ダシにしようとしてる魂胆が丸見えで、頷く訳ないだろうが。
本当、うんざりだった。何でこんなクソみたいな奴らが私の親なんだろう?
そんなに喧嘩をして、憎み合うぐらいなら──何で私を産んだんだよ?
絶望の上に絶望を塗りたくって。でも、そんな言い方だけでも全然足りなくって。
いつしか私の頭の中は、目の前の現実への嫌悪感でいっぱいになっておた。四六時中そん
な鬱々とした考えが私を支配して、ろくに過ごせたモンじゃない。
勉強も、友達付き合いも、どんどん億劫になっていった。どうせこいつらも、本当はクソ
みたいな連中ばっかりなんだと思い始めたら、止められなくって。そんなことばっかり考え
てる自分にも苛々して。
何をやっても……身が入らない。
そんなだから、周りの人間からは一人また一人と嫌がられたし、実際私から離れていった
んだけど、こっちだって気持ちは同じだと強がった。寧ろまだ気が楽だと自分に言い聞かせ
続けた。
……それでも、時間だけは容赦なく流れる。刻一刻と、つまりは“大人”になっていく。
『はあ』
もう何度、ため息をついたか分からない。そうやってわざと口に出さなきゃ、とっくに私
は潰れて駄目になっていた。それが“楽”だと分かってて、中々できなかったのは、ひとえ
にそっちに流れたら、何となく奴らが喜ぶだけだと思ったから。思う壺だと思ったから。
……憂鬱だ。一ミリも頭に入らない授業を何回も受けて、クソの役にも立たない仲良しご
っこをやらされて、一人帰り道を歩く。
でも家に帰ったって、あの二人の喧嘩に、ピリピリとした空気の中に巻き込まれるだけだ
し、いつも私はできる限り遠回りをして、道草を食いながら時間を過ごしていた。
夕暮れになり、段々と落ちてくる日の中で、何処からともなく人という人が街のあちこち
から湧いてくる。そんな姿がまた鬱陶しくて、だけどそうやって時を無駄に過ごすしかない
自分自身に苛立って、私はぶつけようのないこの気持ちを抱えていた。何もかも、私の邪魔
ばかりをして、立ち向かう気概さえとうに削ぎ落としていた。
『──やあ』
そんな時だったんだ。いつものように日暮れ近い街でぶらぶらしている私の前に、そいつ
が現れたのは。
如何にも成功してますよっていう感じの、いけ好かない感じの男だった。高そうなスーツ
を着こなして、何が面白いのか私の姿を認めると、一人悠然とした足取りで近付いて来る。
目の前に立って、見下ろしてくる。
『いい眼をしている。絶望しているということは、それだけ内包している感情も大きいとい
う証拠だ』
最初、何を言われているかよく分からなかった。というより、その無駄に自信に満ち溢れ
ている感じが気に食わなかった。まるで、私と正反対だな……。ぼうっとその着ている高そ
うなスーツに、アイスでも押し付けてやれば少しはスッキリするだろうか? そう思っても
実行する気力も持ち合わせもなかった。
するとこいつは、言ったんだ。周りには人が行き交っているのに、まるで誰一人として私
達に気付いていないようなセカイの中で、奴は懐から一個の短銃型の──リアナイザを取り
出すと、私に差し出してきたんだ。
『もし今を変えたいのなら、引き金をひくといい』
『君の願いは叶う』




