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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-34.Faith/その遺志を挫く者
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34-(5) 機帝換装

 自分達のアジトに、現れる筈のない者達が現れて、ヘッジホックとトーテムはそれぞれに

驚愕で目を丸くしていた。背後の仲間達に至っては、もう完全に気が動転してしまって後退

り始めている。

「どうして、ここが……?」

 急ごしらえの雑な手当てを受け、身体中に包帯を巻いていたヘッジホック。湯でねばねば

を取り除こうとしていた途中だったトーテム。思わず衝いて出たその疑問に、フッと皆人が

小さく口元に笑みを浮かべてこちらを指差す。

「発信機だよ。お前に撃たせた粘着弾の中に、予め小型のそれを仕込めるよう改造を頼んで

おいたんだ。実際、こうしてこの隠れ家まで案内してくれただろう?」

 ハッとなって、トーテムはまだ身体に貼り付き残るねばねばを片っ端から触ってみた。す

ると確かに、その中の一箇所に硬い感触があった。発信機と思しき小さな筒状の部品が、ね

ばねばの中に紛れている。

 何てこった……。彼は思わず顔を顰める。この粘着弾はただ自身の分離能力を封じる目的

だけではなかったのだ。小癪にもこの男──以前にも戦った間違いなく守護騎士やつの仲間は、

こちらの想定を遙かに上回る策士であるらしい。

「睦月、お前はヘッジホックを。俺はこいつをやる。他の者達は打ち合わせ通り、二手に分

かれてサポートしろ」

 了解! 自身の調律リアナイザを取り出して、皆人はコンシェル、クルーエル・ブルーを

召喚した。その左右で連れて来た隊士達が半々に分かれ、二人の援護とこのアジト周辺への

人払い工作に動き出す。

 小さく舌打ち。ヘッジホックとトーテムが、それぞれ本調子ではないものの、再び怪人態

へと変身した。背後の気圧されている部下──仲間達に、活を入れるように叫ぶ。

「逃げろ! まごついて一ヶ所にいたら、狙い撃ちにされるぞ!」

 一瞬、彼らは躊躇いをみせた。二人がまた自分達の為に囮になろうとしている事は明白だ

ったからだ。それでも、天敵とも言える対策チームのコンシェル達が襲い掛かってくるさま

を目の当たりにして、彼らは散り散りに後退し始めた。中には果敢にも怪人態に変身し、少

しでもこれを迎え撃とうとする者もいたが、次々に一対多数の展開に持ち込まれて大きく奥

へ奥へと押し込まれる。劣勢に追い遣られる。

 貫け! クルーエル・ブルーの伸びる刃が、トーテムに向かって撃ち込まれた。前回の交

戦では分離能力で容易くかわせていたが、今回はそれもままならない。杖をかざし、念動力

の盾でこれをすんでの所で受け止める。弾き返して、その勢いのまま刃先がアジトの天井を

穿ち、大量の土埃が舞う。

「……奇襲だけに飽き足らず、また卑怯な手を……。それでも、人間かあ!?」

 一方でヘッジホックは怒り収まらぬといった様子で、両手に棘付き拳鍔ダスターを握り締めながら

叫んだ。睦月はきゅっと、苦渋のまま唇を結び、しかしもう情に流されてはならないと自ら

を強く戒める。

「……人間さ。そしてお前達の脅威から、人々を守る為に戦っている。お前達は既に、進坊

本町の一件をやらかしてるんだ。これ以上、逃がす訳にはいかない。お前達に手間取ってい

たら、冴島さん達が手遅れになるかもしれない……」

 それは半分、皆人からの受け売りで、睦月が自身に急かせる言葉でもあった。

 最初あった戸惑いを、無理やり“敵意”へと替える。元々相容れぬ、狩る者と狩られる者

という立場なのだ。なまじミラージュや黒斗、二見や淡雪のようなケースを知ってしまった

からこそ、きっと皆人のように割り切ってしまった方が簡潔で楽なのだろう。

「それに卑怯卑怯って言うけど、蝕卓おまえたちだって由良刑事を口封じして、今度は冴島さん達にま

で手を掛けようとしてるんじゃないか。自由を手にしようと闘っているにしても、蝕卓ファミリーの下

につく形を選んだのなら……敵にならざるを得ない」

 懐からEXリアナイザを取り出してパンドラ入りのデバイスを挿入し、現れるホログラム

画面から、サポートコンシェル達を選択する。

「それが僕の──守護騎士ヴァンガードの役目……!」

 錠前のアイコンをタップして解除。七体のそれらを、銀枠の中へ一括りにしてアクティブ

にし、つうっと指先を滑らせる。

『DIAMOND』『IRON』『GOLD』

『SILVER』『COPPER』『QUARTZ』『MAGNESIUM』

『TRACE』

「……っ」

『ACTIVATED』

『DAEDALUS』

 大きく掲げられた銃口が、睦月の頭上に大きな銀色の光球を射出した。その光は一旦頂点

に撃ち上げられてから七つに分裂して、円陣を組み旋回し、次々に睦月の下へと降り注ぐ。

「──」

 溢れ出た余熱と風圧。

 はたしてそこに現れたのは、全身銀を基調とした新たな守護騎士ヴァンガードの姿。

 銀の強化換装・ダイダロスフォーム。金属系のサポートコンシェル達の力を借りた、防御

力に特化した形態だ。左手には分厚い盾を、右手には鎚を装備している。

「うらぁッ!!」

 ヘッジホックの、半ば激情に任せた拳と全身の棘が襲う。

 だがこの強化換装に身を包んだ睦月は、その攻撃を全く受け付けなかった。棘先が全くと

言ってほど通らず、逆に欠ける。思わず目を見開いたヘッジホックに、盾で受け流す動きと

併せた鎚の一撃が振り下ろされた。激しく火花を散らして、その身体が仰け反る。

「ヘッジ!」

 トーテムも、この異変に気付いていた。念動力の見えぬ防壁を重ね、クルーエル・ブルー

の刺突を何とか防いでいた彼だったが、この余所見をしてしまった僅かな隙を、対する皆人

が見逃す筈もない。

『──』

 全身から、メタリックブルーで統一された鎧のあちこちから、蒸気を発して赤くなってゆ

くクルーエル。鎧の各部位をパージしてまで力を溜めてゆく姿に、トーテムはハッと再びこ

ちらを見て目を見開いた。来る……! 更に念動力を込めたが、既に遅かった。

激情のテリブルレッド!!」

 直後、先程までとは明らかに段違いの突きが、こちらに向かって撃ち出された。

 ガッ……?! その渾身の一撃は、トーテムの念動力の壁をも貫き砕き、その身に赤熱を

纏ったダメージを刻む込む。

「がはっ!」

 ヘッジホックが再三、殴り飛ばされた。攻撃してもしても、尋常でなく硬くなった睦月の

反撃を受けてしまい、こちらばかりがダメージを受けてしまう。

 手負いのままで、本調子ではないというのも影響しているが……拙い。ヘッジホックはふ

らつきながら、苦痛で表情かおを歪めながら思った。打ち負けた全身と拳の棘先が既にあちこち

欠けて、へしゃげている。ガシンガシンと、銀色の重鎧に身を包んだ睦月が、鎚を引き摺り

ながら近付いて来る。

「……くっ!」

 全身の棘を逆立て、遠距離からの射出攻撃を試みた。だが前回は通用したこの戦法も、防

御力の増大した睦月にはまるで通用しない。ゆっくりと、ヒットからの仰け反りもしないま

まで、今度は金色に輝かせた盾が、それまで受けたこの攻撃の威力を放出パージして撃ち返す。

 ごばっ!? 再び反撃をもろに食らい、ヘッジホックは吹き飛ばされた。荒く肩で息をし

ながら起き上がるが、万事休すだった。向こうのトーテムも、隊士達と撤退戦を繰り広げる

仲間達も、明らかに苦戦を強いられている。

「……使うしか、ないのか」

 そうして彼は、スッと件の黒チップを取り出した。敗色は濃厚だった。だが自分がここで

死んでしまっても、守護騎士やつさえ倒す事ができれば……。

「!? あれは──」

「止せ、ヘッジ! それだけは!」

 目敏く皆人が、トーテムがそれを見て驚き、叫んだものの、時既に遅かった。ヘッジホッ

クは意を決するようにこのチップを自身の身体の中に挿し込むと、次の瞬間、咆哮を上げな

がらボコボコと肉を裂き、巨大な怪物となって暴走を始める。

『オ……。ヴォオオオオオオオーッ!!』

 顔や胴体、鉄球のような尻尾に無数の棘を生やした、巨大な多脚のトカゲだった。アジト

であった廃工場の天井を突き破り、その巨体を露わにして、日の暮れ始めた空に向かって吼

える。「ヘッジさん……?」アジトの内外で押し合い圧し合いをしていた、部下のアウター

と隊士達が、めいめいに唖然としてこれを見上げている。

「……ヘッジ。何て無茶を……」

 崩れ落ちる瓦礫を避けながら、トーテムがそう小さくごちた。皆人もクルーエルに担がれ

て退避しながら、睦月や他の隊士達の状況をざっと見渡している。

『マスター、これって』

「うん。法川先輩やトレードの時と同じだ。暴走してる」

 そして当の睦月は、呼び掛けてくるパンドラと共にこれを見上げていた。

 ダイダロスフォームが機動力を犠牲にしている分、こちらがデカくなれば防御も何も関係

ないとでも考えたのだろうか。自答こたえは半分否だ。おそらく、相手は最後の抵抗として、あの

チップに手を出した……。

「街に出させたら危険だ。ここで、止めるよ」

『はい。皆さん、ここは危険です! 急いで遠くに逃げてください!』

 ぶんっと鎚を払って構える睦月を、サポートするようにパンドラは叫んだ。皆人や隊士達

が頷き、後を託してこの場から撤退を始める。睦月もそんな仲間達の様子を肩越しに確認し

て、腰のホルダーから取り出したEXリアナイザをコールする。

「……チャージ!」

『PUT ON THE ARMS』

 鎚の腹にある端子コネクタにEXリアナイザを挿し、迸り始めるエネルギーと共に、睦月はこの暴

走するヘッジホックを見上げた。向こうもこちらに気付き、大きく口を開けてくる。おそら

くはもう、誰が誰であるかも解らなくなりつつあるのだろう。ぎゅっと面貌の下で唇を結び、

睦月は上下をひっくり返した鎚先を、ガツンと足元に叩き付ける。

 するとどうだろう。突如として、睦月の周りを大量の瓦礫が覆い始めたではないか。

 いや……厳密には全て、鉄骨などの金属の類だ。

 組成コンポーズ。万世通りの戦いで叩き込んだあの一撃よりも、更に輪をかけて巨大な攻撃が始まろ

うとしていた。集結する無数の鉄塊は、瞬く間に睦月を呑み込んで、大鎚を携えた鋼の巨人

へと生まれ変わる。その姿は、暴走態と化したヘッジホックのそれをも上回って余りある程

のサイズだ。

『──』

 飛鳥崎の一角に、怪獣映画のような、あり得ない光景が生まれた。

 鋼巨人の内部で、睦月はそっと瞑っていた目を開いた。操縦空間と思しき円柱状の足場の

上で、鎚を大上段に構えると、鋼巨人も同じようにその動作を模倣する。

 暴走態ヘッジホック、多脚の大棘トカゲが、この巨体をさもあんぐりと口を開けて見上げ

ていた。ぐんっと振り上げて叩き付けた睦月の動作が、鋼巨人のそれへとリンクする。

「ぐっ……?!」

 刹那、凄まじい衝撃。

 退避していた皆人達は、遠巻きでヘッジホックを文字通り粉砕する鋼巨人──ダイダロス

フォームの必殺技の余波を、もろに受けていた。必死でその風圧に耐え、腕で庇を作って互

いに吹き飛ばされないようにする。同じくトーテムも、別な地点でその圧に押され、身体に

へばり付いていた残りのねばねばを吹き飛ばされながら、後ろ髪を引かれるように顔を顰め

て撤退する。

『……?』

 そして、風圧が消えた頃には、全てがすっかり吹き飛んだ後だった。

 一派のアジトだった廃工場を中心に、綺麗に抉られた巨大な椀状の陥没クレーターが出来、そこに居

た筈のヘッジホックの巨体は、綺麗さっぱり消えて無くなっている。

「──」

 そんな無慈悲で、いっそ清々しいまでの破壊の跡に、睦月は立っていた。変身を解除して

片手にEXリアナイザをぶら下げたまま、ぼうっと虚ろな瞳と表情で、暮れなずむ飛鳥崎の

街と空の向こうを見つめている。

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