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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-34.Faith/その遺志を挫く者
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34-(3) 孤独という病

「へ、ヘッジさん! 大丈夫ですか!?」

「っていうか、トーテムさんも、何でねばねば……?」

 廃工場のアジトに辿り着き、部下達に迎えられた頃には、ヘッジホックもトーテムも怪人

の姿を保っていられるだけの余力がなくなっていた。そのボロボロになった姿に驚き、心配

する彼らに次々と支えられながら、灰色フードの青年──人間態のヘッジホックは、同じく

老紳士風の姿に戻ったトーテムに肩を貸されてどうっと床に転がり込む。

「と、とにかく手当てだ! 治癒能力のある奴を掻き集めて来い!」

 ばたばたと仲間達が、大慌てで動き出している。帰って来たのか……。ヘッジホックは辛

うじて現在の状況を把握したが、正直まともに喋るのも苦しかった。奇襲で刺し貫かれた身

体の痛みに加え、赤い守護騎士ヴァンガードと打ち合った際の熱にもやられている。肩で大きく息をし、

ダメージは存外にこの身に叩き込まれていたのだなと認識する。

「くそっ……失敗した……」

「無茶をするな。あのまま続けていれば、お主のコアがもたなかった。今はゆっくりと休め。

私も、手酷くやられてしまったしな……」

 悔しさで絞り出した声に、トーテムが言う。そう宥める本人も、自らに撃ち込まれた粘着

弾のねばねばが取れずに不快そうだ。脱出時に巻き込んできた、瓦礫の一部が未だに身体や

足元にずるずるとくっ付いて引き摺られている。

「すまんが、湯を汲んで来てくれ。このままの身なりという訳にはいかんでな」

「あ、はい」

「すぐに……」

 周りであくせく動き回る部下達の足音と、息遣いがこだまする。なまじ荒くれの、人間と

は違う存在の集まりだ。いざこんな目に遭った場合の対処法など、予め織り込み済みな訳が

ない。

 暫くの間、ヘッジホックは床に大の字に寝転んでいた。部下達の一部が心配そうに周りに

集まって覗き込んでいる。トーテムも、やれやれと身体中のねばねばを気にしながら、一旦

近くの段差の上に腰掛けた。

「でも、僕は……。このままじゃあ、約束が……」

「……」

 しかし動けぬままとはいえ、ヘッジホックは尚も焦っているようだった。ゆっくりと少し

ずつ呼吸を整え、バチバチッと身体中を奔る電流バグを抑え、自らに課した戦いが未だ終わって

いないことをしきりに口にする。

 今日のこれは、敗北なのか? それとも引き分けなのか?

 ただどちらにしても、このままでは約束の“不履行”とみなされてしまう恐れがある。そ

うなれば一旦静観を採った蝕卓ファミリーも黙ってはいないだろう。バイオが文字通り自らの命を賭し

て得ようとした自分達の自由が、また遠退いてしまう。

「あいつの……バイオの遺志を継ぐんだ。僕はあいつに代わって、あいつの仇を……」

「……」

 まるで魘されるように、何処か焦点の合っていない目で天井を見つめて呟いているヘッジ

ホック。そんな残された盟友の姿を、トーテムはじっと眉根を寄せて、静かに唇を結んで見

つめていた。周りの部下──仲間達も、同じく心配げな様子だった。トーテムも彼らも、彼

がそこまで亡きバイオの遺志に拘る理由わけを、口にする訳ではないが知っている。


『願イヲ言エ。ドンナ願イデモ叶エヨウ』

 ヘッジホックが最初、まだサーヴァントだった頃に初めて見た世界リアルは、期待していたより

もずっと淡白で色褪せていた。

 自らを真造リアナイザから召喚した繰り手ハンドラー。その人物は、見るからにダウナーで、この世

の全てに絶望し切ったような表情かおの少年だった。

 抱え込んだ鬱屈した性質も手伝ってか、小太りの身体に且つ緩慢な動きと感情。自らが引

き金をひいたとはいえ、目の前で“常識”ではあり得ない事が起こっているというのに、そ

の瞳には何ら驚きの色が見えない。

「……なんだ、お前」

 曰くこの少年は、殆ど気紛れに近い形で真造リアナイザの引き金をひいたのだという。

 そもそもリアナイザ──TAテイムアタックは、対人主体のゲーム機。日頃から孤独を選び、孤独に生き

てきた彼にとっては、あまり意味の無い物として映っていたらしい。

 ぽつりと呟き、しかし困ってしまったこちらを見て、少年はあからさまに嘆息をついた。

驚きと失望。そんな感慨を抱いたとでも言わんばかりに、彼はさっさと引き金から手を離そ

うとする。

『チョッ……チョット待テ! 離スナ! 叶エテヤルト言ッテイルンダゾ? 何カ願イハナ

イノカ? 一ツヤ二ツハアルダロウ?』

 慌てて引き留めて、問う。だがこの少年の反応は芳しくなかった。ぼうっと暫く、感情の

ない眼でこちらを見つめると、言った。分からないと。

「……分からない。別に、世の中に望むことなんてないし……」

『ハァ?! ソ、ソンナ訳ナイダロウ? ジャア憎イ相手ハイナイカ? 私ノ力ガアレバ、

憎キ敵ヲ始末スル事クライ簡単ニ──』

「復讐なんてしてどうするのさ。そんなの、面倒臭い……」

 はあ。まるっきり気力の欠片もないそんな返答に、ヘッジホックは正直愕然とした。予定

ではもっとこいつの欲望につけ込んで、世界に影響力を残す──実体化を果たす為の方法を

導き出す筈だったのだが……。

(コイツハ、トンダハズレクジダナ。ツイテナイナ……)

 つられてこちらも嘆息してしまった。だが、このまま召喚を止められては埒が明かないの

で、改めて何か契約の糸口になるものはないかと訊いてみる。

「……なら、皆に知らせて来てよ。僕、死ぬからって」

『へッ?』

 結局彼と結んだ契約内容は、いわゆるメッセンジャーだった。自ら命を絶つというこの少

年に代わって、彼を苦しめてきた者達に伝達する。ならばそのまま復讐を任せてくれればい

いのにと思ったが、当の本人は頑なにその方法を厭った。

 ヘッジホックは彼の姿──後の自らの人間態となる姿を借りて、夜な夜なターゲットとな

る人物の前に現れた。それは彼のクラスメートだったり、先輩だったり、或いは身の回りの

大人達だったり。本人のリクエストを不承不承に受け取って、なるべく陰湿で物静かな語り

を心掛けた。はたしてこんな事をして影響力を発揮できるのかと思ったが……実際には当の

ターゲット達には覿面だったらしい。

 要するに都市伝説の類である。不気味な少年が不穏なメッセージを残しては、掻き消える

ように去ってゆくという、多分に尾ひれがついた話となって広がり、当時の人々に一抹の得

体の知れない恐怖を植え付ける事に成功したのだ。

 尤もターゲット達の中には、この少年の生き死になど、歯牙にもかけないという態度の者

達も少なからず存在したのだが……。

「──」

 そうして、何度か暦の移ろいを経験したある日のこと。いつものようにメッセンジャーと

して役目を果たして少年の部屋に帰って来た時、ヘッジホックはそれを目撃した。

 吊っていたのだ。自らを召喚したこの少年が、遂に自ら首を吊って死んでいたのだった。

 遺書などは見当たらなかった。ただ、ほんの数時間前までは何とか細々と生き長らえてい

たこの少年の生の残滓が、ぼんやりと薄暗い室内に漂っているだけ。

 ヘッジホックは暫しこの最期の姿を眺めていたが、やがて動き出した。彼の遺体を吊るさ

れたロープから引き摺り下ろし、真造リアナイザとデバイス共々、自身の体内に取り込む。

幸い実体化は完了していた。結局その殆どが都市伝説のお陰で、彼との契約それ自体があま

り有用に働かなかったのは想定内だったが。

(……。本当、何だったんだろうな)

 そっと胸元を掻き抱く。自らの実体を獲得し、されど彼から受け継いだそれは孤独。尽き

ることを知らない虚無という感情。

 これが、彼を自ら死に向かわせたものの正体なのか? 正直よくは解らなかった。

 ただ少なくとも、後日この少年の死は、思ったほど周囲の人々に影響を与えることはなか

ったらしい。いや、そう長くは、と言うべきか。生前の存在感もあってか、歳月が経つほど

にその記憶は徐々に彼らから忘れ去られていった。所詮こんなものかと思った。

「──」

 それからというもの、ヘッジホックは長らく街を彷徨った。なまじ人間態を獲得してある

せいで、誰も自らが電脳の存在だとは気付かない。

 実体化は果たしたが……その「先」には一体何がある? 自分達はあくまでもその習性、

予めプログラムされた通りに繰り手ハンドラーと契約し、その願いと存在を奪う。だがそれはあくまで

手段であって、目的は別にある筈だ。なのに誰も、自分にその詳しい内容を教えてはくれな

い。彼の死と共に受け継いだ虚しさだけが、延々と胸の奥で反響している。

「よう。随分とシケた面してんじゃねえか」

 ……そんな時だった。バイオ達と出会ったのは。

 行く当ても目的すら無い中で、彼は同じ電脳の同胞らを集め、一つの勢力を作り上げつつ

あった。自分とは違って、その実体化と共に得た「生」を謳歌しているように見えた。

「ふむ? 行き場がない……か」

「だったらさ、俺達と来いよ。一緒に、ビッグになろうぜ?」

 そうして、差し出された手。

 思いもしなかった。考えてもずっと直ぐに否定していた。

 欲しい。だから思わず、その手を取った。皆が笑って迎えてくれた。付き纏い続けるこの

厄介な感覚が、少しだけ和らぐような心地がした……。


「──あいつは、僕にとって恩人なんだ。確かにあいつはいつも無茶ばかりするけど、それ

でも自分なりに皆の事を考えてた。そんなあいつを、奴らは……ッ!!」

「……」

 バイオ一派の一員として、しばしば暴走する彼のストッパーとして。

 だが何よりも、そんな友を殺した守護騎士やつが許せない。その無念を晴らし、不器用ながら

も内心願っていたその志も、果たしてやりたい。

「しかしヘッジ。正直、私達の力では……」

「ああ。分かってる」

 トーテムが心苦しそうに、しかし言わずにはおくまいとそう苦言を呈した。純粋な戦闘能

力で言えば、自分達はバイオよりも格下なのだ。それを破った守護騎士ヴァンガードを倒すには、今のま

までは力が足りない。確実性が足りない。

「それでも、やらなきゃいけないんなら……」

 一通り治療を受けた後の、古びたコンクリ壁に背を預けた居住まい。

 半ば自らに言い聞かせるように、ヘッジホックはそっと懐から一枚の黒いチップを取り出

した。蝕卓ファミリーへの直談判の後、シンが寄越してきた“奥の手”だった──。

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