4-(2) 幼馴染ふたり
「いただきま~す!」
「……ます」
いつもの時間、いつもの場所。でも今日という日だけはいつも通りじゃない。
午前中の授業が済んでの昼休み。海沙はいつものように学園の中庭で弁当を広げていた。
だがそこには、いつも一緒にいる筈の面々がいない。
宙だけだ。睦月も皆人も、國子も今日は学園を休んでおり、普段わいわいと楽しい時間だ
とばかり思い込んでいたこの一時も、ただ二人であるだけでどうにも物寂しい。
なので、今日のお弁当は睦月ではなく自家製だ。
けれども宙はいつものように美味しそうに、幸せそうに食べてくれている。
その事が密かに自分を慰めてくれた。ちみちみと、箸で几帳面に詰めたおかずを摘まんで
は静かに口に運んでいく。
(むー君、大丈夫かな……? 三条君と陰山さん……も)
五人ではない時などいつ以来だろう。
中等部の頃に三条君・陰山さんと出会い、むー君が彼と親しくなった辺りから、自分達は
自然とこの面子で集まるようになっていた。
そう。彼が来る時は、決まってその護衛役でもある陰山さんも一緒に。
陰山さんも、一緒に……。
「しっかし珍しい事もあるもんだよねえ。睦月が風邪で、皆っち達も家の用事かあ。何だろ
ね? やっぱこの前の研究所の件かなぁ?」
「う~ん、どうなんだろ。あまりそういう難しいことは私達には分からないし……」
だから思考はつい昨夜から悶々としているあの事に流れていき、ずずんと沈み込んでいき
そうになるその気持ちを、知ってや知らずかちょうど相対する宙がそう話を振ってきて引き
摺り上げてくれた。
曖昧な返事。だけども特に思い当たる節が他にある訳でもない。
何だろう。
あの事だけじゃなくて、何だかもっと嫌なことが起こっているような気がする……。
「……海沙」
「えっ? な、何?」
「何? じゃないよ。元気ないじゃん。どうしたのさ?」
「そ、そんな事……」
「はあ。いい、いい。まぁ長い付き合いだからね~……。何となく分かるけど」
だからその実、目の前の親友が自分の異変に勘付いていたらしい事に気付くのが遅れた。
不意にそう訊ねられ、遮られ、海沙は思わず返す言葉を失う。
「大方、睦月でしょ?」
「──っ!?」
故に一発で言い当てられた時、彼女は頭が真っ白になるほどに慌てた。
やっぱりね……。そんなある意味分かり易い反応に、対する宙はにんまりとした含み笑い
をみせながらにじり寄って来る。
「話してみ? 背負い込んでるよりは楽になると思うよ?」
「……。うん」
暫く躊躇ったが、結局海沙は彼女に打ち明ける事にした。
見破られている。その上で隠し通せるほど自分は器用ではないという自覚があったし、何
より睦月を含めても一番長い付き合いの親友を欺くなどしたくなかったからだ。
「……昨日ね。見ちゃったの」
そして訥々とながら話した。
昨日、睦月と國子が二人して出歩いているのを見かけたこと。
その場所が西の繁華街──飛鳥崎の中でも物騒で、いわゆる“遊び”場がたくさんある地
域であったこと。そんな状況からしてまさか二人は……と思ったこと。
更に翌の今日になって彼が風邪で休むと言い出し、彼女の方も皆人と一緒に家の用事だと
言って同じく公欠を取っている。その事実が自分の猜疑心に拍車を掛けていること。
何より……そんな邪推ばかりで本人達に質す勇気もなく、疑って嫉妬している自分がどう
しようもなく許せないんだということ。
「……」
暫く宙は黙っていた。口におかずを含んだまま食べる手も止め、じっとそんな遅速な海沙
の吐露に聞き入っていた。
もきゅ。だけどもやがて、彼女は咀嚼を再開し始めた。
喋り難いからなのだろう。一通り口の中の物を飲み込んでしまうと、彼女はたっぷりと間
を置いて、諭す。
「そりゃあ、やっぱ考え過ぎじゃない?」
「……だ、だよねぇ」
「そうだよお。確かめてもないのに“もしも”を掘り進んでたら泥沼になっちゃうよ。それ
に、あたしの見立てじゃあ、國っちはむしろ──」
「えっ?」
「……ま、それは置いといて。考え過ぎだと思うよ? 大体仮に二人がそういう関係になっ
たとしても、あたし達の仲で本当にだんまりを通せると思う? 実際、海沙がこうして怪し
んじゃってる訳だしさ」
「それは……私が現場を見ちゃったから。それにあの時むー君は“微笑って”たから、飛び
込んで邪魔をする訳にもいかなかったし……」
突き放すような、慰めるような。
だけどもそれが宙らしいと思った。フッと重く塞がりつつあった胸奥が軽くなり、彼女の
ひょうきんな様に思わず苦笑いを零してしまう。
「……。海沙、あんた……」
「? ソラ、ちゃん?」
なのに、当の宙本人は逆にきょとんとその陽気さを潜めるかのようだった。
数拍遅れて海沙もその変化に気付く。目を瞬き、今度はこちらが訊ねる番になる。
「……もしかして、海沙は気付いてない?」
「? 何の事?」
「……」
何故かばつの悪そうな表情だった。
「海沙」
だがそれも束の間の事。
「──あいつってさ。“感情に乏しい”じゃん?」
宙はにわかに、何処か意を決するようにして、言う。




