34-(2) 新たな敵(アウター)
現れたのは、大柄な鎧のような黒サイと、身体中にキノコを生やした蒼いクラゲの怪人。
杉浦のオフィス近くの雑居ビル街の一角で、冴島以下小隊、筧護衛班の面々は、この新た
なアウター達と相対していた。
『……』
現れた瞬間、近付いて来たその直後から、全身に圧し掛かってきた威圧感。
何だ、こいつら……? 戸惑うのもそこそこに、冴島達は一斉に臨戦体勢を取っていた。
慌てて取り出した調律リアナイザから、ジークフリートやそれぞれのコンシェル達を召喚し
つつ、構える。
「隊長」
「ああ。気を付けろ。今までの敵とは明らかに違う」
ちらりと横目を遣るのも惜しいと言わんばかりに、呼び掛けてくる隊士達。
冴島もその言わんとする所に──違和感に気付いていた。目の前のこの二体のアウターか
ら感じるのは、何も手強そうな雰囲気だけではない。
即ち外見である。これまでのアウター達は、何かしらのモチーフを元にその姿形、ないし
能力を規定されている場合が多かった。召喚主との契約、望みを梃子に実体を得ようとする
習性上、その姿形は個体差が大きいものの、モチーフに統一されたものだった。
なのに……この目の前の二体には、そんなこれまでの法則が通用しない。
黒サイの方は、明らかに人工物な鎧と同化しているし、蒼クラゲの方に至っては、気味の
悪いキノコが両肩を始め、身体のあちこちから生えている。
それはまるで、複数のモチーフが“合体”したかのような……。
「お前達だな? 随分と嗅ぎ回っているようだが、ここまでだ」
「我々と一緒に来て貰おう」
だがそんな疑問は、当のアウター達の放った言葉で一旦打ち消しになった。ガチリと黒い
鎧を揺らし、ゆらゆらと両腕から垂れる触手を蠢かせ、彼らは言う。
(……やはり、由良刑事絡みか)
鎧黒サイのアウターが地面を蹴り、冴島がジークフリートの剣先を払うのと同時に、両者
は一斉にぶつかり始める。
「総員、フォーメーションE! 複数一組での攻撃を崩すな!」
『了解!』
ジークフリートの流動する身体を、燃え盛る炎に。相手の能力は未知数だが、調律リアナ
イザから表示された警告は間違いなく本物だ。出し惜しみをする必要はない。おぉぉッ!!
蒼クラゲから先行してこちらへ突っ込んでくる鎧黒サイのアウターに、冴島は正面から斬り
つける。
「……」
「なっ──?!」
だが、その炎を纏った一撃は、この堅固なアウターにはまるで通じていなかったのだ。
見た目通り、いやそれ以上に頑丈に出来たその身体は、ジークフリートの叩き付けた切っ
先を少しもめり込ませる事を許さず、防ぎ切っていた。
一閃の余波で飛んだ炎と、驚愕する冴島とリンクする表情。するとこの黒サイのアウター
は、次の瞬間むんずとジークフリートの顔面を鷲掴みにして軽々と持ち上げると、そのまま
手近な壁に向かって投げ付けたのだった。轟と巨大な陥没ができ、彼と同期していた冴島の
身にも、そのダメージは例外なく反映される。
「……かはっ!?」
『隊長!』
真っ先に切り込む冴島を援護する形で散開、取り囲み波状攻撃を加えるというプランは、
瞬く間に崩れた。地面を蹴る隊士達がこの黒サイのアウターを、後ろからこちらを見ている
蒼クラゲのアウターを睨む。
「マッシュ」
ちらりと肩越しに目を遣り、鎧黒サイ──A・ライノセスが言った。するとそれを合図に、
その後ろで立っていたもう一人の蒼クラゲ、M・ムーンがその両肩や全身に生えたキノコ
を揺らして、無数の胞子をばら撒き始める。
「……? 何だ?」
「気を付けろ! 何か仕掛けて──」
しかし隊士達がこれに警戒するも、時既に遅かった。言い掛けるもそこそこに、彼らの操
るコンシェルらの動きが、急に大きく鈍り始めたのだ。中には完全に動きを停止し、その場
にがくっと跪いてしまう者もいる。
「けほっ。こ、これは……?」
「しまった! まさか、力を奪われ──」
そしてその隙を、ムーンは逃がさずに突いた。全身から伸ばした触手をまるで高速で動く
鞭のように振るって伸ばし、弱体化したコンシェルや隊士達を片っ端からまとめて叩きのめ
したのである。
「ぐっ!?」
「ぎゃあッ!!」
さも紙でも散るかのように、千切っては投げ、千切っては投げ。次々に隊士達はムーンの
攻撃の前に敗れ去った。ゴロゴロと地面を転がり、近くの壁に叩き付けられ、小刻みに震え
ながら立ち上がる事さえままならない。
「ぐっ……。皆……」
ジークフリートを吹き飛ばされ、自身も口元から血を垂らして片膝をつく冴島。
強い。悪い予感は的中した。状況はあっという間に薙ぎ払われ、絶体絶命のピンチ。剛の
黒サイと、柔の蒼クラゲ。もし事実、最初見た印象と仮説の通りならば、この異質な強さに
も納得がいく。
「安心しろ。あの刑事も、今頃ライアーが確保している」
だからこそ、何処か見下すように放ったライノセスの言葉に、冴島達は戦慄した。その名
前は初耳だったが、十中八九彼らの仲間だろう。となると、状況からして、筧が向かったと
いう例の探偵も奴らとグル……?
「くそぉッ!!」
軋む身体に鞭打ちながら、冴島は再びジークフリートで斬りかかった。しかし尋常ではな
い防御力を持つライノセスにはやはり刃は通らず、直後ムーンの触手攻撃を受け、再び大き
く弾かれた上に捕らわれてしまう。
「往生際の悪い奴だ。たかが人間が、我々に敵うと思ったか?」
ギチギチと締め上げられ、肺の中の空気が急速に絞りだされるような苦しみを味わう。
だが冴島は、そんな薄れゆく意識の中でも、自身と仲間達のことを考えていた。部下の隊
士達はコンシェルもろともほぼ全滅。このままでは、彼らも筧の身も守れない……。
「う……おぉぉぉぉぉッ!!」
最後の力を振り絞って、冴島はジークフリートの身体を流動する風に変えた。彼らを中心
として視界を塞ぐほどの強烈な風が渦巻き、アングラを臭わせる物寂しい辺り一帯の路地が
一斉にざわめく。
「……。無駄だと、言っただろう」
それでも、ライノセスやムーンは、吹き飛ばされる事もなくその場に立ち続けていて。
風が止んだ頃にはぐったりと、冴島も触手の捕縛の中で力尽きていて。ジークフリートの
召喚も解除されてしまっていて。
二人はのしのしと、倒れた冴島ら小隊を掴み上げては運び始めた。ライノセスは軽々と両
手と脇にぶら下げて挟んで、ムーンは無数の触手を器用に使って幾つかに纏めて。
『──』
だがそんな中、元いた隊士が一人少なくなっている事に、彼らは終ぞ気付かないままで。




