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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-33.Faith/その遺志を継ぐ者
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33-(5) 深化の条件

「なあ、シン。何であんな約束をしたんだ?」

 秘密の地下サーバー室、“蝕卓ファミリー”のアジトは、相変わらず薄暗い。

 ただ今に限っては、少し光源が増えている。現地に遣ったサーヴァント達の眼を通して、

リアルタイムの映像が面々の前に映し出されているからだ。

 画面は、ちょうど守護騎士ヴァンガードとヘッジホックが相対した所だ。円卓や壁際に座ったり背を預

けたりしている面々。その中で、グリードが両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、頭

上の中二階で両手を組んでいる彼に向かって声を投げる。

「あいつが、本当に勝てるとでも思ったのか?」

「まさか。でも──」

 ふふっと笑って、シンはそう何でもないといった風に答えた。中二階の小テーブルに腰を

下したまま、組んだ両手を崩す訳でもなく、グリード以下場の六人を見下ろしてくる。

「今のヘッジホックには、強い執着──願いがある。それは本来、人間側が持っていたもの

だろう? 弔いでも何でも、名目は何でもいい。それを、我が物とし始めたという点に、僕

は可能性を感じたのさ」

 ニッと口角を吊り上げている。彼がどうにも不気味な──狂気の類に属する人間だという

ことは前々から解ってはいたが、それでもこういった時の彼は味方ながらに末恐ろしいもの

だと、ラース以下面々は半ば諦めのような境地で見上げている。

 ふふふ……。シンは嗤っていた。まるでそうなることを、期待するかのように。

「もしかしたらあの子は、進化の“更なる先”に辿り着くかもしれない。それは僕達がずっ

と、待ち望んできたことだろう?」

 ラース達六人が、明確に首肯などはしないながらも、じっとこの喜色を浮かべる彼の姿を

見遣っている。言葉と理由に、目を細めていた。

『──』

 言ってシンは、振り向いた。背後の巨大サーバーの側面に取り付けられたディスプレイ内

で、デジタル記号の羅列で構成された女性の顔が、フッと優しく微笑んでいる……。


 人気のない原っぱで、睦月とヘッジホックは相対していた。

 片や待ち伏せていた者と、片や弔い戦の為。ゆっくりと懐からEXリアナイザを取り出し

て持ち上げ、或いは全身にデジタル記号の光を纏い始める。

 二人は今まさに、互いに激突しようとしていた。

『……』

 そんな様子を、遠く離れた旧市街のビルの屋上から、海沙と宙、仁は待ち構えるように見

ていた。ビブリオが二人の位置座標を追い、カノンが狙撃用の長銃を構えている。デューク

は盾と突撃槍ランスを左右の手に装備したまま、その後ろで待機中だ。

「来たな。ここまでは予定通りだ」

 仁が言う。自身の調律リアナイザを片手に、遠く眼下の原っぱに立つ仲間ともの姿に目を細め

ている。海沙がそっと胸元に手を組み、唇を結んでいた。普段はおちゃらけている宙も、この

時ばかりは真剣そのものである。

「また遠くから、儂らを愚弄する気かね?」

 だがその時だった。ストンと、何処からともなく三人の背後へ着地してくる足音と気配が

した。振り返れば、そこには老紳士風の男──トーテムが杖を握って立っている。

「同じ手は食わんよ。ヘッジの邪魔は、させん」

 デジタル記号の光に包まれ、その人影が幾つもの顔型彫刻が積み重なった姿へと変わる。

トーテムの怪人態だ。

「ああ。だろうな」

 にも拘らず、向き直った仁は、海沙や宙は、まるで動じた素振りがない。

 まるで予めこうなる事が分かっていたような。いや、この動きを待っていたかのような。

「だから、お前はこっちを狙ってくると思った」

「何……?」

 次の瞬間だった。仁が、デュークを操り、その大盾を前面に掲げて突進させる。即ちトー

テムの視界が、一時的にこの盾に遮られることになる。

 織り込み済みか……。半ば反射的にそう身構え、トーテムは正面に手をかざした。相手は

至近距離だが、自分の念動力を使えば、これくらいの塊など容易に吹き飛ばせる。

「──」

 しかしである。彼がそう念動力を放とうとした直後、デュークがぐるりと半身を返して盾

を除けたのだった。代わりに目の前に現れたのは、この至近距離から銃口を向けている宙の

コンシェル、Mr.カノン。

「!? しまっ……!」

 避けようもなかった。引き金がひかれ、トーテムの腹に渾身の一発が撃ち込まれる。衝撃

を受けて、大きく仰け反りそうになった。

 ……だがおかしい。まるでダメージを感じない。

 実際にして僅か数秒の攻防。トーテムはぐっとふらついた足を踏ん張り、慌てて自身の身

体を、下半身を見た。

 そこにぶちまけられ、纏わり付いていたのは、足元のコンクリート床と一体化するように

垂れた大量の粘着質……。

「これは……?」

「粘着弾だよ。睦月のスパイダー・コンシェルをコピーした、捕縛用のな」

 仁のニヤリと作った笑み。そこでトーテムはようやく、事の重大さに気付いたのだった。

 腹から下を中心に盛大に浴びたねばねばは、彼の分離・浮遊する身体をまるで接着剤のよ

うに絡み付けている。

 トーテムは思わず顔を顰めた。嵌められた。始めからこの者達は自分と戦うつもりはなか

ったのだ。引き付けはしたものの、それはあくまでフェイク。本当の目的は、自分をこの場

から逃がさないため……。

「──っ! ヘッジ!」

 まさか。トーテムは刹那、頭の中で弾き出された答えに戦慄し、原っぱの方に振り返る。


「──がっ、はっ……?!」

 怪人態に変身する直前、ヘッジホックは刺されていた。突如として四方八方から現れ、襲

い掛かってきた國子達によって、一斉に刃を突き立てられていたのだ。

 睦月の目の前で、ヘッジホック──灰色フードの青年の姿をした人間態は、バチバチッと

デジタル記号の奔流を漏らしながら痙攣していた。

 何も睦月は、策もなくこの原っぱで一人寝ていた訳ではない。ずっと彼の周りには、朧丸

のステルス能力や、カメレオン・コンシェルの能力を搭載した隊士達のコンシェルが身を潜

めて控えていたのだ。彼が睦月を見つけ、姿を現すその瞬間を。

「お、のれ……。おのれぇ……!!」

 人間で言えば血であろうデジタル記号の粒子を、その無数の傷口から噴き出させながら、

ヘッジホックは叫んだ。身体を左右に捩りながら両腕を振るい、國子ら奇襲部隊を払い除け

ようとする。

「卑怯者め……。それでも人間かぁ!!」

 正面に立つ睦月が、きゅっと静かに唇を結んでいる。だが通信越しの皆人は、そんな彼の

叫びにもあくまで非情だった。

『誰もサシでお前とやるとは言っていない筈だがな……。今だ、睦月。やれ!』

 インカム越しの指示、目の前で進む作戦に、睦月は黙したままEXリアナイザの後部から

ホログラム画面を呼び出し、纏うべきサポートコンシェルを選択した。カテゴリは金属系、

シルバー。防御力に特化したコンシェル達だ。

『TRACE』『READY』

『COMPOSE THE IRON』

 銃口から放たれ、降って来た光球から現れたのは、普段の白亜ではなく濃い鈍色で統一さ

れたパワードスーツ姿。重量を伴うのか、その踏み締める歩みはズシンとやや重い。

「いい加減にっ、しろォ!!」

 直後、怒りに任せて本来の姿、金属質なハリネズミの異形となったヘッジホックが、無数

の棘を生やして國子達を弾き飛ばした。キッと振り返り、こちらを見据えるや否や、両拳に

同じく棘付きの拳鍔ダスターを装備し、襲い掛かってくる。

守護騎士ヴァンガードぉぉぉ!!」

「っ……!」

 初撃の一発。だがヘッジホックからのそれは、防御に特化させた睦月の腕を貫くことはな

かった。ギィン! と高い金属音を響かせながら、互いの表情は、その面貌の下は必死その

ものになっている。

『ARMS』

『HARD THE DIAMOND』

 身体を手前に捻ってこの攻撃を受け流しながら、睦月は続いてEXリアナイザからホログ

ラム画面を操作した。宝石のように半透明な、硬いハンマーをお返しとばかりに思いっ切りその土

手っ腹に叩き込む。

 鈍く、しかしつんざくような衝撃音が、辺りに鳴り響いた。鋭く堅固な棘に覆われたヘッ

ジホックの装甲が、その攻撃の硬さに押し負けて大きく部分的にへしゃげ折れる。

 ぐあっ……?! 想定外の威力だったのだろう。ヘッジホックは一度大きく仰け反った。

しかし彼も睦月達の取ってきた作戦に怒り、闘争心を刺激されているのか、すぐに反撃に移

ってくる。

 全身が棘の武器であるという利点を活かし、続けざまに怒涛の攻撃を打つ。その度に睦月

の鎚は、硬い装甲はこの貫通力を凌ぎ切り、打ち返した。三発、四発、五発。殴打の応酬は

互いに一歩も譲らず続き、全体で見れば睦月が少し押しているようにも見えた。

「ぬううッ!!」

 だが戦況が変わったのは、ヘッジホックが一旦大きく距離を取り直した直後である。正面

からの打ち合いでは、硬さという強さでは劣勢だと感じた彼が、今度はその全身の棘を次々

に射出するという戦法を採り始めたのだった。

「ぐっ……!? うおおおおっ!!」

 防御力を高める為に重量が増し、機動力を犠牲にしていたことが、ここに来て裏目に出始

めた。ヘッジホックから放たれる棘の弾の雨霰に、睦月は満足に避けられず一方的に攻撃を

受けてしまう。

『睦月!』

「やべえぞ。押し返され始めた……」

 おおおおおッ!! それでもヘッジホックの追撃は止まない。遠距離からの攻撃が有効だ

と見抜いた彼は、続いてこの出来た隙を見計らって睦月の懐に飛び込み、その拳をワンツー

と打ち込んだ。よろめき、しかし反撃しようとするが、もうスピード勝負に持ち込まれた戦

いの主導権はヘッジホックに握られている。大振りのハンマーを大きく飛び退いてかわされ、再び

遠距離から棘乱射が襲う。

「……許さない。バイオを殺しただけでなく、僕との戦いも侮辱して……!」

 遠近を交互に入れ替えながらの、激しい攻め。

 ヘッジホックは目まぐるしく動き回って攻撃を加えながら、そう憎々しげに睦月へ向かっ

て叫んでいた。パワードスーツの面貌の下で、睦月はダメージに耐えながら意識の端でその

言葉を聞いている。

 気のせいだろうか? ヘッジホックのパワーとスピードが、段々と上がってゆくように感

じられた。司令室コンソール側でも、異変を感じ取った皆人が職員達に彼の分析を急がせている。一体

何が……? 想定外の出来事だった。だが少なくとも、このままでは睦月が危ない。それだ

けは分かる。

「っ、くうッ!」

『LION』『TIGER』『CHEETAH』

『LEOPARD』『CAT』『JAGGER』『PUMA』

『TRACE』

『ACTIVATED』

 当の睦月も、このまま防御主体では拙いと踏んだのか、纏う装甲を交換した。

 赤の強化換装。ケルベロスフォーム。素早さと近接格闘に対応する為には、この形態しか

思い付かない。

 うおおおおおおおッ!! 弾け飛ぶ炎の中から跳び出し、睦月はヘッジホックと目にも留

まらぬ乱打の撃ち合いに突入した。棘付きの拳鍔ダスターと炎を纏った鉤爪手甲。両者の拳が、何度

も激しくぶつかり合う。

「どうして……どうしてなんだ? 何で“蝕卓ファミリー”からの刺客になんてなったんだ? 本当な

のか? 奴らの言う事を聞いたって、いいように利用されるだけ──」

「五月蝿い! お前が言うか!? バイオを……僕達のリーダーを殺しておいて!」

 睦月は、出来れば止めようとしていた。ミラージュのように、蝕卓ファミリーに関わってしまえばろく

な末路がない。ただでさえその存在理由もはっきりとしないまま生み出され、身に宿るプロ

グラムのままに凶行に走ってゆく彼らを、もし話が通じるのならば止めさせたいと思った。

まだ自分に、自分一人に害が向いている内に、止めなければならないと思った。

 だがこの目の前の、ヘッジホックは、聞く耳を持たなかったようだ。やはりと言うべきか

自分達を率いていたと思しきバイオを斃された恨みを抱き、自分に剥き出しの敵意を向けて

襲い掛かって来ている。

「バイオは……バイオは、僕達の自由を勝ち取ろうとした。仲間を救おうとした」

 そして昂る感情は、彼の内心をも惜しげもなく吐き出させたのだろう。相手がその憎き仇

敵であることも手伝って、攻撃の速度と威力に比例してゆく。

「負けは負けだ。でも僕は、だからこそ、あいつの遺志を受け継ぐと決めたんだ!」

 中空から全身を捻りつつの、棘の乱射。その後の重力に任せての一撃。

 睦月は大きく押されながらズザザッと後退った。地面を抉り、ケルベロスの炎が負けじと

辺りに渦巻く。

「約束したんだ……。お前を倒せば、僕達は自由になれる!」

「えっ?」

 故に、その一瞬の硬直が致命的で。

 がら空きになった両腕の隙間を、返すヘッジホックのもう片方の拳が突き進んだ。ぐんと

抉るように叩き込まれたそれは、睦月の身体を大きく後方へと吹き飛ばす。

『睦月!』

「むー君!」「睦月ぃ!」

 インカム越しや遠巻きから、仲間達の声が聞こえる。怒声に近いような、叱咤するような

声にも聞こえた。

「……」

 だが当の睦月本人は、動けない。枯れ草の地面に転がり込み、よろよろと身体を起こしな

がらも、迫って来るヘッジホックの姿と先程の言葉に、大きく肩で息をする。ぐらぐらと、

瞳を揺らして固まる。

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