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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-33.Faith/その遺志を継ぐ者
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33-(3) 取引と逡巡

「──ああ、すまねえ。ついでにもう一つ、訊いてもいいか?」

 それは、睦月達が勇と遭遇してから三日ほど経った頃の事だった。

 路地裏の一角で由良の痕跡を発見して以降、筧は足の捜査に出歩きながら街の人々に聞き

込みを続けていた。署で担当する事件と併せて、由良の写真を見せながら訊ねる。

「最近、この男を見かけなかったか? 由良というんだが……」

「うーん……。見覚え、ある?」

「いんや。見た事ないなあ」

「……そうか」

 手間を取らせてすまなかった。

 互いに顔を見合わせ、首を横に振るこの男性二人組を辞し、筧は懐に由良の写真をしまい

ながら歩き出した。この二人も何だったんだろう? といった様子で、やがて街の雑踏の中

へと消えてゆく。

 あれ以来、もう何百人と当たってきた。

 しかし未だに手掛かりらしい情報はない。あいつが行きそうな場所にも大方足を運んだ筈

だが、目撃者はいなかった。

 ……やはり由良は、そう遠くには行っていないのだろうか? だとすれば、あの夜あの路

地裏で事件に巻き込まれた後、そのまま──。

「で? お前は一体いつまでついて来る気だ?」

 だが筧は、そんな湧き出てくる嫌なイメージを振り払うように、はたと足を止めて背後に

向かって呼び掛けた。場所はさっきまでいた大通りから横道に入り、はたっと人気の途絶え

た裏路地である。

「貴方が諦めてくれるか、事が解決するまで、ですかね」

 そんな背後の物陰からスッと現れたのは、冴島だった。他にも部下達が尾けて来ている筈

だが、姿は見せない。代表して応じてきたといった所だろう。

 冴島は相変わらず、一見微笑を湛えながら紳士然としていた。尤もやっている事は、集団

で現職の刑事を尾行しているという限りなくブラックなものだが。

「それに、また貴方が襲われても困りますので」

「……そういう事にしといてやる」

 ふん。不機嫌そうに、筧は肩越しに向けていた視線を正面に戻した。顰めっ面をし、口の

中で苛立ちを少しでも発散させるように小さく舌打ちを繰り返している。

 相手は、お互いに由良の背後にいる敵の正体を知る者達──頼んでもいないのに、こちら

を守ろうとしている者達だ。

 一応、相互に利益はある。筧としても、徒に彼らを排除しても不都合だと思っていた。何

よりも実際、あの時あの唇の化け物を追い払ったのは彼らなのだ。越境種アウターだのリアナイザだ

の、常識ではあり得ないような力を使って。

「……」

 あれ以来、あの化け物が自分を襲ってくる事はなかった。諦めたのか? それともこいつ

らが尾いているのを警戒して、手を出せないでいるのか……。

「なあ。兄ちゃんよ」

 故に筧は、そんなどん詰まりの疑問から一度方向転換してみることにした。背中を向けた

まま、静かに目を見開いた冴島に向けて訊ねる。

「お前らはあの化け物──アウターってのと戦ってるって言ってたよな?」

「ええ」

「いつからだ? お前達は何を、どれだけ知ってる?」

 返事は暫くなかった。ホイホイと答えられないのか、或いはその気がないのか。冴島は筧

から向けられた問いに数拍黙っていた。ひそひそと、物陰に隠れていた他の部下達と何やら

相談している気配がする。

「……僕がチーム内で研究に関わり始めたのは、三年以上前の事です」

 つまりその間に、守護騎士ヴァンガードは生まれたということか。最初大よその真実を聞かされた時は

驚いたが、今となってはこうして冷静に時系列を整理することもできるようになっている。

「もう一つ訊きたい。うちの署にスパイはいるのか? これまでの隠蔽工作は、内通者なし

じゃあ不可能だ」

 冴島は今度は驚いているようだった。声には出さなかったが、息を詰まらせたのが街を通

り過ぎてゆく風で分かる。結局今度は答えてくれなかった。だがそうやって沈黙を貫こうと

している時点で、実質肯定しているようなものである。

「……なら取引をしよう。そっちが答えるなら一つ、俺からも教えといてやる」

 だからこそ、筧はここで餌を撒くことにした。十中八九彼らが、今一番知りたがっている

であろう情報の一つだ。

「例の血文字の件だ」

 喰い付いてきた。最初と同じく、いやそれ以上に驚いて部下達とひそひそと相談し、如何

答えるのが最適かと考えている。だが幸いか、不幸だったのか、この冴島という男は目の前

の異端の刑事に対し、なるべく誠実であろうと努めたようだ。

「……ええ。いますよ。ですが僕達だけではなく、敵側もそちらに入り込んでいる可能性が

ありますが」

「……何だと?」

 今度は、筧が思わず振り返る番だった。それとなく、だが確実に意図して投げ込まれた発

言に、口元をへの字に曲げて目を見開いている。

 まさか……。いや、寧ろいないと決めてかかる方が不自然なのか。なるほど。敢えて自分

にその事を伝えてきたのは、身の安全を警告する意味合いもあるのだろう。

 ふふふ。筧は半ば無意識の内に、口角を少し歪めていた。こいつも馬鹿じゃねえか……。

自分で言った手前、向こうからの情報も取れたことだし、約束は守ることにする。

「由良の血だ。あれはあの場所で、由良が残したモンだ」

「……それは、確かなんですね?」

「ああ。知り合いの鑑識に調べて貰った。少なくともあの血は、由良の私物と同じDNAを

持っている」

 確認も即答されて、冴島らは少し押し黙ってしまったようだ。こちらが肩越しに見ている

のを分かっていながら、暫く口元に手を当てて思案顔をしている。ここまでしつこく尾いて

来て、確かめようとした情報だったろうに。

 だがこれで、彼が事件に巻き込まれたのは確実だ。

 いや、あれから何日も経っている。既にあいつはもう……。

「……」

 今日まで何度も反復し、いやまだだと自分に言い聞かせてきた言葉を喉の奥に押し込む。

 すると冴島は、ゆっくりと顔を上げて訊ねてきた。もう先程までのような、何処かこちら

を出し抜こうとするような底意地の悪さは感じられない。

「では、あのASLの意味は……?」

「さてな」

「心当たりはないんですか?」

「あったら、とっくに飛んで行ってる」

 即座に跳ね返すように答えて。やれやれと肩を竦めて。

 筧は改めてこの目の前の男──男達に警戒することにした。由良の行方を捜すという利害

では一致しているが、そもそもこいつらは自分と由良に、二度も妨害工作をしようとした連

中なのだ。変な馴れ合いはしてはならない。


『貴方のそのプライドが、彼を殺したんですよ』


 奴らの司令官だと名乗ったあの少年の、挑発的な言葉が蘇る。

 曰く、最初の接触の時点で自分達と手を組んでいれば、こんな事態にはならなかったと。

あくまで淡々と理詰めで迫ってくるような物言いだが、そもそもはあいつらが裏で弄くり回

していたのが元凶だ。“力”を手に入れて勘違いしているような輩に、この街の平和は任せ

られない。

「……仕方ねえ。あんまし頼ると、付け上がらせちまうんだが……」

 心の中でふるふると頭を振り、筧は盛大に嘆息をついた。再び正面に向き直り、その先へ

広がる次の大通りに向かって歩き出す。

「一体どちらへ?」

 すると当然ながら、冴島達もその後ろをついて来る。元々バレているようなものだが、尾

行という体はもう諦めたようだ。

「さらっとついて来んじゃねえよ。お前らには関係ねえ」

 横目にじろっと睨み返し、それでも筧はスーツのポケットに手を突っ込んだまま歩を止め

ようとはしない。次第に大通りの方から、行き交う人々や街の雑音が聞こえてきた。

「ちょっと知り合いの──情報屋プロの所に行くだけだ」

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