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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-4.Girls/近くて遠い距離
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4-(1) 追跡捜査

 カタカタと、夜の自室で海沙は一人キーボードを叩いていた。

 しんと静かな一時。されど眼前のデスクトップPCに映るワープロソフトには、書きかけ

て止まった文面が音もなくその最後尾にカーソルの点滅を置き続けている。

「……う~ん」

 だがその日、これ以上文面が書き進められる事はなかった。彼女は暫くじっと画面に張り

ついて粘っていたが、密かに抱える悶々とした気持ちがそれをさせてくれない。

「駄目だぁ~、集中できないよぉ……」

 とすん。そのまま机に突っ伏して項垂れる。カチカチと、部屋の時計の針だけが変わる事

なく一定のリズムを刻んでいる。

 海沙は人知れずため息をつく他なかった。意識しまいとすればするほど、却って脳裏に蘇

ってしまい胸がわざつく。

「……」

 見てしまったのだ。

 今日の夕方、プリンタ用のインクを買い足しに西の電気街に出掛けた時、偶然にも道向か

いの人ごみの中に睦月おさななじみの姿を見つけたのだ。

 それだけならまだいい。

 だが問題は……その連れに國子がいたという事。

 あそこで何をしていたのかは分からない。だが自分達以外の女の子と二人きりで──私服

に着替えて遊んでいたのだと知った時、自分はどうしようもない不安に駆られたのだ。

(気になる……気になるよぅ。あっちって繁華街だよね? 二人してナニをしようと……)

 うわぁぁぁ!? 思考だけなら何処まででも羽ばたいていける。

 海沙はついイケナイ想像を膨らませ、一人突っ伏した机の上でじたばたともがいていた。

 直接むー君か、陰山さんに訊く? だけど正直に答えてくれなかったどうしよう。

 だったら……ソラちゃん? 駄目だ。そんな相談、殆どカミングアウトしているようなもの

じゃないか。

 それに、多分だけど、ソラちゃんも──。

『如何されましたか、マスター』

 ちょうどそんな時だった。長らく操作の手が止まったままなのを感知して、机の上に置き

っ放しになっていた自身のデバイスから声がする。

 画面には、紫紺のローブを纏った賢者風の青年が、ふよふよと複数の古書に囲まれながら

浮かんでいる。

 ──ビブリオ・ノーリッジ。海沙のデバイスに宿るコンシェルだ。小説や詩を書くという

密かな趣味を持つ主の影響もあり、その性質は語彙や事物の検索能力に特化したものとなっ

ている。

『作業速度の著しい低下が観測されています。コンディションが悪いのならば、先ず充分な

休息を取る事を推奨します』

「あ、うん……。ごめんね。ちょっと考え事してて。──コマンド、検索の終了。今夜はも

う書けない感じかな? お風呂入って寝るね」

『了解しました。検索システムをシャットダウンします。尚リラックスを目的とする場合、

湯船の温度は38℃前後にした上で入浴される事を推奨します』

「うん……。ありがと」

 自分の使い方でこうなったのだけれど、何だか一々管理されてるような気がするなあ。

 海沙はそう応じながら苦笑していた。忘れずに小説のデータは保存して、粘っていた気力

もふいっと解きPCの電源を落とす。

 デバイスを、ビブリオを手に取り一旦その電源も消した。

「…………。はぁ」

 さぁ、お風呂に入って来よう。一晩も眠れば大分気持ちも楽になるだろうか?

 とにかくいつも通りに。いつも通りに。

 明日も、むー君達と一緒なんだから……。

 タオルに包んだ着替えを小脇に抱え、部屋を後にしながら、そんな事を想う。


『ちょっと睦月。あんた海沙に何をしたのよ? -宙-』

 ハウンド・アウターとの対面から一夜。

 睦月のデバイスにはそんなメッセージが届いていた。

『早く風邪治しなさいよ? 海沙も心配してるし。あとあんたのお弁当も食べられないし』

 加えてほぼ同時刻に届いたのはそんな文面。

 睦月はそっと苦笑いしながらデバイスの画面を見ていた。ふよふよと、メッセージボック

スの枠外からパンドラが暇そうに覗き込んできている。

 そして文面の端には、ガンマン風なカール髭おじさんのSDアイコンが。

 Mr.カノン。宙のコンシェルだ。

(やっぱり小言が来たかぁ。でも何をしたって……何だろ?)

 この日、睦月は学園を休んでいた。表向きは風邪をひいたという方便である。

 だがその実は言わずもがな、昨夜のアウターを今度こそ倒す為だ。

 同じく三条家いえの用事と称して休みを取った皆人や國子と共に、睦月は飛鳥崎の地下深くに

あるここ“司令室コンソール”にて出撃の時を待っていたのだった。

「……何もお前まで休む事はなかったろう。二人に勘繰られてしまえば、元も子もないぞ」

「分かってるよ。でも、あんな事を聞いてじっとしていられる訳ないじゃないか」

 制御卓の前で職員らと膨大な情報と睨めっこしていた皆人が、ふと気付けばこちらにやっ

て来て後ろからデバイスに届いたその文面を見ていた。

 苦い微笑のまま振り返る。

 そんな表情かおながら睦月の決心は揺るがなかった。

 やれやれ……。皆人がぽりぽりと軽く後ろ髪を掻き、心持ち視線を逸らしている。


『……そう、悠長な事は言っていられないかもしれないがな』


 昨日、ハウンドとその召喚主を取り逃がした夜、インカム越しに皆人が語ったこと。

 それは越境種アウター達にとって、自分を召喚した人間は所詮充分な実体を得るまでの繋ぎ──

“歩く電源”でしかないということ。

 基本的にアウター達は、召喚主の願いを(強引に)叶える事でこの現実リアルに影響を及ぼし、

その事実で以って自身をこの世界に固定化させしむ。

 従ってその目的が果たされれば、奴らはもう召喚主に改造リアナイザで逐一呼び出して貰

わなくていい訳だ。

 なので皆人ら対策チーム曰く、アウターが現実リアルに現れて日数が過ぎればその分その個体が

実体化しんかを果たしている可能性が高い。即ち召喚主が無用の存在となり始末されてしまっている

可能性も、また増す。

 特に今回は殺人という、最も現実リアルにインパクトを与える方法で召喚主の願いを叶えている。

あまり悠長にしていられないとは……そういう事なのだ。

「あの時のあいつは悪人だったけど、だからといってみすみす死なせる訳にはいかないよ」

 ぎゅっとデバイスを握り、睦月は皆人達を見据えると言った。

 勿論。職員らや片隅で待機していた國子、母・香月ら研究メンバーもその思いは同じだ。

「そうだがな。二人に怪しまれないかと心配していたのは他ならぬお前だったろうに……」

 ぶつぶつ。そうごちる親友ともは、苦言というよりは世話のかかるといった風な苦笑を浮かべ

ているかのようだった。

 制御卓の方へと戻っていく。睦月──。職員らに合図と確認を取り、彼は話題を切り替え

るようにして言った。

「とにかく。昨夜の一件で召喚主の身元が判明した。木場荒太あらた。飛鳥崎西高校の元二年。半

年前に中退している。現在は職を転々としながらフリーターのような事をやって暮らしている

ようだ」

「ただこの彼、結構な不良君のようでしてね。在学時も素行不良で、度々喧嘩沙汰を起こし

ていたようです」

「一連の犠牲者の中には、その頃からの知り合い──というか、抗争相手が何人も混ざって

ます。環境が変わってもその性質が変わる事はなかったみたいですね」

「接触時の発言からも、とにかく“力”を求めていたようだったからな。繰り返す抗争の中

で、その凶暴性がエスカレートしていったのかもしれん」

「……」

 司令室コンソールの大画面上には、今回の召喚主──犯人の片割れ・木場の顔写真や個人情報が次々

と表示されていった。

 中には犠牲になった人々や、事件のあったポイント、監視カメラが捉えた殺害の一部始終

も含まれている。

 不憫と、それを軽く叩き出すほどの義憤が睦月を支配していた。

 皆人達はどうなのだろう? 自分よりもアウター関連については場数を踏んでいるからな

のか、総じて無感動な──感情を押し殺しているかのようにも見えるが……。

「そろそろ動こう。先ず優先すべきは木場の居場所だ。既に街に出ている隊員達にもこの分

析結果を伝える。睦月達は、彼らと連携しながら例の地区一帯を中心に洗ってくれ」

『了解!』

 ばたばた。残る者と動く者に別れていく。ふよふよと、デバイスの中で唇をきゅっと結ん

でいるパンドラを上着の内ポケットに押し込み、睦月は國子達と共に司令室コンソールを後にして行った。

「……気を引き締めていけよ」

 間に合えば、いいのだが。

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