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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-32.Tomorrow/明けない夜はない
248/526

32-(6) 時を貫くもの

 あれからもう、何度“今日”という日を繰り返したのだろう?

 放課後日も暮れた頃、睦月達対策チームの面々は司令室コンソールに集まっていた。だがその表情は

一様にして暗い。というよりも、すっかり疲労の色が濃くなっている。

「さて……どうしたもんかな」

 乾いた笑いでもって、先ず仁が呟いた。当人も勿論ながら、睦月ら他の面々も正直手をこ

まねいている状態である。

 召喚主の身元自体は判明した。二宮馨、自分達と同じクラスメートだ。犯人は身近過ぎる

所にいた。いわゆる灯台下暗しという奴か。もう逃がさない。

 彼に対する睦月達のイメージは、自己主張の少ない優等生といった程度だった。

 一体何故、彼は改造リアナイザに手を出したのだろう? グリードやグラトニーといった

売人に押し付けられて成り行きのままに、といった所か。或いは期末テスト前日という巻き

戻しのタイミングにも理由が──時間稼ぎ的な動機があるとも考えられる。真実は本人から

直接訊き出せば明らかになるだろうが、如何せんそれも難しい状況だ。

 何せあの一件以降、彼はすっかりこちらを警戒するようになってしまったからだ。学園内

でこちらが少しでも接触を図ろうとすると、その度にすぐにアウターを呼び出して時間を巻

き戻してしまうし、明らかに避けるように避けるように行動している。一旦学外に出れば彼

は勿論の事、スロースや勇の妨害もある。そんな失敗を繰り返し、未だ睦月達は彼を確保す

るには至っていなかったのだ。

「もう力押しで、どうこうなる状態じゃないもんねえ」

「うん。何とか説得できればいいんだけど……」

「難しいな。二宮は完全に俺達を警戒、敵視している。改造リアナイザの中毒作用も影響し

ているのだろうが、逆に手放すことに恐れを感じてしまっている節さえあるからな」

 宙の嘆くような意見には、睦月も皆人も、チーム全員が同意する所だった。あの最初の夜

に確保できなかったことが、かなり響いている。

 加えて当の馨は、自宅に篭もるより、学園や市中繁華街などに身を置くようになってしま

った。十中八九“蝕卓ファミリー”の差し金だろう。人目が多い場所ではこちらも無闇に戦う訳にはい

かない。相手もそれは同様で、よく理解している筈だ。何より馨自身、自分達や“蝕卓ファミリー”と

いったループの存在を知る第三者の登場によって、それまで自分を縛っていた「いつも」の

枷がすっかり外れてしまったようにみえる。

「だけど、あまり時間を掛けてもいられないよ。このままでは彼のアウターも進化を完了さ

せてしまう。まぁ、蝕卓ファミリーの目的はそこなんだろうけど……」

「能力が向上してしまったら、余計に手が付けられなくなってしまいますからね」

『ですよねえ。それに、いい加減決着をつけないと、こっちが先におかしくなっちゃいそう

ですし……』

 堂々巡りする議論。

 ことループを当初から“記録”していたパンドラにおいては、その疲弊度合いはひとしお

だった。テーブルの上に置かれたデバイスの中で「うへえ」と、既に気だるく萎んだ様子で

ふよふよと浮かんでいる。

「……ごめんね、パンドラ。僕が瀬古さんに押されてしまったばっかりに……」

「過ぎたことを自責せめても仕方ない。話し合うべきは、如何に二宮を確実に確保できる状況を

作るかだ」

 そんなパンドラの様子にしゅんとした睦月に、皆人は言った。司令室コンソールの内部では今も現在

進行形で馨の自宅がモニタリングされているが、何度も接触を図ろうとして失敗してきたせ

いで、画面の向こうは以前にも増してしんと静まり返っている。

「……ねえ」

 一体どうすれば……? そう睦月達が、万策尽きたと言わんばかりに押し黙っていた最中

のことだった。それまでずっと、これまでのトライアンドエラーを自身のPCで検めていた

香月が、ふいっと顔を上げるとこちらを見てきたのである。

「ちょっと、いいかしら?」


 その日も馨は、放課後「いつも」のように、昇降口からグラウンドを横切って帰宅の途に

就こうとしていた。一旦街中に出てしまえば、彼らも下手には手出しできないのだから。

(──むっ?)

 だが、この日今回に限って、その目論見は外れた。学園の正門へ向かっていた自分の行く

手を遮るように、睦月や皆人、國子といった例の面々が姿を見せてきたのだった。

 周りは勿論ながら、気付いてはいない。馨と彼ら、この七月三日のループを知っている者

同士だけが、ある種の緊張を帯びた気配と共に立っている。

(いよいよ向こうも、なりふり構わなくなってきたか……)

 内心で小さく舌打ちをし、対抗心を燃やし、馨は鞄の中に手を伸ばした。いつこうなって

もいいように、例のリアナイザは常に持ち歩くようにしている。

 そうはいかない。彼はザッとこれを取り出して握り、その銃口を向けた。

 先手必勝。やられる前にやる。もう一度、時間を巻き戻す。

 射出された光球と共に、一瞬で現れた砂時計顔のアウター・イエスタデイが、その顔面を

ギギギと回転させ始める。まるでスローモーションのように感じる世界。直前までの恐れと

緊張が、嘘のように抜けてゆく万能感。向こうはまだ動いてすらいない。……勝った。これ

で“今日”も、自分は無事にこのセカイを守れ──。

「っ?!」

 だが、まさに次の瞬間だったのである。ニッと勝利を確信した手元が、にわかに弾かれる

ような感触を受け、軽くなった。反射的に遣った目には、信じられない光景が映っていた。

リアナイザが……砕け散ってゆく……。

『──』

 屋上の海沙と宙、念の為その護衛役として同席した仁らの仕業だった。Mr.カノンの長

銃から放たれた弾丸が、ピンポイントに馨の改造リアナイザを撃ち抜いたのだった。

「なっ……。なあっ!?」

 全ては、これまでのトライアンドエラーを検証し直していた、香月達からの助言だった。

 彼女曰く、イエスタデイの能力は、今自分達がいる時間の“面”と他の時間の“面”を交

差、スライドさせることに在るのではないかと。いわば並行世界のようなものだ。以前皆人

が推測したように、巻き戻しの能力はイエスタデイを中心とした一定範囲内に限られる。別

に世界が丸々戻っている訳ではないのだ。ただその渦に巻き込まれた今の“面”が、今とは

別に在る過去の“面”と合体することで、時間の巻き戻しを実現しているに過ぎない。

 ならば、それを止める方法はただ一つだ。能力が発動し切る前に、その力の大元たる改造

リアナイザを破壊すればよい。これまで収集したデータから、能力の効果範囲などはとうに

把握済みだ。後は狙撃位置からそこまでの距離を逆算し、馨を誘き出し、改造リアナイザを

取り出して構えるその瞬間を狙って弾丸を撃ち込めばいい。仮に巻き戻しを止められなくて

も、弾丸自体は確実にその合体する“面”の中へと呑み込まれてゆく。攻撃は当たり得る。

 尤もこれはまだ、イエスタデイが進化前──召喚主とリアナイザを必要とする状態だから

こそ可能な作戦であって、おそらくは一発勝負だ。二度と同じ手は使えない……。

「やったぁ!」

「……どうやら上手くいったみたいな。正直冷や冷やしたが」

 粉々に砕けた改造リアナイザが地面に散り、馨はがくりと大きく両膝と手をついた。呆然

としてその場に崩れ落ちる。急いで睦月と國子が彼の確保に走り出し、皆人はちらっと屋上

に立つ宙と仁のサムズアップ、照れながら微笑わらう海沙の姿を静かに仰ぐ。

『──』

 だが次の瞬間、時は止まっていたのだ。まるでパチンと切り替えたように、周囲のセカイ

が若干モノクロに褪せて動きを止める。睦月達も、項垂れる馨も、ポーズを掛けられたかの

ように動かない。

 スロースと勇だった。二人はゆっくりと、何処からともなくこの現場に現れた。ゆっくり

と睦月達の前を通り過ぎ、馨の前に立つと、その手元に散らばる改造リアナイザの破片を見

つめて小さく嘆息をつく。

「やられたみたいだな。どうする? シンの話じゃあ、珍しい個体だったんだろう?」

「そうね。でも、進化前に壊されちゃったらどうしようもないわ。とりあえず、リアナイザ

だけは回収しておきましょう。多少のデータなら復元できるかもしれない」

 馨の手元に散らばる改造──真造リアナイザだった物を回収し、二人は再びその場を後に

していった。途中、スロースが動きを止めたままの睦月に手を出そうとしたが、勇がその腕

をガシリと掴んで睨み付ける。「……分かってるわよ」面倒臭そうに応えて振り払い、二人

はそのまま停止したセカイの向こう側へと消えてゆく。

「……。今度こそは、サシで倒す」

 その去り際、勇は聞こえている筈もないと分かっている睦月を、一度じろっと肩越しに睨

み付けると、そう吐き捨てるように言い残して。

「──あれ?」

 故に、睦月達の意識には、馨のリアナイザが突然消え失せたように見えた。

 辺りを見渡してみるが、破片が風に煽られて飛んでいったという風でもない。戸惑う二人

の後ろから、皆人がやや遅れて合流し、静かに眉を顰めている。

「……あいつらが来たみたいだな」

 何事かと周りの生徒達がちらほらと、少しずつこちらに視線を向け始めている。

 彼らの目がある。目立つ長居は無用だった。一瞬睦月達はキュッと緊張で引き絞られたよ

うな心地に襲われたが、すぐに予め決めておいたフォローの演技に移ることにした。あくま

で“偶然”に馨の異変に居合わせたとの体を採り、合法的に彼に駆け寄って確保する。他の

生徒達にはそれとなく濁し、彼を担ぐと、睦月達はそそくさとこの場を後にし、校舎内へと

向かうのだった。

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