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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-32.Tomorrow/明けない夜はない
247/526

32-(5) 勧める者、阻む者

 ひいっ!? 浴びせられた怒声に、馨は殆ど弾かれるようにして逃げ出していた。

 慌てて二人に背を向け、再び階段を駆け上る。転がり込むように自室へ戻って来て、もた

つく手で鍵を閉めた。中では変わらずにイエスタデイが佇んでいる。

(な、何で……? 何で僕だと分かったんだ!?)

 その実を明かすなら、彼の問い方は間違っている。

 睦月達は直接、馨を捜していた訳ではない。これまでのループが総じて日替わり後に起こ

っていることをパンドラの記憶ログから把握し、それを待って当のアウターが出現する瞬間に備

えていたのだ。反応が現れる瞬間まで、探知を走らせ続けていたのだ。


『──俺が疑問に思ったのは、そもそも何故パンドラがループを感知できたか? という点

なんだ』

 切欠は、そんな皆人の突き詰めようとした思考の中にあった。

 司令室コンソールで作戦会議と市中の観測を続けている最中、彼は言う。曰くもし時を遡りたければ、

その召喚主とアウター“だけ”が戻ればいい筈だと。

『うん……? そりゃあ、時間が戻れば丸々……』

『いや。アウターはあくまでコンシェルを元にした存在、つまりはデータの塊だ。どれだけ

人間には突拍子もない能力に見えても、そこには必ずリソース上の限界がある。特異であれ

ばあるほど、その分他の、直接的な戦闘能力などには劣る傾向がある。クリスタルやミラー

ジュなどが良い例だな』

『ああ……』

 テーブルを囲んで、ぱりぽりとスナック菓子を摘まみつつ。

 皆人の説明に、仁や睦月達も、思わずコクコクとつられるように頷くしかなかった。法川

晶や額賀二見、かつて戦い、関わり合いになった召喚主達の顔が浮かぶ。

『大江。だからお前が言うように、世界を丸々巻き戻しているとは考え難いんだ。それこそ

まさに神の領域だよ。アウターの、突き詰めれば人間のいち技術で成し得るものじゃない』

『神、ねえ。お前からそういう言い回しが出るなんざ意外だが』

『……裏付けになる事実はある。他でもないパンドラが、他人がループの記憶を得ていると

いう点だ。これは世界丸々ではなく、奴が“本人達とその周り”の時間のみを巻き戻してい

る証拠だと考える』

『? どういうこと?』

『それって、大江っちの言う丸々とは違う訳?』

『勿論だ。つまりその実は局所的──召喚主は睦月の家の近くに毎夜潜んでいるということ

になるだろう? もしそうならば、俺達の取れうる対処は大分絞られてくる筈だ。問答無用

で世界を丸々巻き戻されているのなら、俺達は奴と同じ土俵、同じ能力を手に入れない限り

相対することさえ不可能なんだからな』

 故に、対策チームの面々は夜、睦月宅の周囲にスタンバイしていたのだ。当のアウターが

現れて反応を捉えれば、すぐにそこへ駆けつけられるように。

 馨が見ていた「ループ説」のスレッドも、大江ら元電脳研による工作の一環である。こち

らが待ち伏せ作戦を採る以上、相手には“いつも通り”の行動を取って貰わなければ困る。

だからこそ、敢えて自分以外にループに気付いた者がいるかもしれないというプレッシャー

を与えることで、その行動を制約させようとしたのだ。


「──おらァ! 出て来い、二宮ァ!」

「お、大江君。落ち着いて……。二宮君、ここを開けて! 僕達の話を聞いて!」

 ガンガンと、自室のドアが乱暴に叩かれる。二人が家の中まで追い掛けてきたのだ。馨は

じりじりっと窓際に後退させられながら、引き攣った表情で怯えていた。ここぞとばかりに

追い詰めようとする仁とは逆に、睦月はまだ話し合いが通じると考えているらしい。

「そんなちんたらしてたら、また巻き戻されちまうだろ? ええい、構わねえ。ぶち壊せ、

デューク!」

 ドアの向こうで仁が自身のコンシェル、グレートデュークを召喚し、これを力ずくでぶち

破ったのとほぼ同時の事だった。馨は堪らず、イエスタデイに抱えられながら、開け放った

窓から地上へと飛び降りたのである。

『そこまでだ!』

 しかし飛び降りた先、夜闇の住宅街で待っていたのは、皆人や冴島、國子、海沙に宙、隊

士達といった残りのメンバーだった。既に一同はそれぞれのコンシェル達を召喚し、馨を確

保すべく円形に陣取っている。慌ててこれを見渡す彼の後ろ──自宅の二階から、デューク

に抱えられた睦月と仁が跳んで来て、追いついて来る。

「どうやら、まだ進化体ではないようだな」

「はい。道理で昼間には見つからなかった筈です」

「まさか同じクラスの人だったなんて……」

「まあねえ。でも思い返してみれば、不審っちゃあ不審だったかもだけど」

「お願いだ、二宮君。そのリアナイザをこちらに渡してくれ。それは危険な物なんだ。使い

続ければ、君も周りの人達も無事じゃあ済まない」

「……っ!」

 片手を差し出しゆっくり近付こうとする睦月に、馨は反射的に身を縮めて自身の改造リア

ナイザを抱え込んだ。それを砂時計顔のアウターこと、イエスタデイが無言のままに庇う。

 じりっと、両者の睨み合いが続いていた。最大のチャンスであり、ピンチだった。

「やれやれ……。もう嗅ぎ付けて来たのね」

「悪いが、お前らの相手はそいつじゃない。俺達だ」

 しかしそんな時である。夜闇の向こうから、見知った顔が悠然と近付いて来たのだった。

 継ぎ接ぎだらけのパペットを抱えたゴスロリ服の少女──“蝕卓ファミリー”の幹部が一人、スロー

スと、同じく勇だった。二人は馨とイエスタデイを庇うように現れ、勇は真っ直ぐに睦月を

睨みながら黒いリアナイザを取り出し、スロースはパチンと指を鳴らすと暗闇のあちこちか

らサーヴァント達を呼び出す。

「くっ。こいつらも一枚噛んでいたか」

「迎撃する! こいつらを押さえて、二宮を!」

 うおおおおッ!! サーヴァント達とスロース、皆人や冴島、クルーエル・ブルーとジー

クフリート、國子や他の隊士達のコンシェルらが一斉に激突した。馨を囲むべく組んでいた

円陣に、サーヴァント達の群れが食らいつく。

「皆!」

「雑魚の方は任せとけ! それよりお前は、瀬古達を!」

 仁や海沙、宙もこれに負けじと加わっていった。叫ぶ睦月に、デュークへ命令を飛ばしな

がら、肩越しに仁が言い放つ。

 弾かれるように向き直って、睦月は馨とその横に立つイエスタデイへ駆け出そうとした。

だがその進路を遮るように、勇が立つ。黒いリアナイザ背面のリアサイト下部の数字キーか

ら『666』を入力し、一旦水平に掲げた腕を捻り、地獄へ堕ちろというジャスチャーよろ

しく、その銃口をもう片方の掌へと押し付ける。

「変身」

『EXTENSION』

 彼を中心として、バブルボールのようなどす黒いフィールドが展開された。その中で、勇

は全身を、黒を基調に統一されたパワードスーツに包んでゆく。ゆっくりと明滅した両目の

光は錆鉄の緑。蝕卓ファミリー第七席、エンヴィーこと龍咆騎士ヴァハムートだ。

「……」

 睦月も、ぎゅっと唇を結んだままこれに応じた。馨のアウターにまた時間を巻き戻されて

しまっては元も子もない。第一相手が相手だ、出し惜しみはしない。

 取り出した白い、EXリアナイザのホログラム画面から、ブルーカテゴリのサポートコン

シェル達を選択する。ぎゅっと銃口を掌に押し付け、高くそれを暗闇の空へと掲げる。

『WOLF』『DOG』『FOX』

『RACCOON』『LYCAON』『JACKAL』『COYOTE』

『ACTIVATED』

『FENRIR』

 大量の冷気を孕んだ、青の強化換装。フェンリルフォーム。

 以前河川敷の戦いで復讐に燃える勇を破った、睦月の守護騎士ヴァンガードとしての力の一つである。

 ダスターと、やや湾曲した片手剣が激しくぶつかった。空を切って打ち込まれ、かわし、

或いは斬り付けては受け流され、十数手の攻防を繰り返す。

「おおおおおっ!」

 睦月は全身にエネルギーを込めながら、剣を地面に突き刺した。衝撃と共に、大量の冷気

が辺りに広がり、それは相対する勇にも一斉に襲い掛かる。

「……ふん」

 だが当の本人は哂っていたのだった。自身に浴びせられ凍て始めるボディをそのままに、

彼はその黒いリアナイザの銃底をキュッと、軽く回したのである。

『STEAM』

 轟。するとどうだろう、彼のパワードスーツのあちこちが軽くスライドして開き、大量の

蒸気を噴き出したではないか。

 いや……これは熱だ。凄まじいエネルギーを帯びた熱気が、瞬く間に睦月の凍結攻撃を溶

かして掻き消してしまったのである。

「なっ!?」

「二度も同じ手が通用すると思うな。今度は、俺からいくぞ?」

『ELECTRIC』

 更にもう一度銃底を回転させ、また違う電子音が鳴る。

 今度は電撃だった。パワードスーツ全身の排熱口から噴き出していたエネルギーが次々に

迸る電気のエネルギーに換わり、勇の身体中に、掌に集まる。睦月は咄嗟に剣と盾で防御し

ようとしたが間に合わず、その掌から放たれた電撃をもろに受けてしまう。

「……がぁっ!?」

「っ!? 睦月!」

「睦月!」

「むー君!」

 皆人以下仲間達も、押し寄せるサーヴァント達の数の力に苦戦していた。突き、斬り、或

いは弾丸や光線の射出。個々の戦闘能力はこちらが勝っていたが、如何せんスロースが止め

処なくサーヴァント達を補充してくるため減る気配がない。こと海沙と宙はまだ対策チーム

のメンバーとなって日が浅い。彼女達のコンシェルが直接戦闘向けではないことも手伝い、

皆人達はそのフォローにも回らざるを得なかった。じりじりっと、一同は馨を守りに現れた

スロースと勇からの攻勢に押されてゆく。

「こん、のぉッ!!」

 何とか両足を踏ん張って、片手剣に冷気のエネルギーを溜め、斬撃と共に放つ。

 犬や狸を模した多数の冷気弾が勇を襲う。前者は追尾弾、後者は凍結弾だ。

「……」

『ACCEL』

 しかし三度目の銃底の回転と同時に、彼は霞むように姿を消した。迫った冷気弾は虚しく

空を切ってあちこちにぶち当たり、無関係な家屋に凍て付いて纏わりつく。

「がっ──?!」

 そして目を見張った睦月の次の瞬間を狙って、勇は懐に肉薄しながらの一撃をその腹に叩

き込んだ。パワードスーツの下で、睦月が苦悶の表情を浮かべる。肺の中の空気が無理やり

に押し出される。駆動するように小刻みに振動する彼の拳を離れ、睦月はドンッと弾かれる

ように吹き飛んだ。大きな塀にぶち当たり、丸い陥没を作り、ぐたっとその場に崩れる。

「……かはっ! い、一体、何が……?」

「新装備だよ。龍咆騎士・改ヴァハムート・ツヴァイ──だそうだ。この前のお前との戦いを踏まえて、元々有り余

っていたスーツ内の熱量を有効活用する為の機能なんだとさ。言っただろ? 同じ手は、二

度も通じねえって」

 ニッと、面貌の下で勇が哂っているような気がした。ただ淡々と、その新しい力に驕って

いる訳ではない静かな声だ。荒く肩で息をする睦月の方へとゆっくり近付いて行き、じっと

見下ろしてから続ける。

「立てよ。お前はこんなモンじゃないだろう? 全力のお前とやらなくちゃ、意味がない」

「……」

 厄介な事になった。相手もしっかり対策を練ってきた訳か。

 睦月は息を整えながら思う。今はそれ所じゃないのに。ぐぐっと痛む身体を支えながら起

き上がり、この自分への復讐に燃える少年に向き直って構える。

 どうしてこんな。

 事件が起きる度に、敵ばかりが増える──。

「ほら、今の内よ!」

 ちょうどその時である。足止めを食らう皆人達を横目にしながら、スロースが言った。そ

れまで事態の急変ぶりに呆然としていた馨だったが、彼女の言葉が自分に向けられたものだ

と理解すると、コクコクと慌てて頷くと改造リアナイザを握り締めた。イエスタデイの砂時

計顔が、ギギギッと少しずつ回転し始める。

「っ、止めろォ!!」

 皆人や仁、冴島に國子、海沙や宙達、睦月もが血相を変えてこれを止めようとした。だが

駆け出そうとしてサーヴァント達に、或いはスッと立ち塞がった勇に阻まれる。高みの見物

といった様子でスロースが不敵に笑っている。ギギッと、イエスタデイの砂時計が九十度、

百八十度と回転してその上下の砂粒がひっくり返る。

「止め──」

 ぐにゃり。周囲の空間が渦を巻くように歪曲してゆく。馨とイエスタデイを中心に、周り

にある人・物の全てがその中へと呑み込まれてゆく。

 かくして時は戻される。七月三日は、またしても繰り返される……。

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