32-(1) 崩れた均衡(前編)
はたしてそれは、九回目の“今日”のことだった。
学園に登校した睦月とパンドラは、皆人や國子、海沙・宙、仁ら対策チームの仲間達を新
電脳研の部室に集め、今朝の一件を話して聞かせた。
時間を巻き戻すアウター。何度もループしてきた今日という一日。
最初は怪訝に、信じられないといった様子の面々だったが、他ならぬパンドラに蓄えられ
た記録がそれを物語っていた。実際、彼女がフォローしてくれていなければ、睦月を含めた
全員がこの事実を忘れてしまっていただろう。
何とも不気味な、後味の悪い心地。
思い思いに着いた部室内の席で、或いは背を預けた壁際で、皆人達は渋い表情をして口元
を押さえている。
「……危なかったな」
「うん。僕も今朝、パンドラに説明されるまではすっかり忘れてたよ」
「パンドラがいりゃあもう大丈夫だって話も、昨日司令室でしてたっていうのになあ。いや、
ループしてるんだから昨日も今日か」
「ややこしいわね」
「あはは。でも実際、これでえっと……九回目なんだっけ?」
コンシェルたるパンドラの既視感は何よりの証拠だ。前回の──八回目の昨夜と同様、早
速事の次第を司令室に伝えて動いて貰ってはいるが、苦笑する海沙のように、睦月ら人間サ
イドはまだいまいちループしているという“実感”が不充分なままだ。暫く思案顔をしてい
た皆人が、ぽつりと一同を導くように言う。
「時間を巻き戻す──厄介な能力だな。とにかく先ずは、そのアウターの召喚主を探さない
事には始まらない」
一旦皆で部室棟の屋上に出て、皆人は海沙に頼んでビブリオ・ノーリッジ──検索能力に
特化した彼女のコンシェルを召喚して貰った。紫紺のローブを纏った賢者風の青年が、調律
リアナイザから現出し、ふよふよと複数の古書型装置を浮かべながらその走査領域を眼下の
街並みへと大きく広げる。
彼に、広域の検索を掛けて貰ったのだ。個々の詳しい情報を犠牲にし、とにかくこの感知
圏内にどれだけのアウターがいるのか、その一点に絞って確認して貰う。
「ひい、ふう……。何だこりゃ!? 滅茶苦茶多いじゃねえか!」
「……それだけこの飛鳥崎が、アウター達に侵食されているという証だろうな」
皆でビブリオの展開する古書──出力用のホログラム画面を覗き、少なからぬ驚きをもっ
てごちる。思わず目を見張った仁とは対照的に、皆人はあくまで冷静であろうと努めている
ように見えた。
現在の所、件の時間を巻き戻すアウターの姿は分からない。召喚主も不明だ。もしかした
らもう“用済み”となって消されている可能性もある。
少なくとも、現状向こうが直接こちらに何かを仕掛けてきている訳ではない以上、彼らを
探し出すのは困難を極めた。面が割れなければどうしようもない。司令室での観測はあくま
で市中に張り巡らせた定点のもの。基本獲物が映るまでは待つしかない。だからこそ、今こ
うして海沙に能動的にその存在を把握して貰おうとしたのだが……。
「結構、これまでたくさん戦って、倒してきたつもりだったんだけどな」
睦月がぽつっと、そう隠し切れぬ落胆とショックを漏らしていた。自らの無力さに改めて
心苦しい表情を募らせる。「睦月……」「むー君……」宙や海沙、幼馴染達がちらりと肩越
しにそんな彼を見つめていた。こちらこそ申し訳ないと思う。ただでさえ自分達は、唯一変
身できるからと、彼に守護騎士の役目を押し付けているのだから。
「お前はよくやってくれているさ。ただそれよりも敵の勢いの方が強く、巧妙なだけだ」
「元より、数の力では劣っていますしね」
皆人は皆人で、國子は國子で、淡々とそうフォローはしてくれている。
睦月は静かに眉根を寄せたまま、じっと中空に浮かぶビブリオを見ていた。ぎゅっと丸め
た拳を握り締めている。気を遣ってくれていると分かる分、余計に自責する(つらい)。
「だからって、片っ端から喧嘩を吹っかける訳にもいかねえしなあ。一体ずつだから何とか
なってたモンも、こう目に見えてわんさかいると分かっちまうと気が滅入らあ」
「……ああ」
やや仰々しく嘆息をつく仁に、皆人は横目も遣らずに頷いた。じっと一同とビブリオの眼
下の、飛鳥崎市外の一面を見つめながら言う。
「そもそも、今ここで検知できた個体が全てとは限らない。中にはまだ進化前で、その都度
召喚主に呼び出されている者もいる筈だ。実数はもっと多いと考えていい。何より今回の、
時間を巻き戻すアウターがそのどちらであるかも分からない以上、当たってみた全てが外れ
という可能性も十分にある。余計に手間が掛かり過ぎる」
「そりゃあ、そうだがよ……」
ポリポリと頬を掻き、仁がちらっとそう皆人の方を見遣りながら、次の瞬間にはついっと
再び正面眼下の街並みを見下ろし始めた。睦月や海沙、宙に國子も、期せずして露見したこ
の敵の多さに、内心圧倒され途方に暮れている。
「……でもこのままじゃあ、また今日が繰り返されちゃうんでしょ?」
「うーん。確かにそうだけど、パンドラちゃんが憶えてくれているんだから、もう私達が忘
れちゃうってことは防げるんじゃないかな?」
「ループは許しちゃうけど、虱潰しに当たってくこと自体はできなくもない、か……」
話し合い、相談は結局、時間を掛けてでも地道に調べてゆくしかないという方向に落ち着
くかのように思えた。
じっとしていても仕方ない。とにかく動かないことには……。
「いや」
だがそれを否定、止めたのは他ならぬ皆人だった。
「大丈夫だ。その必要はない」
小さく且つ確かにそう言い、その言葉に思わず一斉に振り向いてきた睦月達に向かって、
フッと静かに、口元に不敵な弧を描いて哂う。
「だってもう……状況は“動いている”だろう?」




