32-(0) 騙されない
「ん、う……?」
カーテン越しの朝日が瞼の裏に注ぎ、睦月はゆっくりと目を覚ました。
断続的に鳴り続けるアラーム──枕元のデバイスにもぞもぞと手を伸ばし、手元に引き寄
せる。チチチと、小鳥達の囀る声が、そこで初めて遠くに聞こえた。
『07.03 AM6:30』
タップした画面には、そう日時が表示されている。
睦月は疑いもしなかった。機械とは、淡々と命令通りにそのタスクを捌き続ける存在なの
だと。……いや、一見そうしたシステマティックとは対極にあるような少女が、この画面の
奥の方で、くてんと寝返りを打ったりしてはいるのだが。
昨日は何があったっけ? ぼんやりと、まだ半分眠っている頭のまま、睦月は昨夜までの
記憶を引っ張り出そうとしていた。
バイオを倒し、再び変身ができるようになり、冴島さんが“唇のアウター”に襲われた筧
刑事をすんでの所で助けた──。
(……由良刑事は、もう)
冴島や司令室の皆人達との、通信越しの会話を思い出し、睦月はスッと音もなく表情を曇
らせる。
現場に居合わせた冴島隊曰く、奴の口振りから、由良が同じく襲撃されたのはほぼ間違い
のだという。事実当の本人は、ここ数日行方を眩ませていた。正直ショックだったが、そう
いう事なのだと認めざるを得ない。
筧は通信越しに、自分達を──対策チームの暗躍を非難し、皆人もこれに強く反論した。
曰く一度目の勧誘の際に彼が応じていれば、そもそもこのような事態には発展していなかっ
た筈だと。
でも……と睦月は思う。それを言うなら、肝心な時に変身に失敗し、コーカサスフォーム
を由良刑事に使う機会を逃してしまった自分にこそ、明確な遠因があるのではないか? 友
はそれを自覚させないように、仲間達に意識させないように、敢えてもっと遡ってそもそも
論を弄したのではないか?
個人的な意見としては、結局の所、責任転嫁なんだろうと思う。
対策チームを名乗り、アウター達から街を人々を守るという体を採りながらも、その実失
うものの方が多かった。勿論それを理由に戦うことを止めてしまう訳にはいかないし、止め
ないことがひいては周りの大切な人達を守る──自分の利益、良心の呵責にも適う訳なのだ
が、一方で自分達はそういった自覚をもって臨むべきではないのかと思うのだ。
「……っ」
そこまで悶々と考えて、睦月はふるふると首を横に振った。
いけない。自分はともかく、皆人達にまでそんな押し付けがましい事……。これは自分の
我が儘で、他人に求めても詮無いことだ。皆は最善を尽くしてくれている。その事実だけは
忘れてはならない。
「明日から期末テストかあ」
だからこそ、睦月はそう自ら頭を切り替えるように、画面の日付を眺めながら呟いた。日
常の裏側でどんなにアウター達との戦いを繰り広げようとも、季節は着実に移ろっている。
梅雨明け、夏本番は近い。
『──!?』
だからこそ、パンドラはぎょっとした。画面の中で、しょぼしょぼと寝惚け眼を擦りなが
ら起きようとしていた所に、そう彼が“何も覚えていない”風なことを口走るものだから、
彼女は大いに焦ったのである。
『ま、マスター。もしかして……何も覚えてないんですか?』
「? 何もって、何を?」
画面の外、現実の側からそう小さく頭に疑問符を浮かべて応じてくる睦月。
パンドラは確信した。嗚呼、やっぱりだと思った。電脳の身体を持つ自分は憶えている。
すっかり一晩経って忘れてしまった彼に向かって、改めて話し始める。
『新しいアウターが現れたんですよ。今日一日を、何度も巻き戻す能力を持つ個体が──』
画面の中から身振り手振り。自らの中に幾度も蓄積された“今日”を、つぶさに語っては
訴えて。
じわりとゆっくりと。睦月の両目が大きく見開かれてゆくのが分かった。一時は失われて
いたn回目の今日という記憶が、認識が蘇って急速に頭の中を駆け巡る。くしゃっと、思わ
ず後ろ髪を掴んで、睦月は絞り出すように呟いた。
「……そうだよ。僕らは……」
思い出した。
それは睦月達が、繰り返される七月三日から抜け出した瞬間で──。




