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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-31.Tomorrow/最も長い前日譚
241/526

31-(7) 既視感(デジャヴ)

 パンドラが訴えてきたのは、既視感デジャヴだった。

 これがまた別の“人間”だったならば、気のせいで済んだのかもしれない。しかし彼女は

コンシェル──高度なAIを備えた先端技術の結晶だ。

 筧と別れた後、睦月と冴島、隊士達は司令室コンソールに戻った。同じくバイオ一派の残党探しから

帰って来ていた海沙や宙、仁、國子などとも合流し、香月ら研究部門の面々に経緯を話すと、

彼女達は一瞬目を丸くしながらもすぐに動いてくれた。一旦デバイスごとパンドラを預か

り、その各種ログを詳しく検め始める。

「……間違いないわ。確かに、同じ日付が繰り返されてる。ちょうど今で……八回目ね」

 生身の人間とは異なり、コンシェルである彼女が既視感デジャヴに襲われたとなると事情は違って

くる。少なくとも、その現象はデータ上の、何かしらの理由で記録された事実であるのだから。

「八回!?」

 ざわっ。主たる睦月は勿論、司令室コンソールに集まった面々が一様に驚愕の表情を浮かべていた。

信じられないといった様子で互いの顔を見合わせている。

 つまりは、七月三日という“今日”が、何度も繰り返されていたということ。

 そんな馬鹿な……。睦月達は皆、誰一人として、そんな状況になっているとは気付いてい

なかった。そもそも繰り返しという発想自体なかった。

 頭を抱え、驚きのまま固まっている仁や宙。そわそわと、いつもの風景に異変はないかと

辺り見渡している海沙。皆人は自らの椅子に深く腰掛けたまま、じっと眉根に皺を寄せて思

案顔をしており、國子も若干険しい表情をしてその場に立っている。母・香月の、デスクの

PCに繋がれたデバイスと画面を覗き込みながら、睦月は動揺した様子でパンドラに訊ねて

みた。

「なっ、何でそんな大変なこと、言わなかったのさ!?」

『す、すみません。でも皆さんには何も変わった所はありませんでしたし、もしかしたら私

の方がおかしくなってしまったんじゃないかと思って……』

 しょぼんと、画面の中で機械の六翼を畳んでいるパンドラ。

 曰く、最初は先ず自らのエラーを疑っていたのだそうだ。だがあまりにも同じ光景が繰り

返されるため、遂に不安になって打ち明けたのだと。

「……つーことは、あれか? いわゆるループ物の能力?」

「気付いていたのがパンドラちゃんだけだって事は、やっぱり……」

「アウターの仕業、だろうな」

 たっぷりと沈黙を含んで、おずおずと仲間達が確認し合うように語り出す。

 仁や海沙の言葉を継ぐようにして、上座モニター画面の前に座る皆人がそう言い切った。

面々が信じられないといった様子で頭を抱える。パンドラのログを分析する画面が、その間

も延々と、彼女の中のデータを数字の羅列として出力し続けている。

「唯一知覚していたのがパンドラのみだった点からも、コンシェル絡みの力であると考えて

間違いはないだろう。大体、時間を巻き戻すなんてデタラメな力、他にあって堪るか」

「そ、そりゃあ、そうだけどよお……」

「あはは……」

 仁が困ったようにポリポリと頭を掻き、睦月が実は誰よりも頭を抱え始めたとみえるこの

友につい同情して苦笑わらう。

 一通り分析も終わったようだ。訴えていた既視感デジャヴが原因も判った事もあり、香月は立ち上

げていたプログラムを終了させると、自身のPCから繋いでいた配線を抜いてパンドラを解

放──睦月の下へ返してやる。

「……また、とんでもない個体が現れてしまったな」

 はたして、司令官・皆人の憂鬱めいた呟きは一層の切迫感をもって。

 今はただでさえバイオ一派の残り──ヘッジホックとトーテムの追討、筧が追う由良殺害

犯の特定という懸案が残っているというのに。はあ、と流石に大きく嘆息をつき、皆人は掌

でぐしゃりと自身の髪を掴んでいた。敵もそう律儀に待ってくれる訳もないのだが、さてこ

れからどう動き、捌いてゆけばいいものか……。

「少なくとも、筧刑事の方は進展があったんだろう? ASLの血文字だったか」

「はい。でも何の意味なのか分からないですし、そもそも由良刑事の件に関係があるのかど

うかも……」

 萬波の、それとなく皆人を慰めるような問い掛けに、睦月は答えた。その見解は冴島も同

じく首肯する所だ。少なくとも筧があの時持ち帰ったサンプルを調べ、結果が出ない内は、

全て推測の域を出ないだろう。

「……なら一旦、その巻き戻すアウターの召喚主を探すとしよう。このまま今日という日を

繰り返されてしまっては、進む捜査ものも進まないからな」

「ああ」

「うん。そうだね」

『私がいますから、繰り返しはもう大丈夫です。明日──九回目の今日になっても、皆さん

にこの事をお話しすればいい訳ですからね!」


 かくして飛鳥崎の夜は、再三「渦」の中へと呑み込まれる。

 日付を跨ぎ、夜更けを迎えたその時、馨はその改造リアナイザの引き金をひき、砂時計顔

のアウターを召喚する。ぐるんと砂時計ごと一八〇度に回転した顔は、そのまま周囲の空間

を渦を巻くように歪曲させ、再び同じ時を──七月三日を呼び戻す。

「はははは! そうだ、それでいい。この世界は、僕だけのものだ!」

 最初こそこのアウターの能力に戸惑っていた馨だったが、巻き戻しを繰り返すにつれ、今

やすっかりその力に魅せられてしまっていた。

 繰り返される時間、同じ一日。その事を知っているのは自分ただ一人。

 もし同じならば、結果を知っているのならば、自分はそれらを踏まえてもっとベターに立

ち回れる。失敗は遠退いてゆく。確実な未来がこの手にある。……いや、もう落第の不安に

怯えなくてもいい。あの苦しみから、自分は遂に解放されたのだ。

「あははははははは! 最高だ、最高だよ! やっと僕は……自由になれたんだ!」


 そう街の片隅で、狂ったように笑う少年の声など聞こえる筈もないのに、彼はじっと暗闇

の中に潜んでいた。いや、厳密には機材の光以外の明かりが無い地下の巨大サーバー室で、

目の前で流れてゆくプログラム画面の羅列を見つめながら、そっと眼鏡を光らせている。

「──用って何? っていうか、真っ暗にして画面見る癖、止めた方がいいわよ?」

 すると暗闇の向こうから、一人の少女が進み出てきた。

 継ぎ接ぎだらけのテディベアを抱えた、ゴスロリ服の少女──スロースである。

 そこは“蝕卓ファミリー”のアジトだった。夜も更け、ただでさえ点したがらない照明が落ちた暗が

りの中で、この眼鏡の男性──白衣の男・シンはにぃっと白い歯を見せながら嗤う。

「どうやらまた一人、新しい個体が生まれたみたいなんだ。それにとても面白い能力──君

と同系統のもののようでね」

 キュッと座っていた椅子を回転させ、シンは呼び出しに応じてやって来たスロースに向き

直ると言った。当の彼女はあまり面白くなさそうだった。「ふぅん?」と、いつものように

気だるく刺々しい物言いと態度で、カツカツとこちらに近付いて来る。

「用件は他でもない。君には、この新しい同胞について調べて来て貰いたいんだ。接触して

来て欲しい。この子なら、君に預けてある例の研究にも、一役買うかもしれないしね?」

 ついっと手元のディスプレイをずらし、先程まで見ていた画面を覗きやすいように見せて

くる。スロースはそれをジト目のまま一瞥して確認すると、気だるくも結局は従順の体でも

ってこの要請に応えた。

「……ま、いいけど」

 飛鳥崎の夜は深まってゆく。闇に紛れたまま、殆どの者は気付かなかった。繰り返されて

いるという事自体、考えもしなかった。

 だが知り得る者達は確かに潜んでいた。其々の思惑を胸に、潜んでいたのだった。

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