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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-4.Girls/近くて遠い距離
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4-(0) 壊れた笑み

 あの日はやがて風化していく、私達の記憶の一頁の筈でした。

 あの日あたし達は、ただ近所の裏山で遊んでいただけだったのに。

『グルル……ッ!』

 気付いた時にはその子がすぐ近くまで迫っていました。ガサリと背後の草むらから物音が

したかと思うと、そう私達を威嚇するように低い唸り声を上げていたのです。

 首輪もついてない。薄汚れていて気性の荒そうな一匹の犬。

 野犬だった。今なら犬一匹どうって事ないやって思うんだろうけど、何せあの頃のあたし

達はずっと小さかった。そこそこの大きさがあれば、自分と同じかそれ以上の体格として目

に映っていた訳で。

『ひっ……!』

『な、何よお。あっちいけ! しっ、しっ!』

 私はすっかり怯えて二人の陰に隠れていました。ソラちゃんは気丈にも立ち向かい、何と

かこの野犬を追い払おうとします。

『大丈夫だよ。海沙と宙は僕が守るから』

 あたしの横で、海沙の前に出て庇うように。

 そんな中でもあいつは変わらなかった。

 いつものように静かな声で、細めた笑みを貼り付けたまま、じっとこのよだれを垂らして

威嚇して──多分自分の縄張りに入って来たあたし達を敵と見なしていたんだろう野犬とじ

っと睨み合っていた。

 それでも野犬は一向に退いてくれませんでした。多分私達が怖がったり刺激したりして興

奮を煽ってしまっていたんだろうと思います。

『グルルルル……ッ!』

『──っ』

 そして一層激しく吠える野犬。

 するとこの子がいよいよ飛び掛かってくる、そう気取って思わず身を縮込めようとした次

の瞬間、むー君は半分咄嗟のように近くに落ちていた木の棒を拾っていたのです。

『ギャウンッ!?』

 一打。

 睦月は飛び掛っていたこの犬に、思いっきり横殴りの一発を打ち込んでいた。

 子供がそんな反撃をしてくるなんて思わなかったのか、その瞬間野犬の方は甲高くちょっ

と情けない悲鳴を上げていた。

 ……でも、その一瞬だけだったのです。

 私達あいてに攻撃の意思があると解った瞬間、この子の向けてくる敵意はあからさまに尖ったの

ですから。

『ウゥゥ……。ガウッ、ガウガウガウッ!!』

『うひぃ!?』

『ちょ、ちょっと何で逃げないのよぉ……』

『──』

 だからなのかもしない。

 実力行使で追い払おうとしても尚、吠えてくるこの野犬にあたし達子供の気持ちが折れそ

うになったその時、ザリッと、一歩また一歩と睦月が棍棒を握ったまま一人こいつに向かっ

て歩き出していたのだ。

『……ふぇ?』

『ちょっと。睦──』

 ギャアンッ?! ちょうど、次の瞬間でした。私達が戸惑うのも聞かず、むー君はただ背

を向けたまま無言でその棍棒を振り下ろし始めたのです。

 私も、ソラちゃんも突然の事に唖然としていました。

 一発、二発、三発、四発、五発……むー君の反撃は止まりません。

 どうと、野犬がその度に悲鳴を上げて地面に叩きつけられる音がしていました。

 ビチャリ。むー君の左や右から、赤黒くてどろどろしたものが吐き出されていました。

『む……むー君、もういいよぉ!』

『ストップストップ! 睦月、やり過ぎだってば!』

 多分、あいつはあいつになりに必死にあたし達を守ろうとしたんだろうと思う。

 怖かった筈だ。なのにあいつはたった一人で身の丈が殆ど同じな野良犬と向き合い、血塗

れするまで殴り続けたんだ。

『……』

 慌ててあたしと海沙は駆け寄っていく。やはりというべきか、野犬はボロな茶色の体毛を

あちこち赤く染めてぐったりと動かなくなっていた。

 ぽたぽたと、握る棍棒から血が滴っていました。

 もうすっかり半泣きになっていた私の肩をソラちゃんが抱いてくれながら、ゆらりとむー

君は私達の方へと振り向いたのです。

『……大丈夫? 二人とも、ケガはない?』

 安堵より多分悪寒、だったんじゃないかな?

 そう返り血でべったりと赤くなってしまった姿のままで、むー君はだけど静かに何時もの

ように“微笑わらって”いたのでした。

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