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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-31.Tomorrow/最も長い前日譚
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31-(2) 先んじられても

「退院だって? そりゃあ本当か?」

「はい。経過が良好だからって先生が。早ければ、夏休み前には出られそうなんです」

 時を前後して、飛鳥崎メディカルセンター。

 筧は一人七波の病室を訪れ、そして彼女から嬉しい報告を聞いた。ベッドの上でちょこん

と座る当人も、ぱあっと表情を明らめて話してくれる。

「そうか……よかったな。一時はどうなる事かと思ったが」

 つられて、小さく笑みを零した筧。

 その言葉に偽りはない。本当に助かって良かったと思っている。

 貴重な証言から始まった不思議な縁。気が付けば、彼女とはもう季節を一回り以上越した

付き合いとなった。特に玄武台ブダイ襲撃事件以降、由良は自分以上に彼女のことを気に掛けてい

たように思う。

 情……のようなものだろうか。自分からすれば親子ほど、由良にすれば歳の離れた妹ほど

の年齢差がある。あいつの生来の正義感と若さは、よりそんな彼女の境遇に寄り添わんとさ

せていたのかもしれない。証言者という以上に、一人の守るべき人間として。

「それにしても、今日もお一人なんですね。由良さん、お忙しいんですか?」

「……ああ。ちょっと、ヤマが難しい所でな……」

 だからこそ、言える筈もなかった。つい嘘をついてしまった。何の邪気もなく微笑みかけ

てくる彼女に対し、筧はそう小さく苦笑いを堪えながら取り繕う。少なくともヤマ云々は間

違いではない。間違いではない。

「それって……。やっぱり、瀬古先輩の件ですか?」

 しかし、それでも彼女は彼女なりに察したようで、そうややおっかなびっくりといった様

子で訊ね返してくる。

 ああ。苦々しい感情を相変わらず口の中に、喉の奥に押し込み、筧は首肯した。由良の死

を誤魔化せるなら、まだ話を合わせて喋っておいた方が得策かもしれない。

 瀬古勇はやはり生きていた。そして今彼は、怪物達の元締めたる“蝕卓ファミリー”の一員になって

いるそうだ。先日の皆人とのやり取りの際、その辺りの現状についても聞き及んでいる。奴

は敵の手に落ちた。黒い守護騎士ヴァンガードとして、彼ら対策チームの前に立ちはだかったらしい。

(……由良は、その辺りにも近付いてたんだろうか……?)

 あの唇の化け物──アウターの言葉が真実なら、由良は奴らに口封じの為に殺された可能

性が高い。調べよう、知ろうとしていたことが全て先回りされていたような気分だ。あいつ

もそこへ突っ込み過ぎて、消されたのか? いや、無事であって欲しい。この目で確認する

までは、他ならぬ自分が信じてやらなくてどうする?


『──まったく、なっとならん。街の平和を先頭に立って守る俺達が倒れてどうするんだ』

 つい昨日は、一課のオフィスにて、再び由良の上司として部長に詰られた。

 由良はあの日以来ずっと休んだままだ。一応律儀に、体調を崩したとのメールは届いてい

るようだが……最悪の可能性について知ってしまった今、やはりあれは全て犯人による偽装

工作なのではないかと思う。自分の知っている由良は、あの程度の酔いで連日欠勤するほど

軟弱ではない。

 部長やキャリア組の面々は、今回の一件についてあまり深くは考えていないようだった。

 単純に署内が年中忙しいというのもある。上層部にとっては、精々末端の人手が一人減っ

たらしいというぐらいの認識でしかないだろうし、組織として表立って捜索に掛かろうもの

なら、自分達の面子にも関わる。筧自身、そういう意味であまり期待はしていなかった。

『また休みか……』

『一体どうしちまったんだよ? 確かにあいつは多少なよっとはしてるが、見た目ほどやわ

じゃない。そうだろ? ひょうさん』

『……ああ。寧ろ俺が知りたいぐらいだよ』

 その一方で一部の同期、ノンキャリ叩き上げ組の同僚達は、いよいよ由良の不在がおかし

過ぎると疑惑を深めていた。その日もその前の日も、彼らはひそひそと上層部の隙をみては

こちらに訊ねてくる。だがまさか殺されたかも、などとは口が裂けても言えない。此処は組

織のど真ん中だ。これまで怪物絡みの事件が“揉み消されて”きたことを考えると、まだ自

分が気付いたと知られるのは拙い。

『飲んで帰った後、何かトラブルでもあったのかもしれねえな……。まぁここん所ハードな

ヤマが続いてたから、こっちの方が悲鳴を上げちまったのかもしれん』

 そうぽんぽんと胸元を叩き、なるべく彼らに気付かれないように、深入りして来ないよう

にそれとなくぼやかして応えておく。

『……とりあえず、見つけたら引っ張ってくるさ』

 少なくとも首を突っ込まれては、また第二第三の由良が生まれてしまうだろう。

 それだけは何としてでも避けなければならなかった。筧は努めて苦笑いを取り繕い、そう

怪訝を強くする同僚らを、やんわりと遠ざけるしかなかったのである。


(──とはいえ、じっとしてる訳にもいかねぇんだよなあ……)

 皆人らによって長らくの「謎」が明かされ、どうにも手持ち無沙汰になってしまった。

 その間も七波と雑談や情報交換を行い、筧は次の一手を考えていた。最初は突き付けられ

ら内容にショックを受け、鈍くなっていたが、先ずやるべきことは決まっている。

「じゃあ……そろそろ戻るよ。また退院するくらいまでには顔を出す。困った事があったら

遠慮なく俺に相談してくれりゃあいい」

「はい。ありがとうございます」

 お気をつけて。控え目に手を振ってくる七波に、筧も背を向けたまま小さく片手を上げて

応じた。コートを翻してやや俯きがちに、一人病室を後にしてゆく。

(先ずは……由良の足跡を探す)

 どちらにしろ部下の、相棒の仕事だけは、済ませておかねばなるまい。

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