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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-30.Control/越境者の条件
233/526

30-(6) 交錯する運命

『──』

 筧目掛けて振り下ろされた五指を、割って入って阻んだ第三者がいた。

 冴島のコンシェル、ジークフリートである。アパートの階段裏から襲い掛かったライアー

は、この突然の乱入者に唇を大きく開いていた。ギチギチと五指をジークフリートの剣が受

け止めている。他ならぬ筧本人も、この背後からの襲撃と庇い立てに目を丸くしている。

「……なっ」

「何なんだ? お前ら……?」

 隊長! 物陰から数人の隊士達が出て来ていた。ジークフリートの後ろで、筧を守るよう

にして、冴島が調律リアナイザを握ってライアーと向かい合っている。

 彼らは、國子達とは別行動で由良の行方を捜していたのだった。捜していて、彼の自宅で

あるこのアパートを密かに張っていた所、筧が訪ねて来るのが見えて、更にアウターの反応

が迫ってきた。冴島は咄嗟に、コンシェルと共に飛び出していた。

「……貴方と同じ、由良捜しもくてきの者ですよ」

 筧の戸惑う問いに、冴島は肩越しにそう静かに答えていた。ギチギチと、尚も五指と剣の

鍔迫り合いは続いている。ライアーが少し押し返され始めていた。唇から大きな息を吐き出

しながら、苛ついた様子で叫ぶ。

「ちいっ! 邪魔をするな! お前達だって、こいつも消した方が都合がいいだろうが!」

「……お前達と、一緒にしないで欲しいね」

 じりじりっと剣ごとライアーを押し戻しつつ、冴島が言った。一旦反動をつけてこれを弾

き飛ばし、隊士達に筧を避難させるように指示する。「おい、今何て……?」筧がライアー

の発言に目を丸く、瞳を揺らしていたが、冴島らは敢えて反応しない。

 ライアーとジークフリート、冴島の両者はアパート傍の横道を逸れ、人気のない倉庫群の

前へと転がり込んだ。じっと互いの出方を窺っていたのも数拍の事、二人はほぼ同時に切り

結ぶ。結んで、しかし直接的な戦闘力に勝るジークフリートが終始戦いをリードする。五指

をかわして斬撃を叩き込み、怯んだ隙に更にもう二発三発と追撃を加えて火花を散らす。

 ぐぅっ……! ライアーは胸元を押さえ、大きく後退っていた。隊士達が援護に駆けつけ

ようとするが、筧も筧で大人しく避難させられている性分ではない。彼らに「危険です、下

がって!」と制止されるも、繰り広げられる戦いを肩越しから目に焼き付けている。

 駄目押しと、冴島はジークフリートの身体を流動化する炎に変えた。

 彼を狙っていたという事は、おそらくはもう一人も。ここで逃がす訳にはいかない……。

「お前らは……そうか。例の“知られたら困る連中”か」

 呟く筧に、ちらっと冴島は一瞥を遣った。隊士達が彼を閉じ込め守るように、ぐるりと外

向きの円陣を組んで押し返している。

 だが──それがいけなかった。冴島達が注意を向けた一瞬の隙を、ライアーは逃さずに反

撃に打って出たのだった。

 パァンと、胸の前で両手を合わせる。その音に気付き振り向いた時には、もう遅かった。

「“今日は快晴良い天気。ゲリラ豪雨一つも無い”」

 次の瞬間である。それまで程々に晴れていた空が、瞬く間に曇って暗雲を立ち込ませ始め

たのだ。

 いや……本当にそうか? 冴島達は思わず空を見上げる。

 まるで建物と建物に区切られた空だけが、寄せ集められたように下り坂になってゆく気が

した。気温が下がり、鈍い雷音が鳴り響く。するとどうだろう。ザァァッと、バケツを引っ

くり返したかのような豪雨が辺りを襲い始めた。その雨量に、思わず冴島達は両腕で庇を作

り、身動きを封じられる。炎を纏ったジークフリートも、あっという間に消火される。

 そうして気付いた時には、既に手遅れだった。

 明らかに異常な局地的な雨が治まったと思った時には、ライアーの姿は忽然と消えてしま

っていたのである。

「……。逃げられたか」

 ずぶ濡れになって、冴島は静かに嘆息をつく。調律リアナイザを切って、ジークフリート

の召喚を解いた。消火されて煙が立ち上る相棒が物寂しげだった。剣をザラッと鞘に収めな

がら、小さく頭を垂れるようにして掻き消える。隊士達も同様に戦闘態勢を解いていった。

彼らと、冴島の握っていたリアナイザを見つめて、筧はじっと瞬きもせずに黙っている。

「隊長……」

「彼らの前に出るのは、拙かったのでは?」

「ああ、そうかもしれないね。命令には無い。僕が責任を取る」

 そんな彼をちらちらと見遣りながら、隊士達は口々に小声を掛けてきた。ぐしょぐしょに

濡れてしまったスーツを応急処置的に絞りながら、冴島は言う。

「目の前で人が殺されそうになっていたんだ。黙って見ているなんて、出来なかったよ」

 隊長……。隊士達が複雑な表情で呟いていた。それはそうかもしれないが。彼らもめいめ

いに、多分に迷いを含みながら、互いの顔を見合わせている。

「……。なあ」

 そして、筧が言った。同じく先程の豪雨でずぶ濡れになったまま、ゆっくりと晴れてゆく

黒い曇天を見上げ、貼り付いた前髪で表情が隠れたまま、誰にともなく呟いている。

「あいつは、俺“も”消した方がと言っていた。つまり由良は、もう……」

『……』

 暫くの間、両者は何も言えなかった。相手に声を掛けてやることさえなかった。

 ややあって、先ず冴島が動く。調律リアナイザから自身のデバイスを取り出すと、画面を

タップし、とある場所へ──司令室コンソールへと電話を繋いだ。

「もしもし。僕だ。すまない、トラブルが発生した」

「由良信介捜しは……失敗らしい」

                                  -Episode END-

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