30-(1) 故の暴力(ちから)
「畜生ッ!!」
廃工場のアジトに帰って来るや否や、人間態に戻ったバイオは手近な機材を殴りつける。
加減も何もなかったらしく、機材は配線で繋がっていた回りの壁を巻き込んで引き千切り、
激しくへしゃげて物言わなくなった。
戻って来たと思いきや、不機嫌マックスのリーダーに怯えている部下達。
その一方で、同じく戻って来た彼の側近──人間態のトーテムとヘッジホックは落ち着い
たものだ。片ややれやれとため息をつき、片やゆっくりと近寄り、この難物なリーダーを何
とか宥めようと試みる。
「止めぬか。皆を怯えさせてどうする? ……まだ良かったのではないか? もしあのまま
守護騎士を倒した所で“蝕卓”は我々を認めてはくれなかっただろうよ」
「……」
老紳士──トーテムの言葉に、バイオは小さく舌打ちをしながらも反論することはできな
かった。事実だったからだ。もしこちらの推測通りだったとすれば、あのまま戦っていても
元々の目的は果たせなかった筈だ。
何のトラブルがあったかは知らない。だが守護騎士は、どうやら現在変身できない状態に
あるらしい。つまり全力を出すことができず、満足に戦うこともできないということ。
こちらとしては、その彼を叩き潰すことで蝕卓を認めさせようとしていたのに、それでは
証明にならない。加えて例の黒騎士──エンヴィーまでが割って入って邪魔をしてきた。あ
の場はトーテムの機転で何とか離脱することができたが、結局こちらは思惑が外れるわ手負
いになるわで骨折れ損である。
何より……バイオが内心苛ついてならなかったのは、エンヴィーこと勇であった。
確か龍咆騎士といったか。所詮人間と高を括っていた、油断があったと言ってしまえばそ
れまでかもしれない。だがそんな彼に圧倒されたのは事実。そしてそんな事実が、バイオの
自尊心──自身の強さへの絶対的な自信に傷をつけていたのだった。
「やっぱ、無茶だったんだって」
「そうだな……。蝕卓を敵に回してしまっては元も子もないぞ?」
ドラム缶の上にひょいっと座り、灰色フードの青年──ヘッジホックが言う。トーテムも
控え目ながら、その場で腕を組んで帽子の下で思案顔をし、そうやんわりと諌めてくる。
バイオは相変わらず不機嫌だった。先ほどのように物に当り散らすということはしなくな
ったが、こういう時の彼にはあまり関わりたくない……。部下達の内心は、総じてそんな所
であるのだろうと思われた。
「じゃあお前らは、このままでいいと思ってんのか? 蝕卓に、人間のガキにいいように使
われて、それで構わないっていうのかよ?」
「それは……」
「まあ、何でっていう気持ちはありますけど……」
「このままじゃあ、なし崩しだぞ? これ以上機会を逃したら後がねえんだ。多少無茶をし
てでもひっくり返さなきゃ、幹部の席には座れねえ」
「……。ねぇバイオ、何でそんなに幹部に拘るのさ?」
「あ?」
「そうだのう。確かにお主は、前々から大口を叩く男じゃったが……」
だからヘッジホックが、トーテムが改めて訊ねた時、バイオは一瞬押し黙った。部下達も
少なからず興味があるといった様子でこちらを見てくる。ぽりぽりとモヒカン頭を掻いて、
彼は何処かばつが悪そうな表情をみせる。
「……だってそうだろうが。俺達はシンに作られた“駒”だ。理由は知らねえ。だが俺達は
生まれた時から繰り手を見つけて、進化することばかり考えてきた。実際ここにいる面子は
そうやって実体を手に入れて、気ままに暮らしてる。……だがよ。どれだけ俺達が必死こい
て進化を果たしても“自由”はねぇんだ。蝕卓に……何だっけ? ああ、生殺与奪を握られ
てる。そんなの“駒”と一緒だろ。モルモットと同じじゃねえか。だから……手に入れたい
んだよ。強くなれば、連中の幹部の席に座れるだろ? そうすりゃあ少なくとも今よりは安
全を得られる筈なんだ。……あわよくば、シンの首だって狙える。お前達を、モルモットか
ら解放できるかもしれねえ」
『──』
ヘッジホック達は、言葉を失っていた。目を真ん丸に見開き、信じられないといった様子
で。いつも大雑把で無鉄砲な彼が、そんなことを考えていたなんて……。腕っ節の強さと何
だかんだと仲間思いな所からリーダーになっていた彼だったが、一同は改めて彼の“器”と
いうものを思い知る。
動機はとことん突っ走りだ。
だがその先に見ていたのは、自分だけに留まらぬ皆の“自由”だった。自身が頂点に君臨
すれば、そんな良い影響を皆にも及ぼせるかもしれないと。
「バイオ……」
「意外だのう。そんな事まで考えておったとは」
「り、リーダー……」
「うおおおおおーッ! リーダー! 俺達、一生あんたに付いていきますッ!」
「尤も、やり方は乱暴だがの」
「うるせえな。他に、思いつかなかったんだよ」
にわかにハイテンションに、情が移ってやいのやいのと歓声を上げる部下達。
ぽつりと締めのように皮肉を言ったトーテムに、バイオはむすっとした表情で流し目を遣
った。それでもまだ、普段表にしない思いだったのか、当人はこっ恥ずかしさを隠せない様
子だったが。
「……理由は解った。でも、だからってどうする? これで蝕卓の禁止令は今までよりも強
くなる筈だよ?」
「ああ、そうだな。だがやる事は変わんねえよ」
深い嘆息。それは「やれやれ」とでもいうかのような穏やかな吐息だった。ヘッジホック
が皆を横目にしながら、バイオに向き直って言う。作戦会議だ。一度自分達は失敗してしま
ったのだから、今度はもっと考えなければいけない。
「少し待つ。ただちょっと、標的を変えるだけだ」
バシン。
片方の掌にもう片方の拳を叩き付け、バイオは言った。




