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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-29.Control/睦月、最大の危機
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29-(6) 詐欺師の正体

 そして、時は遡る。

 バイオレンスらの強襲を、思わぬ助けが入ったことで逃れた睦月達は、間一髪の所で地下

の秘密基地──司令室コンソールへと戻って来ることができた。

「あ、むー君」

「皆っちに大江っちも……って、どうしたの? そんなに慌てて」

 中には既に海沙と宙、じっと壁際に背を預けて佇んでいる國子がいた。こちらの到着に気

付いて振り向いた幼馴染二人は、香月のデスクを囲んで何かを待つようにして立っている。

その一方で当の香月本人はと言えば、一瞬ちらっと一瞥こそ寄越せど、集中しているのか二

人のデバイスを自身のPCに繋ぎ、猛烈な勢いでキーボードを叩き続けている。

「……スタッフを集めてくれ。面倒な状況になった」

 皆人の一言で、対策チーム全員での緊急会議が招集された。議題は他でもない、先刻睦月

達が戦う羽目になったアウター三人組の件である。睦月と仁も、身振り手振りを加えてその

一部始終を皆に話した。

 モヒカン男と灰色フードの青年、礼服姿の老紳士。どれもその本性は強力で、一筋縄には

攻略できなさそうだ。何より彼らは明らかに睦月が守護騎士ヴァンガードであると知った上で現れ、攻撃

してきた。幸い「俺の獲物」だと勇が乱入してきたことで、何とかその場を脱することがで

きたのだが……。

「……拙いですね」

「ああ。よりによって、こんな時に」

 ぽつりと國子が、表情を変えずに言う。皆人は面々の中心に立ちながら、思わず嘆息をつ

いて頭を抱えていた。ただでさえ懸案に懸案が重なり、加えて睦月が変身できないトラブル

まで起きた最中だというのに、また新たな敵が現れたのだから。

「……ごめん」

「むー君が謝る事じゃないよお」

「そそ。悪いのはその空気を読まない三人組でしょ? だけど、明らかに──」

「正体がバレてるって事だよなあ。ま、瀬古が敵側についちまった時点で、多かれ少なかれ

避けられなかったんだろうがよ」

 睦月は責任を感じていた。自分にしか出来ない役目なのに。皆を守る力なのに。

 それでも海沙や宙といった幼馴染、友人たる仁などは、殊更に彼を責めようとはしなかっ

た。寧ろ論点をそこからずらそうとすらしている。矢継ぎ早な変化で失念しがちだったが、

蝕卓ファミリーとの戦いは新しいステージに移っていると言っていい。

「そうだな。それに、その点に関しては以前ほど心配しなくても良いだろう。先の戦いを切

欠に、天ヶ洲と青野も正式なメンバーとなった。瀬古勇も、あの言動からするに睦月を倒す

事に強い拘りを見せているようだ。奴の手に入れた力も明らかに守護騎士ヴァンガードを意識した作りに

なっている。もしかしたら、奴は既に組織の中で対俺達の尖兵になったのかもしれない」

 当の睦月は勿論、面々が目を瞬く。

 あの皆人が自分から楽観論を語るなんて。確かに状況証拠を積み上げるに、その可能性は

低くはないと思われるが、実際問題として厄介な敵が増えたことには変わりない筈だ。

「今最大の問題は──守護騎士ヴァンガードの換装システムに異常が出ているという点だ。睦月という最

大戦力を投入できないことは勿論、この事によって筧・由良両刑事の口封じにも大幅な遅れ

が出てしまっている」

「あー……。まぁ、そうだよなあ」

「私達リアナイザ隊がいるとはいえ、決定力の低下は否めませんからね……」

「残念ながらね。せめてその間の空白を、何とか埋められればいいんだけど……」

 國子の言葉に、冴島が静かな自嘲わらいを浮かべながら言った。

 彼は元守護騎士ヴァンガードの装着予定者だ。今回のトラブルにも、人一倍思う所があるのだろう。

「僕が代われたら……」そう誰にともなく呟くが、即座に「無理無理。あんた適合値足りない

じゃん」とパンドラに手厳しく一蹴される。彼のかつての値は七百弱。低下してしまった睦

月のそれにさえも届かない。

「だからこそ、二人に協力して貰おうって話になったのよ」

 するとギチッと作業椅子を回して、PCの前の香月が皆に向き直った。作業は一旦中断し

たらしい。海沙と宙のデバイスは相変わらず繋がれたままで、画面にも無数の数列が表示さ

れているが、彼女は皆人から発言を受け継ぐように、この作業途中のそれを皆に見せながら

指し示す。

「もしかしてと思ってたけど、まさか……海沙と宙に?」

 当惑したのは睦月だ。その問いにコクンと、本人達が恥ずかしげに、或いはふんすと胸を

張りながら肯定している。

「海沙のビブリオと、あたしのカノンをチューニングして貰ってたんだ。作業が済めば、あ

たし達も皆みたいに一緒に戦えるようになる筈だよ」

「だ、駄目だよ! 本当に分かってる? 遊びじゃないんだよ? 相手はコンシェル──実

体化した化け物なんだ。下手したら怪我だけじゃ済まない。もしかしたら……」

「分かってるよ。でも、それをずっとむー君は一人で引き受けてきたんでしょ? 陰山さん

や冴島さん達も一緒だったとしても、その先頭に立っていたのは間違いないんだから」

「それは……そうだけど……」

「水臭いなあ。この前も言ったでしょ? 事情は聞いた。だったら、あたし達も力の一つや

二つ、貸してあげるって」

「お気持ちはお察しします。ですが対策チームの存在を知った今、お二人にも力添えをいた

だけるのはこちらとでも心強いのです。香月博士によると、お二人のコンシェルもそれぞれ

特化した性能を宿していると。……大切に思っているのは、私達とて同じなのですよ」

「……」

 睦月は結局、反論し切ることができなかった。彼女達の善意を、その意思を曲げてまで安

全という鳥籠の中に閉じ込めておくことはできなかった。

 にこりと微笑わらい、不敵に笑い。

 海沙と宙は生き生きとしていた。長らく疑問であった、この幼馴染の少年達の行動の謎に

ようやく行き当たり、彼の力になれると分かったからだ。巻き込みたくないと、良かれと思

って隠され続けたのは解っている。だからこそ、共に戦いたい。もう彼一人にそんな過酷の

全てを背負わせて堪るかという思いがそこには在った。

「……素直に受け取っておきなさい? 貴方を戦いに巻き込んだ、張本人が言える台詞じゃ

ないかもしれないけど」

 ぽつり。何処となく優しくも複雑な様子で、香月が言った。母さん……。睦月も睦月で、

そんな母の一言にきゅっと唇を結んでいる。

「それにね? 変身が失敗するようになった原因が判ったの」

 故に次の瞬間、ざわっと睦月達一同が目を見開いた。萬波以下研究部門の面々と、冴島だ

けがその中で表情を努めて変えずに佇んでいる。

「これはまだ、仮説の域を出ないのだけど……」


(──ふう。久しぶりに飲んじゃったなあ)

 夜の飛鳥崎。ネオンの光が何となく遠巻きばかりを照らしているような路地の一角で、由

良は一人、ふらふらとほろ酔い気分のままに歩いていた。

 つい先刻まで、筧に誘われて飲んでいた由良。場所はよく彼と入る行きつけの店で、特段

変わったメニュー構成でもなかったのだが、持ち上がった話題が話題だけに、妙に気持ちが

ざわついたままだ。その分、普段以上に酔いへと逃げたのかもしれない。

 彼は勘付いていた。自分が万世通りの事件──ひいてはこの街で散発する不可解な事件の

調査において、ある種の行き詰まりを感じていることを。或いは暴かれつつある真実への不

安から思い詰めて、以前のような気力を失くしつつあることを。

ひょうさんに迷惑を掛けちまったなあ……。刑事デカ失格だ……)

 何とかあの席ではだんまりを決めて誤魔化したが、それも長くは続くまい。どうやら取り

急ぎその“真実”とやらに辿り着かなければならないようだ。

 ──飛鳥崎に蔓延る不可解な事件。

 それらの謎を解く鍵こそが、巷でまことしやかに語られる怪人の都市伝説であり、彼らと

戦いを繰り広げているという守護騎士ヴァンガードである。

 だが、少なくとも由良自身は、そんな巷の定説を信じ切れずにいた。なまじあの現場を見

てしまったがために、素直に彼を“ヒーロー”として認められずにいたのだ。

 自分は……目撃した。メディカルセンター奥の駐車場で、羊頭の怪人とあたかも共闘して

いた守護騎士ヴァンガードの姿を。

 兵さんは彼を、一種の期待をもって見ている。勿論そこには一人の刑事デカとして、大人とし

て、素人が無茶をするなという苦言こそ含まれてはいたが。

 ……その点では、自分は彼と同じなのだ。だがそれとは別に、守護騎士ヴァンガードが本当に自分達街

の人間の「味方」なのかという疑問に囚われる。もしかしたら、彼も怪人達も、その力の根

っこは同じなのではないか? だとすれば、結局はその本人の匙加減次第であり、いつ「敵」

になってもおかしくない……。

 明日杉浦から、内々に頼んでおいた調査結果が出る。

 それさえ受け取れば、判るのだろうか? この、あの日以来自分の中でループしている疑

念が、少しは進展するのだろうか? 問題は兵さんだ。依頼した時はあの人の退出を狙って

話せたものの、今度はどうやって別個に結果を受け取るか。向こうも一応プロだ。内々の依

頼だということは理解して、黙ってくれていると思うのだが……。

「──」

 ちょうど、そんな時である。

 守護騎士ヴァンガードに起きたトラブル。それは結果的に悲劇を許してしまった。

 酔いの残る足で路地を抜けようとする由良の行く手に、はたと一人の人影が立ち塞がって

きた。誰だ……? 最初由良は目を細めて確認しようとするが、ちょうど月明かりが辺りを

照らしたことによって、その正体は数拍と経たずに知れた。

「杉浦さん?」

 筧の昔馴染だという、元詐欺師の私立探偵・杉浦だった。あの時と同じへらへらと人懐っ

こい笑みを浮かべながら、着崩したスーツ姿の彼は「どうも」と、軽く帽子を摘まみながら

会釈してくる。由良は止めかけていた歩を進めて近付いた。思わぬ所で出会ったものだ。

「どうしたんです? こんな所に──夜に。そちらに伺うのは明日の筈でしょう? まぁ、

もう日付的には今日なんですけど」

「……」

 なのに杉浦は答えなかった。ただ静かに笑みを浮かべたまま、傍まで寄ってきたこの由良

を見て佇んでいる。

「ご心配なく。もう、その必要はありませんから」

「へっ? それってどういう──」

 次の瞬間だった。ぽつりと呟いた杉浦の姿が、豹変する。

 あまりに突然の事で、突拍子もない事で、逃げられなかった。由良は目の前で、彼がデジ

タル記号の光に包まれていくのを、只々愕然としながら見つめるしかない。

『──』

 はたしてそこに立っていたのは、怪物だった。

 越境種アウター。寸胴の肉柱のような身体に巨大な唇を貼り付けた、世にも醜くおぞましい怪人だ

ったのである。

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