29-(0) 悪意の街
▼シーズン3『Justice for Vanguard』開始
どれだけネオンが眩く点ろうとも、闇はいつもそこに在る。寧ろ光が強ければ強いほど、
それらはより深く執拗に根を張るのかもしれない。
満たされているが故に、満たされえぬ。
少なくとも飛鳥崎という街は、そんな数多あるモデルケースの一つと言ってしまってよい
のだろう。
「──どうも、お待たせしました」
夜の飛鳥崎。街を照らすネオンを遠巻きに、その届かぬ足元を縫うように杉浦が近付いて
来た。心許ない明かりしかないその路地裏の一角へ、妙にヘコヘコしながらするりと身を潜
り込ませてくる。
「用件は? 折り入って報告したい事があると聞いたが」
そんな彼を一人待っていたのは、丸太のように筋肉質でガタイのよい男だった。
円谷である。飛鳥崎中央署の警視・白鳥の側近の片割れだ。彼はビル裏の壁にじっと背を
預けたまま、ちらと横目にこの杉浦を見遣ると早速本題に入る。
「ええ。実は先日、うちの事務所に筧兵悟とその連れがやって来ましてね……。自分に瀬古
勇の消息と、例の守護騎士について調べてくれと依頼をしてきたんです」
「瀬古を?」
「どうやら、勘付いてるようで。何かと関連の事件に縁を持っちゃいましたからねえ」
元から険しい円谷の表情が、更に厳しさを帯びた。
それとですね……。彼に向いたまま杉浦は言う。それさえも取っ掛かりに過ぎないという
ように、スッとその瞳が暗い殺気を帯び始める。
「もっと厄介なのは、その連れです。由良──と言っていましたか。実は筧兵悟が帰った後
に、そいつがこっそり依頼をしてきましてね……。三条電機と、そちらの本署との繋がりを
探ってくれ、と」
「……なるほど。お前がわざわざ呼び立ててくる訳だ」
「でしょう? 当人の感じからして、まだ確証は無いようです。ただ何処からか、自分達の
存在を聞きかじった可能性はありますね。そうじゃなきゃあ、先ず自分にそんな頼みをして
きはしないでしょう?」
「……」
身振り手振り。訴えかける杉浦に、円谷は暫くじっと眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
確かに、自分達に目を付けられているというのは拙い。彼の相棒たる筧も未だ瀬古勇と、
都市伝説の存在に拘りをみせている。元々から組織の方針に従順ではないと理解してはいた
が、流石にそろそろ目に余ってきたか。
「この事、他には?」
「今夜旦那に話したのが初めてです。直接伝えに行くよりは、お二人のどちらかの耳に入れ
ておく方が、目立たないかと思いまして」
「賢明だな。情報提供感謝する。今夜にでもプライド様に報告しよう。三条電機の方は──
放っておいていい。対抗勢力の存在はとうに把握済みだ。何よりシステムの完成で、瀬古が
エンヴィーの号を得た。今後は奴が対守護騎士の専任となる」
その意味では、もう価値の半減した情報ではあるのだろう。既に彼らの研究所は襲撃済み
だ。尤も、肝心の目的は果たせなかったが。
「それよりも、問題は二人がそれぞれに嗅ぎ回っているという点だ。もし彼らの疑念が噛み
合ってしまえば、我々にとって非常に面倒なことになる」
「そうですよねえ。お互い、敵の本丸を突いたとしても、大した利益にはなりませんし」
「……いつも一言多いのは、お前の悪い癖だぞ」
ギロリ。杉浦の慎重──否、皮肉に対し、円谷は静かに凄みを利かせてこれを睨んだ。
あはは……。思わずこの私立探偵は苦笑いを零し、軽く両手を挙げて降参のポースを取っ
ている。そう、面なら割れているのだ。だがそこに踏み込めば相手も同じように行動せざる
を得なくなるだろう。プラマイゼロ、寧ろマイナスなのだ。相手にダメージを与える事こそ
できるが、同時にこちらも失うものが大きい。お互いに、メリットが少ない。
「……そろそろ、あの二人も野放しにはできなくなってきたか」
「ええ。どうします?」
だからこそ、決断は早かった。問うてくる杉浦に円谷はちらと横目を遣り、命じた。あの
二人は、由良信介は、触れてはいけない領域へと触れた。もう許されない……。
「プライド様を煩わせるでもない。始末しろ。やり方は任せる」
「へへ……。了解」
言って、円谷はそのまま踵を返していた。杉浦もニタリと口元に弧を描き、影のある不気
味な笑顔を浮かべている。同じように彼もまた、次の瞬間には正面を向いたまま胸元に軽く
手を当て、サッと退くようにして再び街の闇へと消えてゆく。
「“取り繕う”のは──お前の得意技だろう?」
背を向けたまま、より暗がりの中へと進む円谷。闇はいつもそこに在った。
一見、繁栄を謳歌しているようにみえる夜の飛鳥崎。だがそこに潜む悪意達は、人々の想
像を遥かに越えて、深く複雑に根を張り続けている。




