28-(8) 七つ目の席
「──何故退かせた!? 俺はまだ……まだやれていた!」
地下深く、薄暗い巨大サーバー室。“蝕卓”のアジト。
睦月との再戦が予想外の惨敗に終わり、帰還した勇はいの一番にシンへ噛み付いていた。
しかし当のシン本人はというと、何処吹く風で、寧ろ懇切丁寧に説明してくれる。
「指示の通りなんだけどね? あれは完全に形勢逆転だよ? あのまま続けていれば、本当
に君は死んでいた。君には悪いけど、基本スペックをパワーのみに振っていたのが仇になっ
たねえ。これまでの傾向から、高火力の相手には苦戦すると踏んでいたんだが。あのような
形態もあるとは……」
ぶつぶつ。しかし暗に「実に興味深い」とでも言いたげで、嬉しそうなシン。
続けていれば死んでいた──その一言に、勇はギリッと唇を噛んだ。返す言葉もない。そ
んな彼の様子を見かねてか、当初反発していたラースやからかい癖のスロースが何か言い出
す前に、白鳥がポンと軽く肩を叩いて慰める。
「そう悔やむことはない。お前はよくやった。最初の一戦も、今回の前半も、お前はあいつ
を追い詰めていたではないか。……このシステムはまだ発展途上だ。繰り返しデータを採り
改良を重ねてゆけば、きっとお前は最強の戦士になれる」
「……最強ねえ」
「発展途上のシステムというのなら、向こうもそうじゃないの? プライド。流石に肩を持
ち過ぎじゃない?」
グリードと、やはり気だるげにスロースが言った。すると案の定、勇がキッと射殺すよう
な眼でにらみ返して来、プライドがその前にそっと立ちながらこの二人を牽制する。
ラースはこれには加わらなかった。グラトニーは相変わらず菓子を食い散らかすことに熱
心だし、黒斗は軽く目を瞑ったまま我関せずを貫いている。
「こらこら。喧嘩は良くないよ? 互いに発展途上結構。面白いじゃないか。ふふ、技術者
の血が騒ぐねえ。守護騎士の、まだ見ぬ開発者──この国にもこの僕と渡り合えるだけの才
能が、まだ眠っているという訳だ」
ククク。その中でただ一人愉快そうなシンに、一同が半ば呆れていた。しかしそんな彼こ
そが自分達の生みの親であり、この“蝕卓”の頂点なのである。
「まぁ、その辺の再チューニングは追々。ともかく、これで彼の装着者としての適性は明ら
かになった訳だ。故に改めて──彼を正式に“七人目”として迎え入れようと思う」
ラースが、スロースが、グリードがグラトニーがラストが、それぞれスッと顔を上げた。
勇を引き込んだ当人である所のプライドは悠然と立ち、内心「面倒な事になった」と嘆息を
つく司令塔・ラースとは対照的である。
「イサム君。その悔しさをよーく覚えておきたまえ。それはきっとこの先君を大きく飛躍さ
せる力となる。君はこれからも、引き続き対守護騎士要員として活動して貰うことになる。
今は身体を休めておくといい。その門出と言ってはなんだが、今日この場で“七人目”とし
ての号を与えよう。如何せん、余りものになってしまうがね」
はははは! そう言って、シンは大きく両手を広げて笑った。
プライド以下、既に蝕卓を埋める六人がじっと彼とこの新入りの姿を見つめている。ばさ
りと白衣を翻し、この狂気の科学者は宣言する。
「瀬古勇及びドラゴン。君達を我らが家族の七人目“嫉妬”に任命する。存分にその力を振
るってくれたまえ!」
夜の深まる飛鳥崎。その夜闇を紛らわすように華やぐネオンの中を、杉浦は歩いていた。
路上で客引きをするホストやホステス達、不良とレッテルを貼られる少年少女達から酔っ払
いまで、様々な住人達の蠢くこの魔なる時の中を、彼は密かな哂いと共に闊歩する。
「……」
その頃筧は、一人自宅の畳の上に地図を広げていた。杉浦には依頼したが、それまで自身
で何もしないのは落ち着かない。二度に渡って頁を破られたメモ帳や、PCに移しておいた
データを元に、これまで自分たち中央署が把握した不可解事件をリストアップ。地図の上に
バツ印を付けて可視化して時系列を追い、その活動域の境界線を探る。
「これが、むー君達の……」
「嘘でしょ? こんな空間が、飛鳥崎の地下にあるなんて……」
何よりも睦月達は、打ち明けざるを得なかった。目を覚ました宙に事情を話して何度も謝
り倒し、海沙と共に司令室へと連れて来たのだ。アウター、対策チームと、守護騎士。話さ
なければならない事は山ほどあるが、それよりも先ず二人は、目の前に広がる巨大なスケー
ルに只々圧倒されている。
「ははははは! めでたい、実にめでたい。我が子らよ。これからもよく進化し、増えてく
れたまえ。それが他ならぬ“僕達”の願いなのだから……」
高らかに哄笑するシン。勇を加え、七人が揃った蝕卓はそれぞれの円卓の席から低頭し、
恭順の意を示す。シンは大きく両手を広げていた。オォォン……と、背後の巨大サーバー群
が、中央に備え付けられたディスプレイに無数の金の文字列を満たしだす。
『……』
デジタルの羅列。本来なら、記号以上の意味をもたないもの。
だが次の瞬間、そこには巨大な女性の顔らしき姿が浮かび上がり、微笑んでいた。
-Episode END-
▲シーズン2『Another one Vanguard』了




