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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-28.Bahamut/黒き竜と少女の想い
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28-(5) 隠蔽作戦

 作戦は、翌々日には動き始めていた。先ずは二人、海沙と宙に対する分断工作だ。

「よーしっ、これで七連勝~♪」

「ぐう……。もう一回、もう一回だ!」

「ふふん? まぁいいけど。結果は変わらないと思うけどなあ?」

 週を跨ぎつつ過ごした日々。皆人達対策チームの面々はなるべく早く、しかしより確実な

タイミングが来るのを待っていた。

 そしてこの日、放課後の電脳研の部室で、宙は仁やメンバー達と格闘ゲームの対戦に興じ

ていた。彼女が強いのは何もTAだけではない。自らゲーマーと名乗るだけあって、FPS

から格ゲー、レーシングに至るまで、対人要素のあるタイトルは大よそ網羅している。

 部室に据え置いた大型テレビ(創部の際、皆人が提供した)に齧り付いて、宙達は何度も

何度も熱戦を繰り広げている。尤も対戦成績自体は、やはり彼女の圧勝であったが。

「言ってろ。今後こそ止めてやる」

「あ、ちょっとお。だからって隠しチートキャラ使うのはどうかと思うんだけどー?」

 キャラ選択画面でコマンドを入力し、通常では現れないキャラクタを仁は選択する。

 宙はむっとして横目を遣り、唇を尖らせていた。出現フラグをオンにするまでやり込んで

おいたのは自分だし、極めるキャラはなるべく少数精鋭の方がいいというのがポリシーだ。

 そんなにホイホイと、勝負の度に変えてしまっては、勝てる一戦も勝てなくなってしまう

んじゃないの……?

 横目を遣った時にそう思いはしたのだが、結局口には出せなかった。この、オタクだけど

気のいい仲間達の“愉しみ”に、水を差すような無粋はもっと良くない。

「ま、いいけど。その選択を後悔させて──」

 そんな、次の瞬間だった。

 再び画面の方に向き直った宙の背後から、他の元電脳研メンバーが調律リアナイザの銃口

を向けて引き金をひいたのだ。

 オォンッ。鋭く弾けるような音と共に、宙はその場に崩れ落ちた。念の為に顔を覗き込ん

で確認するが、間違いなく意識を失っている。……成功か。仁を始めとした、他のメンバー

達が安堵のような、後ろめたさ故の浮かない表情かおをして立ち上がる。

『ご苦労。では始めてくれ』

 密かに仕込んでいた小型インカムから、皆人の声が聞こえる。

 既に彼は司令室コンソールに到着し、今日の作戦全体の指揮を執っている。仁達は互いに顔を見合わ

せて頷き合い、打ち合わせ通りに宙の懐からデバイスを弄って取り上げた。

 画面をタップして、待機画面を解除。すぐに彼女のコンシェルである所のMr.カノンが

ポップしてきたが、即座にデバイス本体の端子に専用の機器──司令室コンソールから預かっていた外

部ツールを差し込む。一般には出回っていない玄人向けのツールだ。

 強制シャットダウン。その上で仁は、このデバイスを剥き出しの基幹プログラムのままで

起動し、画面に流れる大量の文字列を確認しながら不都合ひつような情報だけを抜き取っていく──

削除していく。

 アドレス帳に登録してあった、由良信介のデータと、彼や海沙との通信履歴。他にも財布

に入っていた彼の電話番号のメモまで徹底的に。

「……やっぱ、後ろめたいな」

『仕方ないだろう? またリモートを使っても、こうした物理的なデータが手元に残ってい

れば、状況が元通りになってしまうのは時間の問題だ。寧ろこちらへの疑惑が高まる。大体

天ヶ洲にも、青野にも、あれはもう使うべきじゃない。香月博士もそう言ってたろう?』

「そりゃあそうだがよ……」

 インカム越しに、仁はそうぶつぶつと言葉を濁していた。

 解っているだろうに。そういう事じゃない。自分達の正体がバレるとか、バレないとか、

そういう問題じゃなくて。信頼や仁義の問題だ。まぁここまで拗れてる時点で既に、こんな

拘りなんぞ意味を成さなくなっているかもしれないが……。

「……なあ、三条」

『ん? どうした?』

 故に、仁は口を開いた。削除作業はほぼ完了した。後は、目が覚めた後の宙へのフォロー

だけなのだが……。

「俺の気のせいかもしれねえけどよ。こいつ、撃たれる直前、何だかこっち見て嗤ったよう

な気がするんだよ」


「んー、美味しー♪」

「でしょ? でしょ? これはここ暫くでも上位に食い込むんじゃないかなあ」

 一方その頃、学園の外では。

 この日海沙は、部室には顔を出さず、クラス内外の友人達と道草を食いながら帰宅の途に

就いていた。わいわいと女子の一団というべき騒がしさで、かねてより商店街に来るように

なった話題のクレープ屋で舌鼓を打つ。たっぷりと挟み込まれた生クリームと、ぷるぷる食

感のフルーツ達が絶妙な甘さを生み出している。

 暫くの間、海沙はこの友人らと共に、クレープ屋の前で談笑しながら間食タイムと洒落込

んでいた。商店街の大通りに面していることもあって、店の前には他にも──女性客を中心

に少なからぬ人々が集まっている。

『……』

 そんな彼女を、國子と数名の隊士達が見張っていた。物陰に身を潜め、じっと彼女が一人

になるタイミングを狙っている。

「見た所、不審な様子はありませんね」

「ええ。ですが油断はできません。この前の問い詰めいっけんがありますし」

 遠巻きに見ている限りでは、今日も海沙は一介のごく普通の女子高校生だ。國子も年齢的

には同じ括りなのだが、周りの部下達の年上さと本人の只ならぬ佇まいもあって、如何せん

ターゲットたる彼女達とは隔たった世界にいる。

司令室コンソールから連絡が。天ヶ洲さんのデバイス確保に成功。予定通り、由良刑事に関するデー

タの抹消を進めているとのことです」

「そうですか。私達も、少し能動的に動かなければいけませんかね……」

 ちょうど、そんな時だった。暫く談笑し、スイーツに舌鼓を打っていた海沙が、はたと友

人達と別れて、一人通りの人波の中へと向かい始めたのだ。

 拙い……。國子達は弾かれたように動き出した。やっと一人になってくれたのはいいが、

人ごみに紛れられては意味がない。事が大きくなる上に、見失う可能性が高まる。

「追いますよ。B班は商店街の出口へ。C班は念の為、入口方面へ。この機を逃す訳にはい

きません」

 了解。彼女の指示で、隊士達が物陰の奥に散る。國子自身も、一隊を率いて小走りで海沙

の背中を追い始めた。しかしどんどんと、その小柄な姿は商店街を行き交う人ごみ中に紛れ

て見え難くなってゆく。

(この手際の良さ。まさか、始めから……?)


 結論から言えば、その疑問はイエスだ。海沙は学園を出る前後から、ビブリオに宙の様子

をモニタリングさせていたのだった。検索と解析に特化した、彼女のコンシェルだからこそ

出来る芸当である。

 取り出してみたデバイスの画面には、宙の熱源を示す赤色の塊が映し出されている。

 しかしその塊は、同じ位置から殆ど動かない。座標からして部室にいるのは間違いないの

だろうが、それにしても、ゲーム中でもこうも微動だにしないのは不自然だ。……まさか?

画面を切り替えて彼女にメッセージを送ってみるが、反応はない。それで確信した。やはり

ソラちゃんはやられてしまった。……ごめん。わざわざ囮になってくれて。

(やっぱり、陰山さんも……)

 部室にいたのは、仁と元電脳研の面々。

 ということは、今尾けてきていたのは、國子だろう。

 これも予めビブリオに命じて警戒させていたからなのだが──他にもすぐ近くに複数の人

がいたらしいのは何だろう? 三条家の人達だろうか。どちらにせよ、あまりこちらにとっ

て好ましくない状況が起こりつつあるのは間違いない。

(……どうして? どうしてそこまで、私達に隠そうとするの……?)

 心の中で問うが、大よそその答えは解っている。

 巻き込みたくないからなのだろう。寧ろ今までこんな事が続いて、見当がつかない方がお

かしい。この春先から色んな事があり過ぎた。あり過ぎて怖いくらいなのに、むー君も三条

君も、陰山さんも大江君も皆、必死にそれを隠そうとしている。

(……そんなに私達って邪魔なの? むー君……?)

 これで暫くは追っ手を撒ける。だが心は哀しかった。それは親友ともが自ら時間稼ぎを買って

出てくれて、それに國子達が容赦なく乗っかってきたという事実に基づく。

 佐原睦月。むー君。自分達にとって、大切な大切な幼馴染。

 でもこの春になってからずっと、彼は辛そうだ。単純に疲れが溜まっているというのもあ

るのだろうが、それ以上にもっと精神的なものが削られているような……そんな印象。

 以前よりもずっと、一人でいるようになった。自分達と、距離を取るようになった。

 どうして? どうしてそんなに一人で背負い込むの? 辛いんなら言って? 手伝える事

なら、何だってしてあげるから。

(むー君、何処に行っちゃったのかな……?)

 手筈通り人ごみに紛れ、そのまま一人裏路地へ。

 引き続きビブリオに警戒を怠らせないようにするが、向こうは焦っている筈だ。急いで場

所を移さないと、またいつかの二の舞になってしまう。

 昨日も今日も、むー君はふらり何処かへ行ってしまった。放課後に声を掛けようと思った

のに、また自分で自分を痛めつけるように、独りになろうとしている。

(むー君が、行きそうな所……)

 人気が少なく、彼が気に入っている場所。

 パッと思いつくのは幾つかあるが、特に挙げるとすれば──。

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