28-(2) 前門、後門
成果があったと言えばあった訳だが、反面背負い込むものも大きかった。寧ろ頭痛の種に
ついては、以前にも増して多くなってしまった。
「う、うぅん……」
冴島の機転で何とか窮地を脱することはできたものの、睦月のダメージは甚大だった。暫
くは十分に戦えないだろう。慌てて司令室に担ぎ込まれ、今は集中治療を受けている。
「──とんでもない奴が現れてしまったな」
睦月を心配しつつも、司令室に集結した面々は頭を抱える。表情を曇らせている。こと皆
人のそれは強かった。ガシガシと髪を掻き、ディスプレイ群に表示させている映像ログを見
遣っては嘆息を繰り返す。
やはりというべきか、瀬古勇は生きていた。新たなアウターを得ていたのだ。
それだけではない。黒い守護騎士──ドラゴンを着る、睦月と同じ芸当までやってみせた。
十中八九“蝕卓”の差し金だろう。やはり彼は奴らに匿われていたのだ。
となると、今夜の葬儀は世間の眼を欺く為のフェイク。何よりそんな大掛かりな策を実行
可能にできるほど、奴らの力は飛鳥崎の奥深くにまで浸透している。……正直、まだ何処か
で甘くみていたのかもしれない。その目的は未だはっきりとはしないが、確実にこの街はこ
の国は、アウター達によって蝕まれている。
「睦月君を強く意識した対抗力、といった所かな」
「でしょうね。全く、笑えねえ冗談だぜ。守護騎士に偽モンとは……」
「ですが、これでミラージュが刺客とされた理由がはっきりしましたね」
「ああ。元から戦わせるつもりなんてなかったんだ。この為の、データ採取……」
冴島と仁、そして國子の呟きに皆人は頷き、改めてディスプレイ群に映し出されたログを
見つめる。西大場の雑木林で、両者が戦っていた時のものだ。細かな機構やコンセプトに違
いはあれど、間違いなくこちらの守護騎士を元に作られていると分かる。
皆人は後悔していた。やはり彼らを早々に始末しておくべきだった。
確かに彼らを一時匿うことで、敵の──“蝕卓”の詳細な情報を得る事はできた。だが、
それらを対価とするには、自分達はあまりにも大きな負債を背負ってしまったのではないか
……?
「問題は、これが今回で済まなさそうって所だねえ」
「そうですね。あの口振りからして、瀬古勇は睦月にライバル意識を燃やしていたようです
から」
萬波と、実母である所の香月も、そうぶつぶつと呟き合っている。
そうなのだ。十中八九、あの黒い守護騎士は睦月を倒す為の力。何とか今回は逃げ切れた
とはいえ、次も上手くいくとは限らない。
『……やっとだ。俺は、この時を待っていた』
残した言葉からして、瀬古勇は親友に復讐を果たす為に“蝕卓”との接触を受け入れたと
考えられる。一体今日までにどのような過程があったのかは分からないが、少なくとも真っ
当な歩みではあるまい。
玄武台での復讐を阻まれた無念。その責を睦月に転嫁した果ての憎悪。
徹底的に筋違いで、逆恨みもいい所だが、これが現実だ。瀬古勇は闇に堕ちた。最早自分
達にとっても、ただ単に足跡を辿って安堵する為だけの存在ではなくなったという訳だ。
(……面倒な事になったな)
敵が一人増えた。
端的にそう言ってしまえば、至極単純な話ではあるのだけども。
「それだけじゃない。というより、緊急性が高いのはこっちだろう。まさか由良刑事と二人
が接触していたなんてな」
そして再三の嘆息をつきながらも、皆人は一同に向き直った。
変えた話題は、今夜起こったもう一つの事件。主に國子らが出くわした、アウターの存在
及び対策チームの秘匿に関わるエマージェンシー。
「はい」
「筧兵悟に関しては、副隊長がリモートを使って記憶を消去しましたが……」
せめて、この場に睦月が同席していないことが幸いか。
彼女達は頷き、応えていた。しかしその表情は一様に浮かない。もう応急的な処置程度で
は隠し切れない段階まで来ていることは、誰もが理解している。
「パンドラのこと、司令たち三条電機との繋がり。その他諸々自分達に繋がる情報をゲロっ
てくれましたからねえ。もし彼が、二人の話を上層部に持ち込んだら……」
「終わりですね。ただでさえ警察内部には、蝕卓のシンパが潜んでいるかもしれないってい
うのに……」
「ただまぁ、あの二人と会っていた時の感じだと、単独捜査っぽかったですけどねえ。どち
らにしても野放しにはできませんけど」
ああ。小さく頷き、皆人がそっと口元に手をやっている。
筧兵悟を忘却させることはできたが、彼ら三人には施せなかった。ファミレス内で昏倒さ
せようものなら、確実に周囲に気付かれる。事を秘密に、大きくしない為のミッションなの
に、目撃者を何倍何十倍にも増やしてしまったら意味がない。
故に、筧に國子らが追われたのと瀬古勇の出現もあって、結局三人はあのままにしてしま
った。一応改めて人を向かわせたが、もうあの席に彼らはいなかった。それぞれに情報を持
ち帰り、今頃は疑念と不信を募らせているのだろう。
「……皆人様」
「ああ、分かってる。明日にでも動くぞ。記憶を──互いの接点を抹消する。由良信介の連
絡先は勿論、接触した履歴などが残っていれば全てだ。もう、手遅れかもしれんがな」
『……』
直立不動のまま見つめてくる國子さえ直視できず、皆人は指示する。頭では次に取るべき
行動とターゲットは明確なのに、心は一ミリとて晴れない。原因は明らかだった。口に衝い
て出てしまうほど、この隠蔽工作が最早虚しいものだと知っている。
それでも、何とか隠し切りたいと願うのは、ひとえに睦月の為だ。あれはきっと自分がど
んな不利な状況になろうとも、彼女達を巻き込むまいとするだろう。あいつにとって彼女た
ち幼馴染はその人生の全てだ。母一人子一人で、穴の空いた心を埋めてくれた大切な人だか
ら。……たとえそれが、当の本人達の意思を踏み躙るものであっても。
「……」
どうしたものか。皆人は静かに頭を抱えて考える。
指示はした。だがこのミッションはあまりにもリスキーだ。先日の問い詰めも然り、もう
彼女達が大人しくリモートの餌食になってくれるとも思わない。
寝ている時? 一人でいる時? 勿論だ。だが当然、二人はもうそういった“隙”ができ
る瞬間を、警戒するようになってしまっているだろう。
(睦月……)
お前の願いは、何故こうにも“叶わない”?




