27-(6) 黒き降臨
「パンドラ、本当にアウターで間違いないの?」
『はい! 反応ビンビンです!』
睦月と仁、元電脳研のメンバーな隊士達は、不審な影を追って廃ビルの裏側へと駆け出し
ていた。進んだ先には手頃な雑木林が広がっている。頭上からの月明かりが夜闇を照らして
くれていたが、それでも不気味なまでの静けさは変わらない。
「まさか本当に出るとはな……。俺達はちらっと見えただけだが」
「なあ、これって罠じゃないのか? 都合が良過ぎだろ。一旦三条に指示を仰いだ方がいい
んじゃ……?」
「そうなんだけどね。どうもさっきから回線がゴチャゴチャしてるんだよ。多分、冴島さん
や陰山さんの方で何かあったんだと思うんだけど……」
雑木林の中を走りながら、睦月は不安視する隊士に答えた。言われずとも駆け出した直後
から呼び掛けているが、応答がない。代わりに向こうからは忙しないやり取りと、複数のノ
イズが聞こえる。待っていては、逃げられてしまう。
「何にしろ、相手がアウターとなりゃあ、放ってはおけねえだろ」
「まぁ、そりゃあそうなんだがよお……」
暫く走って、息を切らせながら、睦月達は立ち止まった。雑木林の只中、月明かりだけが
頼りの夜闇をぐるりと見渡し、それぞれに物陰から逃げ去った先刻の影を探す。
「パンドラ、反応は?」
『ロストはしていません。まだ近くにいます。七時……いえ、八時の方向!』
そしてその言葉に睦月達が振り返ったのと、暗闇から何者かが襲い掛かってきたのはほぼ
同時だった。
月明かりを反射する、鋭い爪の一閃。
咄嗟に睦月達はめいめいに地面を転がり、すんでの所でこれを避けた。ズンッと着地する
その巨体の背中を、一同はすぐさま起き上がると見据え、身構える。
「……」
「っ!? こいつ!」
「間違いねえ。あの時の……」
こちらに振り返った巨体。全身錆鉄色の隆々とした身体。
それは紛れもなく竜のアウターだった。血色の双眸を光らせ、牙の生え揃った口元から
荒々しい息を漏らしながら、ゆっくりと身を低くして再びこちらを狙おうとしている。
「お前か……。よくも、二見さん達を……!」
これに、対する睦月も即座に動き出していた。パンドラの入ったデバイスと懐から取り出
したEXリアナイザを構え、セットし、ホログラム画面を操作する。
「全員、敵を包囲! 佐原をサポートする! 内一人は司令室に呼びかけ続けろ! こっち
もやべぇことになってるぞってな!」
これに仁も、すぐさま仲間達に指示を出した。彼を含めた元メンバーな隊士達がぐるりと
竜を取り囲むように散開し、それぞれに調律リアナイザを取り出す。睦月も手早くホログラ
ム画面から装備を呼び出すと、頭上に向かって引き金をひいた。
『TRACE』『READY』
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
『ARMS』
『DRILL THE RHINO』
光球を纏って守護騎士姿になった睦月と、仁のグレートデューク以下、隊士らのコンシェ
ル達が一斉に地面を蹴った。うおおおおおおッ!! 円形に包囲した四方八方から、睦月が
正面から、ドリルアームの武装を振りかぶる。
「グ……オォォォォォッ!!」
言わば突発的な、ミラージュの弔い戦だった。初手から出し惜しみをせず、パワーで押そ
うとする睦月。突撃槍やそれぞれの得物を光らせて襲い掛かる仁達。
だが竜は、この猛攻にも怖気づかなかった。先ず睦月のドリルアームをその硬い装甲のよ
うな片腕でいなすと、続いてデュークの突撃槍を受け止めてぐるんと身体を回転、鈍器を振
り回す要領で続く他のコンシェル達を吹き飛ばす。
どうどうっと、面々は倒れた。しかし睦月達も睦月達で、闘志には火が点いている。起き
上がるとすぐに駆け出し、再びまた再びとこの錆鉄色の怪物に向かってゆく。
「まだまだァァァー!!」
『ARMS』
『GROUND THE BUFFALO』
「相手は硬い! 考えなしに叩いても駄目だ! 関節だ、間接を狙え!」
右腕のドリルアームに加えて、左手に分厚い斧。そして仁も仲間達に、すぐさま堅固なこ
のアウターにダメージを与えるべく指示を飛ばす。
竜が睦月からの二刀流を受け止めた隙を突き、仁達が一斉にそのがら空きになった脇腹や
膝の裏を狙って刃を突き立てた。今度は通った。竜も、一瞬激痛に顔を歪めたように見えた。
しかし……。
「グッ……オオオオオオオオーッ!!」
咆哮と、全身に込めた筋力が、その束の間の強襲を吹き飛ばした。今度は睦月達が顔を歪
めてぐらりと宙を浮く。そこへ竜が、ぶんっと尻尾を鞭のようにしならせて、霞むような速
さの回転を加えながら追撃を叩き込んでくる。
があっ!? コンシェル達が吹き飛ばされ、そのフィードバックを受けた仁達が苦痛に顔
を歪ませた。中にはがくんと膝をつき、息を荒げる者もいた。乾いた土をズザザッと踏ん張
り、睦月らは顔を上げる。するとそこには、関節を突かれて出来た竜の傷が、ジュウジュウ
と再生してゆくさまがあったのである。
「自己、再生?」
「マジかよ……。っていうか、これって──」
仁が思わずごちた、ちょうどその時だった。
目の前で発揮されたその能力。その光景に既視感を覚えた直後、ざく、ざくとこちらへ近
付いて来る足音が聞こえてきたのである。
睦月が、仁や隊士達が半ば反射的にその方向を見遣る。そして見遣って──驚愕する。
「……やっとだ。俺は、この時を待っていた」
瀬古勇だった。逃亡生活が続いたからか、着ている服は随分と荒々しく擦り切れ始めてい
たが、その憎しみに満ちた眼光は変わらない。寧ろあの時よりも強くなっている。
ぶつぶつと呟き、彼はこちらへ歩いて来ていた。睦月が呆然としている。仁が、仲間達が
ゆっくりと眉間に皺を寄せ、そしてギリッと強く歯を噛み締めた。
「瀬古さん……」
「あんにゃろう。やっぱ生きていたか」
「いや、それよりも……。あいつが持ってるのって──」
『逃げろ、國子! そいつだけには捕まるな!』
一方時を前後して、司令室の皆人達も緊迫していた。海沙と宙、そして由良の密会現場に
聞き耳を立てていた國子ら小隊の前に現れたのは、鋭い眼光で一切遠慮なしの疑心を向ける、
刑事・筧その人だったのだから。
状況を理解するや否や、弾かれるように國子達は逃げ出した。彼にリモートを使う暇もな
かった。駆け出した直後には、もう筧は後続の隊士の一人に迫ろうとしていたのだから。
「ぐあっ……!?」
『っ!』
「吉村ぁ!」
「くそっ、捕まった!」
一歩逃げ遅れたこの隊士を、筧は逃さなかった。目にも留まらぬ速さで覆い被さるように
体勢を崩させて倒し、両手足を体重を乗せて完全に掴んでしまったのだ。國子や他の隊士達
が切羽詰る。見捨てるべきか? いや、一人でも捕まったらお終いだ。
「悪いが、逃がさんぞ。電話を取ってから由良の様子がおかしいと思えば……ん?」
この隊士を取り押さえた筧が、深く息をついて呟いている。
だが次の瞬間、彼の懐から零れ落ちたある物に、筧も國子達も目を見張ることになる。
「これは……リアナイザ?」
独特なフォルムをした短銃型のツール。
それが、この隊士の懐から出てきた。筧の眼がこれに釘付けになる。國子や他の隊士達、
司令室の皆人らが、絶望した様子でその瞬間、硬直している。
「拙い……。筧兵悟にバレた……」
「司令! 司令!」
「大変です!」
思わず頭を抱えてしまいそうになる。
だがそんな皆人を、職員達が強い口調で呼びかけた。ハッとなって視線を返すと、彼らは
また同じくピンチの余り興奮しているものの、皆人に示すべきものは忘れなかった。
「アウターです! 例の竜のアウターです!」
「現在、睦月さん達と交戦中! それに──」
夜闇に紛れ、雑木林の向こうからやって来た勇。驚く睦月ら一同は、更にその右手に見覚
えのあるものが下がっているのを見ていた。
リアナイザである。
短銃型の、本来TA専用のツール。彼はその装置の、闇のように真っ黒に塗り上げられた
それを、ぶらぶらと手に下げて近付いて来ていたのだった。
「黒い……リアナイザ?」
「じゃあ、やっぱりあいつはまたアウターを……?」
めいめいに弾き飛ばされた位置のまま、竜を囲むように片肘をついていた睦月達。そんな
様を見ているのかいないのか、勇はにぃっと口角を吊り上げると嗤った。ゆっくりと視線を
上げ、睦月らと竜のアウターを視界に映し、直後その新しい力を見せ付けるように叫ぶ。
「来い、ドラゴン!」
再びの咆哮。するとドラゴン・アウターは、まるで勇の命令に応じるかのように踵を返し
て振り向き、大きく腕を広げて夜空を仰いだ。睦月達が思わず目を見開いている。見開いて
いるその前で、突然黒い光の粒子となって収束し始めると、ぎゅっと小さなサイズ──それ
こそ形だけならデバイスと同じ掌大の長方形になって高速回転、伸ばした勇の手の中に収ま
ったのである。
『おい。まさか……』
慌てて映像をズームして、この一部始終を見ていた皆人、司令室の面々が戦慄していた。
仲間を捕らえた筧に向かって、追い詰められた國子が自身のデバイスをザッとかざそうとし
ている。ファミレス内では由良が、引き続き海沙と宙から話を聞いている。
「……」
真っ黒なデバイスと化したドラゴンを黒いリアナイザにセットし、ちょうどリアサイトの
下部に備えられた数字キーを勇は押す。『666』小刻みに鳴り響いた重低な電子音の後、
続いて『READY』の一声。まさかとその場から動けない睦月達をちらっと一瞥すると、勇は
サッとそのリアナイザを握った腕を水平に掲げた。手首を捻り、上面を下へ。ちょうど親指
を下に向けて、地獄へ堕ちろとジェスチャーするかのように。
「変、身」
『EXTENSION』
そして次の瞬間、それは起こった。守護騎士と同じく、一旦水平に掲げた腕を捻り返しな
がら胸元に戻し、銃口をもう片方の左掌に押し当て、最後の電子音声が鳴り響く。違ったの
は光球が飛び出すのではなく、彼を中心として大きな黒い光球──バブルボールのような
どす黒いフィールドが展開された点。それらは彼の全身を覆うように蠢き、次々とその身体に
装甲を纏わせる。
「……」
深く小さな吐息。変貌──変身はほどなくして完了した。
全身を、黒を基調に統一された禍々しいパワードスーツ姿。ゆっくりと光った両眼はドラ
ゴンと同じ暗い錆鉄の緑であり、まるで夜闇と同化するように不気味な余波を放った。
「なっ──!?」
「嘘、だろ……?」
『……』
睦月が仁が、隊士や司令室の皆人達が驚愕し、言葉を失っていた。
“黒い守護騎士”。
一言で形容するならば、まさにそうとしか言い表せないような彼の姿が、そこにはあった
のである。




