3-(5) 凶犬二人
時刻は流れ、街に茜色が差し始める。
事件現場と同じ区画、別の路地裏の一角。
ドスンッ! その行き止まりに、一人の如何にもといった不良青年が胸倉を掴まれ、追い
詰められようとしていた。
「し、知らねぇよ! 俺は何も関係ねぇよ! は、離してくれぇ!」
「……」
すっかり戦意を喪失して半泣きに喚いている青年。
一方で彼に詰め寄っているのは、若干苛立ちで威圧感が割り増しになった國子だった。
その後ろで、睦月がおろおろと戸惑っている。あれから聞き込みを続けたのだが……この
青年と同様、区内の不良達は皆が口を揃えて証言する事を拒んでいた。
気持ちは分からないでもない。あんな惨殺をやってのける相手だ、恐れもするだろう。
だがこのままでは知らぬ存ぜずの人間ばかりになる。なのでこうして痺れを切らした彼女
が今、何十人目かの不良を捕まえて直接身体に訊こうとしている訳なのだが……。
「あの、陰山さん。お、穏便に……」
「……優しいですね、睦月さんは。でも彼らが犯人について知ってるようなのはこれまでの
態度を見る限り明らかです。割らぬなら、割らせなければ」
「それは、そうですけど……」
さらりと言い返され、顔を見合わせた後再びこの青年を見る。
ひぃっ!? 彼はすっかり怯えていた。
彼女の言う通り、被害にあったらしい者達と同類な──不良の類らは、確かに今回の事件
に関して聞き及んでいる所があるように見えてならない。
「あの。話してくれれば悪いようにはしません。教えてくれませんか? ここ最近、貴方の
周りでおかしな変化をした人はいないでしょうか? 例えば……TAを始めたとか」
ビクン。思い切って訊いてみたものが、思いの外クリーンヒットしていた。
あまり越境種云々の事を他言しないように。だけども一刻も早くあんな暴走をする犯人を
止められるように。
サァっと青年がみるみる青褪めていくのが分かった。
何でそれを……? 目を口ほどに物を言うと云う奴か。突如睦月が出してきたキーワード
に彼は激しく動揺しているようだった。
「……やっぱり知ってたじゃないですか」
「はは。えっと、お願いします。その人の事を詳しく──」
「おいおい。困るなあ」
だがその時だったのである。やっと事件の核心に迫れたと思った次の瞬間、はたと背後か
ら荒々しい第三者の声が投げ付けられた。
「あんたらか。まさかサツ以外にも嗅ぎ回ってる奴がいるなんてな……」
立っていたのは目つきの悪い一人の少年だった。
背格好は睦月らとあまり変わらないだろう。或いは少し上くらいか。
不良風のパンクファッションをしていた事も柄の悪さを後押ししていたのかもしれない。
慌てて振り返った睦月らに、始めから遠慮なく険悪な眼差しを向けている。
「ひっ……!? こ、こいつだ! こいつだよ! こいつ、半月くらい前から急に滅茶苦茶
強くなって、凶暴になって──」
青年がガタガタと身体を震わせながら叫んでいた。チッと、少年がゴミを見るような眼で
この年上の不良を睨み付けている。
「まぁいい。ちょうど邪魔が入ってムシャクシャしてた所だ」
そして吐き捨て、ズボンのポケットからリアナイザを取り出した。既にデバイスは内部に
セットされているようだ。青年が怯える中、迷わずこちらに銃口を向け、引き金をひく。
「ヴァ、オォォォォーッ!!」
そしてそれは、やはりホログラムではなかった。
現れたのは、人狼を髣髴とさせる茶色っ毛の怪人。
右腕には大きく鋭い鉤爪が装備されていた。左腕にはジャラリと、地面に垂れるほどの鎖
分銅が下がっている。
「……皆人。こいつ」
『ああ、間違いない。あの映像のアウターだ』
ひいっ! ひいっ!
胸倉から手を離されたのをいい事に、青年は真っ先に腰が抜けたほうほうの体でその場か
ら逃げ出そうとしていた。それをバチンと、人狼の怪人──ハウンド・アウターが鎖分銅を
眼前に打ちつけて阻む。
「どうして……あんな惨い事を」
「ん? ああ。お前もネットに上がったのを見たのか」
「邪魔だったからだよ。俺は俺の前に立ちはだかる奴らが許せねぇ。だがこいつを手に入れ
て俺は変わった、力を手に入れた! もう俺に逆らえる奴は誰一人いねぇんだ!」
ははは! 少年はまさしく暴力に、狂気に呑まれているらしかった。
睦月が前髪に顔を隠し、俯いていた。ハウンドが少年の前に立ち、ザラリと鉤爪に舌を這
わせて睦月達の息の根を止める瞬間をイメージしている。
『これ以上犠牲者を出す訳にはいかない。頼むぞ、睦月。國子は他の隊員と合流して召喚主
の方を確保してくれ』
「……うん」
「了解しました」
インカム越しに皆人から指示が飛ぶ。國子が恐怖のあまり気を失ってしまったこの青年を
引き摺りながら別の路地へと移動していく。
睦月はゆっくりと懐からEXリアナイザと、デバイスを取り出した。画面の中でパンドラ
も既に臨戦態勢よろしく両拳を握って身構えている。
「……あんたは、自分の意思で殺したんだな。アウターの力を、自分の力だと錯覚して」
最初は内心まだ迷っていた。スカラベの時の召喚主の事が記憶にあった。
だが今は躊躇しようとは思わない。あれは──悪だ。自分が倒さなければならない悪だ。
『TRACE』
『READY』
銃底のボタンを押し、ノズルを空いた掌に押し付ける。
バチッとエネルギーが弾けて認証をした。ハウンドが少年が、この睦月の行動と取り出し
たそのアイテムを見て驚いている。
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
銀の、デジタル数字の群れがゆっくりと輪になって高くリアナイザを掲げた睦月の身体を
下っていき、銃口から射出された白い光球がぐるんと旋回しながら彼へと飛びつく。
一瞬、眩しい光が彼を満たした。
そこに立っていたのは人間・佐原睦月ではなく、白亜のパワードスーツを纏った彼。
胸元の茜色の球が静かに輝いていた。フルフェイスの中に灯るランプ眼が睦月の目を開く
タイミングに合わさるように光り、EXリアナイザを片手に彼を絶叫させながら走らせる。




