27-(5) 宿業(ておくれ)
日が沈んでしまっても、街は変わらずに動き続けている。
夜の大通りに面するファミレスに、由良は一人訪れていた。今日一日走り回った疲れこそ
あったが、彼女達からの声を聞き漏らす訳にはいかない。
「やあ。お待たせ」
目的の人物──海沙と宙は、店内をぐるりと見渡してすぐに見つけられた。観葉植物や仕
切り板で死角になっている隅の席をわざわざ選んでくれている。……やはりそういう話か。
最初はあくまで穏やかに、不安を刺激しないように。
由良は二人が座っている席まで歩いて行って顔を出すと、そう朗らかな感じでもってその
向かい側に着く。
「その……。いきなり呼び出してすみません」
「構わないよ。困った事があれば連絡してって言ったのは俺の方だからね」
七波の病室を訪ねていた時に掛かってきたのは、彼女達からだった。何でも相談したい事
があるから会いたいとのこと。内心、由良は思わず膝を打った。辛抱強く待っていた甲斐が
あった。以前踏み込めなかった更なる情報を、聞き出せるかもしれない。
全員が揃った所でウェイトレスがやって来た。場所賃代わりにアイスコーヒーと、彼女ら
にパフェを一つずつ。二人は遠慮したが、それくらいは驕らせてくれと笑って押し切った。
注文を取り終えて去っていくこのウェイトレス、周囲の気配を確認してから「さて……」と
由良は早速本題に切り込んでいく。
「それで? 相談したい事っていうのは、一体……?」
「は、はい」
「えっと。単刀直入に訊きますけど、刑事さんって“人の記憶を消す方法”って知ってます
か?」
「……記憶?」
「はい。その、この前ちょっとトラブルがあって、その後の事が思い出せないんです。今回
に始まったことじゃありません。前にも何回か、似たようなことがあって……」
「思い出そうとすると、頭がズキズキ痛んで思い出せないんです。だから、もしかたらあい
つらが、電気ショックとか薬とか、そういう類の物を使ってるんじゃないかって……」
由良は思わず、ぱちくりと大きく開いた目を瞬いていた。
何だ? 急に物騒な話になったな。記憶喪失? それも何度も? 睦月少年が危険な事に
首を突っ込んでいるらしいとは聞いたが、実は彼女達も大概なのか……?
「この前のは、ちょうど刑事さんと会った後の──むー君達に疑惑を向け始めた時のことで
したから。やっぱり偶然とは思えないんです」
俺と会った後に?
それに、頭痛? 思い出そうとすると痛む……?
「……同じだ」
「えっ?」
「同じなんだ。実は俺も──俺と、俺の師匠も前々から似たような症状に悩まされててな。
時間が経って治ってきたのか、最近はそう痛むことは減ってきたが……」
だからこそ、由良は打ち明けた。まさかと、彼の中の刑事の直感がそうさせていたのだ。
今度は海沙と宙が目を見開いてぱちくりと瞬く。互いに顔を見合わせて、改めて見つめ返し
たこの刑事の表情に、嘘やからかいなどが無いことを確認する。
「そ、それ、本当ですか?」
「刑事さんも、記憶喪失……?」
「君達と同じだとしたら、そうなるな。少なくとも俺達は一度、調べていたヤマの情報をご
っそり失っている」
言って、由良は自身のメモ帳を二人に見せた。普段仕事で使っている物だ。その一部の頁
だけが、今もごっそりと破り取られている。筧の物も同じだ。守護騎士の存在を嗅ぎ回られ
ては困る何者かが、実力行使に打って出た証拠だ。
「……自分で破った訳じゃ、ないですよね」
「何でそうなるのよ。あたし達がこの話を誰かにするのは初めてでしょ? 何で刑事さんが
それを見越して仕込めるっていうのよ。っていうか、そうする理由が分かんないし」
「う、うん……」
「天ヶ洲さんの言う通りだ。全くの偶然だよ。俺だって驚いてる。……そうなると、益々睦
月君が怪しいな。彼は今何処に?」
『……』
偶然。そうとは言ったが、内心由良は寧ろ確信を持ちつつあった。
やはり一連の事件と、睦月少年には繋がりがある。いや、守護騎士本人なのではないか?
にわかには信じられないが、彼が現れ始めた時期も、睦月少年が友人の“手伝い”をし始
めた時期も……。
「話してくれ。彼が手伝っている仕事とは、一体何なんだ」
核心に迫る。予めそのつもりで連絡を取ってきたのか、ごくりと揃って息を呑んでいたも
のの、その眼は真っ直ぐにこちらを見つめている。いいよね? うん。互いにそう小さく最
後の確認をし合ってから、海沙と宙は答える。
「実は……。むー君、もしかしたら玄武台の事件に首を突っ込んでいたかもしれないんです」
「──っ!?」
「はっきりとした証拠はないわ。でもあいつ、ちょうどその頃、大きな怪我をして入院して
たんですよ」
「……続けてくれ」
「お手伝いというのは、むー君の親友、私達とも仲のいい三条君の家の会社の、モニターの
お仕事なんです」
「三条?」
「聞いた事ないですか? 三条電機。皆っち──皆人は、そこの御曹司なんですよ」
由良は目を見開いている。先ほどから驚きっ放しだ。しかし今まさに無数の点が猛烈なス
ピードで線になっている。繋がっている。あの会社か。香月博士も所属している、国内屈指
のITメーカー。親友というのには驚いたが、両親繋がりならば納得がゆく。
「これ、本当はまだ企業秘密なので内緒でお願いしますね? 実はむー君、そこが開発中の
新型コンシェル──パンドラを持ってるんです。パンドラちゃんって凄いんですよ? 見た
目は可愛い女の子で、AIだってをこと忘れちゃうくらい凄く自然にお喋りできるんです。
元はおばさま──むー君のお母さんが開発した子で、今は色んな所に連れ出してはデータを
採っているらしいんですけど……」
「あいつが怪我ばっかりするようになったのは、その頃と一致してるんですよ。出掛けた先
で何やってるのか分かんないけど、きっとパンドラと一緒に、街中の色んな面倒事に首を突
っ込んでるに決まってます」
秘密と言いながら最初は随分自慢げに、その後しんみりと。海沙と宙はそれぞれに言葉を
継いで継がれてその事実を打ち明けていた。由良は内心興奮のまま、必死にメモを取り続け
ている。……間違いない。繋がった。彼がそうなのだ。第七研究所の火災に巻き込まれて入
院していたという事実も同時に聞き出した。全てが繋がる。自らの力で行き着いた達成感に、
由良は昂っていた。
しかしどういう事だ? 仮に彼が守護騎士で確定なら、何故あの時、彼は怪物と一緒にい
た? 共闘していた? まだピースが足りないというのか? まさか怪物の中にも、守護騎士
に味方する者と、敵対する者がいる? 分からない。或いはあれに関しては、睦月少年の
正体とはまた別の問題なのか……?
「……話してくれてありがとう。秘密は守る。だからどうか、君達からも彼や三条君を止め
るよう働きかけて欲しい」
ペンを走らせていた手を止め、顔を上げる。
由良は言った。もしこれらが全て事実なら、止めるべきだと思った。母も親友も全てグル
になって、彼を守護騎士に仕立て上げているのだとしたら……こんなに残酷な現実はない。
『──拙いな』
「はい。とても」
そんな三人のやり取りを、國子や数名の隊士、司令室の皆人達は一言一句漏らさずに聞い
ていた。こんな事もあろうかと、彼女らの持ち物に発信機を仕込んでおいて正解だった。場
所はファミレスの裏手。盗聴音声をこちらに回して貰い、國子らは壁に背を預けてこの会話
全てを聞いている。
『海沙ちゃん、宙ちゃん……』
『彼女は彼女達なりに、睦月君を心配していたんだろうな。秘密を漏らしたとはいえ、一方
的に責める訳にはいかんよ』
香月が、萬波がそうインカムの向こう側で嘆息をついている。國子率いる一隊は、皆人の
指示で、海沙と宙の動向を監視していたのだった。あれだけこちらを怪しみ、直接詰め寄っ
てきた彼女らを、対策チームとしてはもう野放しにはできない。
『よりにもよって、あの刑事の片割れと繋がっていたとはな……』
「どうしますか?」
『リモートは……拙い。これ以上乱用しては彼女達へのダメージが心配だ。それに、あんな
他人の眼の多い場所で三人を昏倒させる訳にはいかないだろう』
ぎりっと、皆人は苦々しく歯を噛み締めていた。唇を結んでいた。
以前話し合ったように、もう限界なのだろう。
皆人は大きく嘆息をつく。親友には悪いが、これから國子達に彼女らを回収させて──。
「おい」
ちょうど、そんな時だった。皆人が國子達に二人を接触させ、いよいよ全てを打ち明けて
引き入れようとした瞬間、現場の國子隊に声を掛けてくる者が現れたのだ。彼女が、隊士達
が弾かれたように驚愕し、こちらに向かって歩いて来る男の姿を見遣る。
「……てめぇら、そこで何やってる」
筧だった。
スーツ姿が夜闇とネオンの逆光に紛れ、ギロリとその鋭い眼光が向けられる。




