27-(3) 置き去りにして
時を前後して、飛鳥崎メディカルセンター。
筧と由良は、磯崎邸のゴタゴタの合間を縫って七波に会いに来ていた。ベッドの上に座っ
ている、以前よりは多少包帯の取れた彼女に、瀬古勇が射殺されたことを伝える為に。
「そう……ですか」
案の定、七波はやや俯き加減になって、複雑な表情をしていた。
これでもう事件が拡大することはないという安堵と、それ以上に真相解明や勇に罪を償わ
せるチャンスが永遠に失われたという事実。実際、磯崎も死んだ。あたかも道連れにされた
かのように。何より自らが背負い込んだ罪悪感のために、彼女はどうしてもその報告を素直
に喜ぶ訳にはいかなかったのだろう。
「……これから、玄武台はどうなるんでしょう?」
「分からん。だが、以前のままにとはいかないだろう。もしかしたら、学校自体がなくなる
可能性もあるだろうな」
七波の呟き、質問に筧はあくまで冷静に答えていた。冷静を装うことぐらいしか、彼女の
不安や哀しみを和らげてやる術を持たなかった。
それに、あながち間違った予測でもなかろう。瀬古兄弟にまつわる事件によって、ブダイ
の評判は地に落ちた。これだけ世間に悪評が広まった学校に、今後も生徒が集まるとは考え
難い。
「ま、まあ、今はそれよりも自分の回復を第一に考えようよ。ね?」
明らかに落ち込んでいる七波。そんな背中を優しく擦ってやりながら、由良があくせくと
焦りながら必死に慰めようとしている。言い放った当人が言うのも何だが、仮に退院できる
まで回復したとしても、復帰する学校自体がなくなるのなら中々その気力だって湧いては来
ないだろう。
「……これは個人的な見解なんだがな。本当に瀬古勇が死んでるのかは怪しい」
「兵さん?!」
だから、言った。筧は暫く意気消沈する七波を見遣っていたが、はたと絞り出すように自
らの中にある疑惑を打ち明けた。
由良が慌てる。それはそうだろう。捜査内容も捜査内容、第一級の内部情報だ。だが筧は
正直に話すべきだと判断した。少なくとも彼女は自分達にとって重要な証人であり、信頼を
置くべき少女だ。
「どういう、ことですか……?」
ハッと顔を上げて、二人を見つめてくる七波。
むべなるかな。由良の方はまだ少し迷っていたが、筧が頷いてやると承知したようだ。個
室がしっかりと閉められているのを改めて確認してから、二人は磯崎邸で見聞きした違和感
について話し始める。
「──そんな訳で、今回の射殺に関してはどうにも不自然な点が多いんだ。俺達は実際に瀬
古勇の遺体を見た訳じゃねえし、今も報道が先行してる」
「おそらく上層部は、一連の事件に幕を引きたがっている。結局磯崎も殺されてしまったか
らね。このままじゃあ、自分達に矛先が向かってくるのは時間の問題だ。真偽はともかく、
そんな状況で被疑者死亡となれば、得をするのは組織だろう? 出来過ぎてるっていうのが
俺や兵さんの見解なんだ」
あくまで、例の怪物については彼女には伏せる方向で。
筧と由良は、互いに言葉を引き継ぎながら言った。改めて言語化してみると、今回の構図
にはやはり意図的なスムーズさが感じられる。尤もそれは、上層部に対する個人的な不信も
混じってはいるのだろうが。
「……確かに、これ以上掘り返しても誰も幸せにはならねえがな」
瀬古兄弟の母は、息子達の死と凶行を受け止め切れずに発狂してしまった。今は精神病棟
に入れられ、事実上隔離されている。
一方父親はといえば、事件の初期から家族を見限り、雲隠れしてしまった。既に裁判所に
訴えを起こし、本人不在のまま離婚を成立させようとしている。
「だがよ。それでも、失われた命を忘れてしまっていい理由にはならねえ。たとえもう瀬古
勇一人で償い切れないほどの重さになっちまってても、な」
「筧さん……」
ベッドの上で、七波は眉を下げて、きゅっと唇を結んでいた。目には薄らと涙が溜まって
いる。だがそれは悔しさではなく、嬉しさによるものだ。この人達に打ち明けて本当に良か
ったと彼女は思う。
「……悪ぃな、こんな話して。流石に重過ぎるか」
「いえ。私だって関係者です。最後まで、お付き合いします」
ありがとよ。筧はフッと苦笑った。由良にも笑顔が戻り、幾許か肩の力が抜けたようだ。
七波はこれからも協力は惜しまないと約束してくれた。できるなら、瀬古の両親も助けたい
と言ってくれた。
(ん……?)
そんな時だった。
マナーモード中の由良のデバイスに、一件の着信が入ってきたのは。
「──瀬古秀司だな?」
そしてちょうどその頃、白鳥らはとあるネットカフェを訪れていた。なるべく店内を騒が
せないよう、受付を半ば勢いのまま説き伏せ、目的の人物のいる個室へと踏み込む。
取り巻きの二人、角野と円谷が警察手帳を見せ、本人確認を取ると、その人物は顔を真っ
青にして固まっていた。
瀬古秀司。瀬古勇・優兄弟の父親だ。神経質そうな痩せた頬と撫で付けた髪、銀フレーム
の細い眼鏡のスーツ姿。テーブルの上には食い散らかしたコンビニ弁当の空箱と、几帳面に
重ねられた書類が置かれている。離婚調停用の資料だろうか。
「な、何ですか!? わ、私は関係ありません! あんな奴ら……もう息子じゃない。じき
に縁も切るんだ、他人になるんだ。もう家には帰らない。放っておいてくれ!」
こちらの身分を知って、そのやつれ、神経質な表情が更にヒステリックになった。
情報通りだ。次男の自殺から始まって、長男の殺人犯化、妻の発狂──広がる噂に職場に
もいられなくなり、家を出てしまった。今ではこうして貯金を取り崩しながらネットカフェ
などを点々とし、妻達と完全に決別する準備を進めている。
「優も、勇も、とんでもないことをやらかした。失敗だ。勇は射殺されたんだろう? 構い
やしない。処分されたんなら、それでいい……」
相手は三人。だが警察がここまで踏み込んできたなら、もうお終いだと思ったのだろう。
秀司はぐったりと頭を垂れ、諦めの境地に入っていた。家を出た時点でその人生はもう破綻
していたのだから。
「いや。別に、私達は君を咎めに来た訳じゃあないんだ」
「……え?」
しかし、白鳥は嗤う。角野と円谷を引き連れて、その微笑は何処か薄ら寒いほどの落ち着
きを纏っている。
ひょい。そこへ更に、四人目の人物が顔を出してきた。白鳥はまるで彼を迎え入れるかの
ようにそっと半身を逸らしてスペースを空けてやる。
「よう」
そこに立っていたのは、ずいっと身を乗り出してきたのは、如何にも荒っぽそうなチンピ
ラ風の男──“蝕卓”が一人、人間態のグリードだった。




