27-(1) その死と不穏
翌日、磯崎邸は大量投入された警官達と、非常線の外に張り付いた報道陣らによって混乱
の最前線へと変わっていた。
朝早くから、ブルーシートで囲われた同邸内へとひっきりなしに刑事や鑑識らが出入りを
繰り返す。そんな様子を各取材クルーはめいめいに中継しており、同じく現場に集まった野
次馬達は大きく二つの態度に分かれていた。殺人事件そのものに対するショック、不安と、
遂にこの時が来てしまったかという感慨である。ひそひそと囁き合う彼らの中には、磯崎へ
の同情といったものは最早一切ない。
白布で厳重にぐるぐる巻きにされた遺体が、一人また一人と担架に乗せられては運び出さ
れてゆく。情報では、磯崎を含め、前日彼の警護に当たっていた警官達が軒並み殺害されて
しまったという。逸早く現場を見てしまった者は災難だったろう。何せ同邸内外にはおびた
だしい量の血飛沫が血痕となって残っており、事件の凄惨さを如実に物語っている。当局が
ブルーシートで当座それらを隠しておかなければ、この場にいる報道陣も野次馬らも、現状
を正視することすらできなかった筈だ。
「──瀬古勇が死んだ?」
その頃、磯崎邸内。
磯崎殺害の一報を受けて駆けつけた筧らは、一足先に集まっていたキャリア組の刑事達か
ら、そう今回の全容を聞かされていた。
「それ、本当なのか……?」
「ああ。間違いない。少し前に、遺体が運ばれるのも確認した」
昨夜、瀬古勇が侵入し、玄武台前校長・磯崎とその警護に当たっていた警官数名を殺害。
異変に気付いて駆けつけた他の面々によって射殺されたと。
筧らはそんな報告に、目を丸くして立ち尽くしていた。おえっぷ……。少なくとも廊下や
リビングに飛び散った大量の血痕は物語っている。由良やまだ若手の刑事らがその惨さに思
わず吐き気を催していた。
(……そんな馬鹿な)
要約するならば、本懐を果たした直後の死。
だが筧は、そんな彼らからの報告を素直には信じられない。
あまりにも不自然だったからだ。玄武台襲撃の後、今日まで自分達から逃げ延び続けたあ
の少年が、理由もなくこんな“無謀”に出るとは思えない。
確かに殺害方法は以前と同じ──首を刎ねるという惨殺、憎悪の籠もった手口だ。
それに何故、守れなかった? 最早ただの少年犯罪でないことは重々承知しているが、仮
にもこちらは警察官を毎日交代で警戒させていたのだ。磯崎に近付く前に何故気付かなかっ
たのか? 捕らえられなかったのか? 何だか嫌な予感がする。
まさか、奴は今も──。
「という訳で、被疑者死亡で一連の事件は終了。飛鳥崎史上稀にみる連続殺人もこれでよう
やく打ち止めだ。如何せん、犠牲が多過ぎはしたがな」
「正式な発表はここのゴタゴタが片付いた後だ。今は事後処理に専念しろ」
いいな? そんな筧の、同僚刑事らの思考に割って入るように、キャリア組の面々は念を
押してきた。返事を聞くまでもなく、次の瞬間には散開して、邸内にいる部下達に次の指示
を飛ばす。彼らは皆一様に忙しなく、気が立っていた。これだけ凄惨な現場に付き合わされ
なければならないのだ。職業柄とはいえ、無理もない。
「……兵さん」
「ああ」
まだ顔を青くして口元を押さえつつ、由良が密かに呼び掛ける。筧もそんな相棒の言わん
とすることは解っていて、ただ一回相槌を打ってこの広がる捜査の輪を見つめている。
間違いない。今回の一件で、上層部は事件全体の幕引きを図っている。
瀬古を射殺? 確かにかねてより“特安”指定を受けていたとはいえ……。
「──瀬古さんが死んだって!?」
『本当ですかあ?!』
飛鳥崎地下の司令室。磯崎元校長の殺害、そして現場での瀬古勇射殺の第一報を聞き、睦
月は大慌てでこの対策チームの拠点へと集まっていた。内部には既に皆人以下、他の仲間達
も集合している。それぞれが不安げに、或いはディスプレイと睨めっこをしながら、行き交
いまだ混乱している情報の収集に当たっていた。
「ああ。ニュースではそうなっている。“特安”指定もある。もし次に見つかれば命の保証
はないだろうとは思っていたが……」
忙しなく制御卓を叩いている職員達。その後ろで、椅子に腰掛けた皆人が駆けつけた睦月
を見遣ると開口一番、言った。
あくまで冷静に。淡々と。だがその平素以上に寄せた眉間の皺からは、彼が言葉とは裏腹
にこの報道を未だ信じていない様子が窺える。
「何てこった。あの時、俺達が逃がしさえしなけりゃあ……」
「どのみち極刑は免れなかったと思いますよ。玄武台襲撃の時点で二十名以上を殺害してい
るんですから」
「少年だから刑を免れるなんてのは、旧時代の話だからねえ」
「でも、何で今頃になって……?」
悔しそうに仁が、あくまで感情を表に出さないように淡々と國子が言う。冴島も同様だ。
そして睦月が呟いた疑問。それに皆人は「ああ」と頷いていた。
「それは俺も考えていた。これまで奴は、巧妙に──アウター達に匿われていたとはいえ、
警察の追跡から逃れ続けてきたんだ。そんな奴が敵陣のど真ん中に突っ込むような無茶をす
るとは思えない。だが実際、磯崎は殺されている」
「……急がなきゃいけない理由があった?」
「分からん。だが、何の理由もなく突撃したとは考え難い」
「それってもしかして、新しくアウターを手に入れたとかじゃねえかな? これ、現場の画
像だけど、かなりエグいぜ。一介の高校生がプロの警官を片っ端から千切っては投げつつ、
磯崎を殺るなんて、普通じゃ不可能だ」
一旦目を瞑る皆人。すると仁が、それまで自分の席に置いていたタブレットの画面を見せ
てくれた。どうやら現場・磯崎邸を早い段階で撮影した画像らしい。流石に屋内までは見え
ないが、侵入したと思われる裏口や外周の壁には、べっとりと大量の血飛沫がそのままに貼
り付いている。
「……予想する限り、最悪の結果になったみたいだね」
「ええ。西大場のビルの一件も然り、瀬古勇はあの後、アウター達──蝕卓と接触していた
可能性が高い。力さえ再び手に入れば、途絶えていた復讐も再開できる」
「んー? だとしたら妙だよなあ。また召喚主になったっていうのに、生身の警官に後れを
取るもんかね?」
「そこなんだ。磯崎は殺されても仕方ないとして、その射殺の報道というのがどうにも引っ
掛かる」
「ちょっ、皆人……」
だからこそ、さらっと言い切った親友に睦月は慌てた。
ここは地下の秘密基地で、誰も他に聞き耳を立てている者はいないにしても、流石に言い
過ぎではないだろうか? 確かに磯崎校長は、保身に走って事態を悪化させた人物ではある
けども、本来ならきちんと法の裁きを受けて償って貰うべきである筈で……。
「まぁ落ち着け。俺個人が、という話ではない。庶民感情としてだ。お前だって彼の悪評は
散々聞いているだろう? そんな奴は“死んでもいい”と大抵の者は考える」
「……」
「出来過ぎているんだよ。事態を引っ掻き回した磯崎と、犯人である瀬古勇、その両方が今
回の一件で死んだ──いや、死んだことにされた。おかしいとは思わないか? さっき大江
が言ったように、おそらく瀬古勇は新たなアウターを──改造リアナイザを手に入れた可能
性が高い。そんな人間を、俺達対策チームでもない者達が倒せるとは思えん」
睦月達は、互いに顔を見合わせると目を瞬いていた。
それまでじっと耳を傾けていた香月や萬波、研究部門の面々も、神妙な表情で眉間に皺を
寄せている。
「それはつまり、射殺の報道を仕組んだ何者かがいるってこと?」
「ええ」
「いや、ちょっと待てよ! それってつまり……」
「警察内部に、蝕卓の協力者がいるということになるね」
ざわっ。引き継いだ冴島の一言に、睦月達が、職員達がどよめいていた。
考えたくはなかった可能性。頭の片隅にはあった思考。これまでのアウター関連の事件が
表向き隠し続けてこれたのは、ひとえに対策チームから派遣された内通者達のお陰だと思っ
ていたのだが……。
「向こうにも、いたのですね」
「想定はしていたがな。だがこれで、いよいよ彼らには動いて貰い辛くなってしまう」
ふむ。皆人は両手を組んで深く腰掛けていた。じっと、これまでの情報と自分達にとって
の最適解を整理・整頓しようとしているように見えた。
「それで、どうするの? 皆人」
「瀬古がまたアウターを使い始めたとなりゃあ、放ってはおけねぇぞ?」
そして睦月が、仁がそうきゅっと唇を結んで問うた。司令官たる皆人に指示を促した。
「……そうだな。なら確かめて来てくれ。瀬古勇が、本当に死んだのかどうか」




