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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-27.Bahamut/復讐鬼との再会
205/526

27-(1) その死と不穏

 翌日、磯崎邸は大量投入された警官達と、非常線の外に張り付いた報道陣らによって混乱

の最前線へと変わっていた。

 朝早くから、ブルーシートで囲われた同邸内へとひっきりなしに刑事や鑑識らが出入りを

繰り返す。そんな様子を各取材クルーはめいめいに中継しており、同じく現場に集まった野

次馬達は大きく二つの態度に分かれていた。殺人事件そのものに対するショック、不安と、

遂にこの時が来てしまったかという感慨である。ひそひそと囁き合う彼らの中には、磯崎へ

の同情といったものは最早一切ない。

 白布で厳重にぐるぐる巻きにされた遺体が、一人また一人と担架に乗せられては運び出さ

れてゆく。情報では、磯崎を含め、前日彼の警護に当たっていた警官達が軒並み殺害されて

しまったという。逸早く現場を見てしまった者は災難だったろう。何せ同邸内外にはおびた

だしい量の血飛沫が血痕となって残っており、事件の凄惨さを如実に物語っている。当局が

ブルーシートで当座それらを隠しておかなければ、この場にいる報道陣も野次馬らも、現状

を正視することすらできなかった筈だ。

「──瀬古勇が死んだ?」

 その頃、磯崎邸内。

 磯崎殺害の一報を受けて駆けつけた筧らは、一足先に集まっていたキャリア組の刑事達か

ら、そう今回の全容を聞かされていた。

「それ、本当なのか……?」

「ああ。間違いない。少し前に、遺体が運ばれるのも確認した」

 昨夜、瀬古勇が侵入し、玄武台ブダイ前校長・磯崎とその警護に当たっていた警官数名を殺害。

異変に気付いて駆けつけた他の面々によって射殺されたと。

 筧らはそんな報告に、目を丸くして立ち尽くしていた。おえっぷ……。少なくとも廊下や

リビングに飛び散った大量の血痕は物語っている。由良やまだ若手の刑事らがその惨さに思

わず吐き気を催していた。

(……そんな馬鹿な)

 要約するならば、本懐を果たした直後の死。

 だが筧は、そんな彼らからの報告を素直には信じられない。

 あまりにも不自然だったからだ。玄武台ブダイ襲撃の後、今日まで自分達から逃げ延び続けたあ

の少年が、理由もなくこんな“無謀”に出るとは思えない。

 確かに殺害方法は以前と同じ──首を刎ねるという惨殺、憎悪の籠もった手口だ。

 それに何故、守れなかった? 最早ただの少年犯罪でないことは重々承知しているが、仮

にもこちらは警察官プロを毎日交代で警戒させていたのだ。磯崎に近付く前に何故気付かなかっ

たのか? 捕らえられなかったのか? 何だか嫌な予感がする。

 まさか、奴は今も──。

「という訳で、被疑者死亡で一連の事件は終了。飛鳥崎史上稀にみる連続殺人もこれでよう

やく打ち止めだ。如何せん、犠牲が多過ぎはしたがな」

「正式な発表はここのゴタゴタが片付いた後だ。今は事後処理に専念しろ」

 いいな? そんな筧の、同僚刑事らの思考に割って入るように、キャリア組の面々は念を

押してきた。返事を聞くまでもなく、次の瞬間には散開して、邸内にいる部下達に次の指示

を飛ばす。彼らは皆一様に忙しなく、気が立っていた。これだけ凄惨な現場に付き合わされ

なければならないのだ。職業柄とはいえ、無理もない。

「……ひょうさん」

「ああ」

 まだ顔を青くして口元を押さえつつ、由良が密かに呼び掛ける。筧もそんな相棒の言わん

とすることは解っていて、ただ一回相槌を打ってこの広がる捜査の輪を見つめている。

 間違いない。今回の一件で、上層部は事件全体の幕引きを図っている。

 瀬古を射殺? 確かにかねてより“特安”指定を受けていたとはいえ……。


「──瀬古さんが死んだって!?」

『本当ですかあ?!』

 飛鳥崎地下の司令室コンソール。磯崎元校長の殺害、そして現場での瀬古勇射殺の第一報を聞き、睦

月は大慌てでこの対策チームの拠点へと集まっていた。内部には既に皆人以下、他の仲間達

も集合している。それぞれが不安げに、或いはディスプレイと睨めっこをしながら、行き交

いまだ混乱している情報の収集に当たっていた。

「ああ。ニュースではそうなっている。“特安”指定もある。もし次に見つかれば命の保証

はないだろうとは思っていたが……」

 忙しなく制御卓を叩いている職員達。その後ろで、椅子に腰掛けた皆人が駆けつけた睦月

を見遣ると開口一番、言った。

 あくまで冷静に。淡々と。だがその平素以上に寄せた眉間の皺からは、彼が言葉とは裏腹

にこの報道を未だ信じていない様子が窺える。

「何てこった。あの時、俺達が逃がしさえしなけりゃあ……」

「どのみち極刑は免れなかったと思いますよ。玄武台ブダイ襲撃の時点で二十名以上を殺害してい

るんですから」

「少年だから刑を免れるなんてのは、旧時代の話だからねえ」

「でも、何で今頃になって……?」

 悔しそうに仁が、あくまで感情を表に出さないように淡々と國子が言う。冴島も同様だ。

 そして睦月が呟いた疑問。それに皆人は「ああ」と頷いていた。

「それは俺も考えていた。これまで奴は、巧妙に──アウター達に匿われていたとはいえ、

警察の追跡から逃れ続けてきたんだ。そんな奴が敵陣のど真ん中に突っ込むような無茶をす

るとは思えない。だが実際、磯崎は殺されている」

「……急がなきゃいけない理由があった?」

「分からん。だが、何の理由もなく突撃したとは考え難い」

「それってもしかして、新しくアウターを手に入れたとかじゃねえかな? これ、現場の画

像だけど、かなりエグいぜ。一介の高校生がプロの警官を片っ端から千切っては投げつつ、

磯崎を殺るなんて、普通じゃ不可能だ」

 一旦目を瞑る皆人。すると仁が、それまで自分の席に置いていたタブレットの画面を見せ

てくれた。どうやら現場・磯崎邸を早い段階で撮影した画像らしい。流石に屋内までは見え

ないが、侵入したと思われる裏口や外周の壁には、べっとりと大量の血飛沫がそのままに貼

り付いている。

「……予想する限り、最悪の結果になったみたいだね」

「ええ。西大場のビルの一件も然り、瀬古勇はあの後、アウター達──蝕卓ファミリーと接触していた

可能性が高い。力さえ再び手に入れば、途絶えていた復讐も再開できる」

「んー? だとしたら妙だよなあ。また召喚主になったっていうのに、生身の警官に後れを

取るもんかね?」

「そこなんだ。磯崎は殺されても仕方ないとして、その射殺の報道というのがどうにも引っ

掛かる」

「ちょっ、皆人……」

 だからこそ、さらっと言い切った親友ともに睦月は慌てた。

 ここは地下の秘密基地で、誰も他に聞き耳を立てている者はいないにしても、流石に言い

過ぎではないだろうか? 確かに磯崎校長は、保身に走って事態を悪化させた人物ではある

けども、本来ならきちんと法の裁きを受けて償って貰うべきである筈で……。

「まぁ落ち着け。俺個人が、という話ではない。庶民感情としてだ。お前だって彼の悪評は

散々聞いているだろう? そんな奴は“死んでもいい”と大抵の者は考える」

「……」

「出来過ぎているんだよ。事態を引っ掻き回した磯崎と、犯人である瀬古勇、その両方が今

回の一件で死んだ──いや、死んだことにされた。おかしいとは思わないか? さっき大江

が言ったように、おそらく瀬古勇は新たなアウターを──改造リアナイザを手に入れた可能

性が高い。そんな人間を、俺達対策チームでもない者達が倒せるとは思えん」

 睦月達は、互いに顔を見合わせると目を瞬いていた。

 それまでじっと耳を傾けていた香月や萬波、研究部門の面々も、神妙な表情で眉間に皺を

寄せている。

「それはつまり、射殺の報道を仕組んだ何者かがいるってこと?」

「ええ」

「いや、ちょっと待てよ! それってつまり……」

「警察内部に、蝕卓ファミリーの協力者がいるということになるね」

 ざわっ。引き継いだ冴島の一言に、睦月達が、職員達がどよめいていた。

 考えたくはなかった可能性。頭の片隅にはあった思考。これまでのアウター関連の事件が

表向き隠し続けてこれたのは、ひとえに対策チームから派遣された内通者達のお陰だと思っ

ていたのだが……。

「向こうにも、いたのですね」

「想定はしていたがな。だがこれで、いよいよ彼らには動いて貰い辛くなってしまう」

 ふむ。皆人は両手を組んで深く腰掛けていた。じっと、これまでの情報と自分達にとって

の最適解を整理・整頓しようとしているように見えた。

「それで、どうするの? 皆人」

「瀬古がまたアウターを使い始めたとなりゃあ、放ってはおけねぇぞ?」

 そして睦月が、仁がそうきゅっと唇を結んで問うた。司令官たる皆人に指示を促した。

「……そうだな。なら確かめて来てくれ。瀬古勇が、本当に死んだのかどうか」

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