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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-27.Bahamut/復讐鬼との再会
204/526

27-(0) 終わりの始まり

 元玄武台ブダイ校長・磯崎康太郎は震え続けていた。あの日から、まるで生きた心地

がしなかった。言わずもがな、瀬古勇による同校舎襲撃の一件である。

 一体どんな手段を使ったのかも分からない。だがこのご時世、ネット上には爆弾の製造法

くらい調べれば載っているだろう。事実、千家谷を皮切りにした爆弾魔ボマーも元々は市外のいち

住人だったと聞く。

 あの日以来、磯崎はすっかり自宅に引き篭もるようになってしまった。またいつ命を狙わ

れるとも知れぬ状況で、必要外の外出は文字通り自殺行為だ。

 事件を重くみた政府の第三者委から、飛鳥崎の教育委へ。

 結果自分は校長の職を罷免され、直後当局に在宅起訴されてしまった。あたかも始めから

そういうシナリオで、周囲が準備を進めていたとしか考えられない。追い詰められた自分を

見捨てるように、妻は実家に逃げてしまった。子供達とも、全く連絡が取れない──関わり

たくないと避けられているのは明白だった。自分は全てを失ったのだ。

「……ひっく。くそう、くそう、何で私がこんな目に……」

 その日の夜も、磯崎は独り閉め切った部屋の中で酒を煽っていた。連日、気持ちがざわつ

く度に縋って空にした瓶が床のあちこちに転がっている。酔いが回り、身体もフラフラとし

ているものの、彼の心を満たすのは只々“他者”に対する“怒り”ばかりである。

 全てはあいつの──瀬古勇のせいだ。あいつのせいで人生を狂わされた。

 弟ともども、とんだ疫病神だ。こんな事になるなら、入学などさせなかったのに。

 何故自殺した? 何故復讐なんぞに走った? 校長とはいえ、幾つもある部の内情を全て

把握できる訳がないだろうに。いじめがあったというが、なら何故自ら死を選ぶような──

迷惑にしかならない方法を採った? 何故職員らに相談しなかった? 信用できるとかでき

ないとか、そういうレベルの話じゃない。あるべきプロセスを踏んでいるかどうかの問題な

のだ。第三者委での尋問でも、その辺りを突かれた。生徒達に対するケアを、怠っていたの

ではないかと。

 ……ふざけるな。自分達はエスパーじゃない。政府おまえたちも常日頃言っていたではないか。教育

の目的は馴れ合いじゃない。子供達を将来、なるべく多く社会で活躍できる人材に磨き上げ

ることだと。

 その意味で、瀬古兄弟は不良品だ。多少他人に揉まれた程度で死に、その弱さの責を他人

に転嫁して憚らない傲慢さ。甘えるな。そんな考えで、この世の中は渡っていけない。

 ……大体、警察は何をしている? まだ瀬古勇は捕まらないのか?

 どんな理由があろうと、あいつは人殺しだ。国として許してはならない筈だ。あいつが今

も何処かで逃げ延びているから、自分はこうしてろくに家から出られなくなってしまった。

毎日交代で警官達が家の周りをガードしてくれているが、それは少なくとも根本的な解決に

はならない。さっさと牢屋にぶちこんでくれ。そうでなければ本当に──自分はおかしくな

ってしまう。

「──?」

 こんな筈じゃあ……。

 再三、独りで頭を抱えていた、そんな時だった。

 磯崎はふと部屋の外で、ガタンバタンと何かが倒れる物音を聞いた気がした。ビクッと身

体を震わせ、おずおずと扉の向こうを振り返る。耳を澄ませる。警官達か? じっとその場

で理解が進まないまま見つめていると、やがてトン、トンとこちらへ近付いて来る足音があ

った。半ば本能的に顔が青褪める。警官達じゃない。まさか──。

『……』

 そのまさかだった。現れた、目深に帽子を被ったまま立つ少年は間違いなくあの瀬古勇で

あった。加えて何よりその横には、全身錆鉄色のトカゲ人間──巨大な竜の化け物が控えて

いる。

 ひいっ!? 磯崎は殆ど条件反射的に叫び、後退った。テーブルの上や床に転がった酒瓶

が喧しく音を立ててぶつかり合う。勇は無言のままこちらを見下ろし、一歩また一歩と近寄

ってきた。はたしてその背後、半開きになった扉の向こうには、血だまりの中に沈んで動か

なくなった警官達の姿が見て取れた。

(本当に……本当に来た! 私を、私を殺しにっ……!)

 部屋はさして広くはない。磯崎はあっという間に壁際に追い詰められていた。

 勇と化け物──ドラゴンのアウターは、暫く何も言わず、じっとこれを見下ろしていた。酷く冷

たい、ゴミ屑を見るかのような眼と狂気そのものの眼だ。抵抗すらままならなかった。わた

わたと、磯崎は両手をばたつかせ、必死に身を守ろうとする。

「たっ、助けてくれ! い、命だけは! もういいだろう、充分だろう?! 何で今になっ

て私なんだ!? 私を殺しても、お前の弟は戻って来ないんだぞ!?」

「……ああ、知ってる。正直お前の命なんかもうどうでもいいんだ。だがよ、お前を殺って

おかなきゃあ、こいつとの契約が完了しない。最後の一ピースが嵌らないんだ」

 何を……?

 勇がドラゴンをすいっと指差し、淡々と答える言葉に、磯崎は引き攣った瞼を瞬くしかなかった。

意味が分からない。大体お前、その化け物は──。

「ぐぶっ!?」

 だが磯崎が問い返す事は永遠になかった。次の瞬間、彼の顔面はドラゴンの分厚い片手に掴まれ

ていた。ギチギチと、今にも握り潰されそうになる。指と指の間から眼球が飛び出しそうに

なり、くぐもった声と共に血管が赤く浮き上がってゆく。

「やめっ、止めっ……! 潰、れる……ッ」

「やっとここまできたんだ。取り戻せたんだ。今まで生かされていた事をありがたく思え」

 ぷるぷる。がしりと掴まれたままで、磯崎は首を横に振った。圧迫で充血した眼球からは

恐怖の極限に追い詰められた結果、涙が溢れ出している。

「ず、ずまながったっ! 許じ──」

「おせぇよ」

 ザン。刹那、ドラゴンの手刀が霞む速さで叩き込まれた。

 堰を切ったように噴き出した血飛沫。磯崎の首と胴は、直後完全に切り離された。

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