26-(8) 失うのなら
突然の別れから、二週間近くが経った。
この日、睦月や冴島、國子のリアナイザ隊の正副隊長は、再び二見の自宅アパートを訪れ
ていた。一階の正面玄関には引越しのトラックがアイドリングしている。先日の騒動を重く
みた──配達員の暴走を二見のせいだと思い込んだ大家の圧力があり、アパートに居られな
くなったのだという。
インカム越し、司令室には皆人や仁、香月に萬波以下対策チームの面々も顔を揃えていた。
暗く眉を伏せる睦月達に、二見はあくまで気丈に振る舞う。
「その……すまなかったな。色々迷惑掛けちまって」
「い、いえ。僕達こそ、守り切れなくて……」
「仕方ないさ。カガミンも言ってたろ? いつかはこうなる運命だったんだ。あんた達が謝
ることなんて何もない」
みっちりと私物を詰めたリュックサックを背負って、二見は苦笑っていた。その笑顔が却
って睦月達を苦しめる。カガミン──ミラージュの名前が出た瞬間、一同の顔色に険しさが
増した。
そうは言ってくれるが、内心は恨んでいるのではないか?
元を辿れば、そもそも対策チーム──守護騎士が存在しなければ、彼らはこの先も幸せな
時間を過ごせたかもしれない。
でも……。尚も睦月は口篭っていた。そんな知り合ってまだ日の浅い友を見つめて、二見
は再びフッと苦笑う。それはこの一個下の協力者達への、反省の弁であった。
「いいんだよ。俺もそろそろ、動かなくちゃって思ってたんだ。あの部屋にずっと居たら、
どうしたってカガミンの事を思い出しちゃうし」
『……』
「話が上手過ぎたんだよ。あいつが言ってたみたいに、結局俺は“都合のいい友達”が欲し
かっただけなのかもしれない」
「二見さん……」
あくまで笑みを浮かべて。
しかしその胸元にやった手は、きゅっとシャツを握り締めていた。あいつとはプライドの
ことだろう。心のない怪物に心ない言葉を浴びせられ、彼はきっとミラージュを失った以上
に傷付いた筈だ。睦月もまた哀しみと、プライド達への怒りが込み上げる。
「でも彼は、確かにここで君と生きていた。組織を裏切ることになると分かっていても、何
より君を守ろうとしていた」
「無駄では……ありませんよ。誰よりも先ず、貴方がそう信じてあげなければ」
冴島と、間接的に事の経緯を聞いていた國子が言った。
そう、なのかな。二見は照れ臭そうで──やはり哀しそうだった。忘れたくはないけど、
憶え続けていることは辛い。そう言外に滲み出ているようでこちらも辛かった。
暫くの間、四人は黙っていた。睦月の胸ポケットにデバイスごと収まっていたパンドラも
司令室の皆人達も、誰一人これ以上気の利いた言葉を生み出せない。下手に慰めた所で虚し
いだけだと、場の誰もが理解していた。
「……本当、迷惑を掛けてすまなかった」
そして二見は言う。
「こんな事になるなら……友達なんて、作らなきゃ良かったのかな……?」
ずっと堪えていて、だけども吐き出さずにはいられなかったものを。
冴島がそっと眼鏡のブリッジを押さえる。國子も一見微動だにせず立ち続けていた。その
一方で睦月はくしゃっと、今にも泣き出しそうに表情を歪め「だったら──!」と、前に進
み出て紡ごうとする。
しかしそんな動きを、他ならぬ冴島が押さえていた。ずいっと進み出ようとする睦月の肩
を取り、止める。不安だらけで振り向いてきたその表情に、静かに小さく首を横に振ってみ
せる。睦月はぎゅっと唇を噛み締めていた。そんなやり取りを二見はじっと無言のまま見つ
めている。密かに皆人が、軽く頭を片手で掴むと目を瞑った。
「じゃあ、これで」
二見を乗せたトラックがエンジン音を鳴らし、ゆっくりと動き始めた。睦月や冴島、國子
と皆人ら司令室の面々がこれを見送り、彼の新居での生活が穏やかなものであって欲しいと
願う。
だが──それはかなり難しいだろう。少なくともそう簡単に忘れる事などできない筈だ。
改造リアナイザに願ってまで欲した“友達”の喪失。その現実から逃げようと、向き合お
うと、この先彼に待っているのはきっと精神の地獄だ。悪しき力に手を出した弱さ、自業自
得の末路と言ってしまえばこれまでの召喚主と同じだが、はたして自分達はそんな個々の喪
失感までを考えて戦ってきたのだろうか。
『……』
答えはない。強いて言うなら、切り捨てるしかない。
敗北以上の敗北を味わいながら、睦月達は二見を乗せたトラックが走り去ってゆく後ろ姿
を、只々黙って見送る事しかできなかったのだった。
-Episode END-




