26-(7) 心という末路(後編)
悲痛と怒り、激情に駆られて放った睦月渾身の一撃は、奇しくもプライドの虚を突く事に
成功した。咄嗟に見上げ、半身を返して避けようとするプライド。しかし彼のエネルギーを
纏う剣閃は完全にはかわし切れず、手に持っていた銀縁の本が弾き飛ばされてしまう。
これこそがミラージュの、命を賭けた囮作戦だったのだ。
自身の変身能力で、それまで頑なに避けてきた守護騎士の姿を借り、追ってくるプライド
に隙を作る。だが予定はそこまでであって、本来はその隙を突いて彼の能力の源である手元
の“法典”を奪う筈だったのだが……。
「……小癪な」
銀縁の本を叩き飛ばされ、自身も左手にバチバチとダメージの余韻を残したプライド。
それをじっと睨みつけながら、睦月は彼と相対してスラッシュモードの剣を構えていた。
ちらと肩越しに崩れ落ちたミラージュを見遣り、覆面の下でギュッと唇を噛み締める。
「何でだよ……。そこまでしなくたって、よかったのに……」
「……いいんだ。いずれ追い詰められることは分かってた。おいらは逃げてたんだ。でもフタ
ミンだけは──大切な友達だけは、守りたかった」
カガミン! 次いで後ろの物陰から二見が飛び出してくる。その目からはボロボロと涙が
とめどなく零れ落ちていた。膝をついた胴体と、刎ね飛ばされた首。ミラージュの身体を急
いで引き寄せて、彼は声を震わせている。
「ば、馬鹿野郎! お前だけ格好つけてどうするんだよ。俺達は二人で一人だろう? こん
な無茶、頼んでなんか……」
「あはは。大丈夫だよお。おいらは人間と違って、首が飛んでも──」
だが次の瞬間だった。ぐしゃぐしゃに泣く相棒を見て苦笑するミラージュが、そう宥める
ように諭そうとしたその時、背後から鈍く突き刺さる音がしたのだ。
下からすくい上げて、抉り取るように。
二見の顔に、デジタル記号の光の粒子が飛び散った。ミラージュの胴体を、背後から刺し
貫いた怪物の腕がある。
「……」
全身錆鉄色の、竜のアウターだった。以前セイバーの事件の折、一度は絶体絶命に陥った
睦月との間に割って入った、謎のアウターである。
睦月が、司令室の皆人達が、目を見開いて固まっていた。すぐ目の前で相棒を奪われた二見
は、眼に光を失って硬直している。
竜のアウターは、その貫いた手に一個の光球を握っていた。
デジタル記号の光が帯となって絡まり、何周にも螺旋する金色の光球。そのさまを他なら
ぬミラージュが驚愕の表情で見つめ、振り絞るように呟く。
「そんな……馬鹿な。その権限、まさか……」
直後、ミラージュの頭部が胴体が、まるで糸が切れたように崩れ去った。大量のデジタル
記号の光の粒子となり、静かに霧散してゆく。二見がその一部始終、事細かを目撃させられ
ていた。自らが抱えた腕の中で、瓜二つの親友が消えてゆく。
「カガミン……? カガミーン!!」
そしてその叫びは、睦月の怒りにいよいよ火を点けた。プツンと自分の中で何かが断ち切
られたような気がして、咆哮する。EXリアナイザからホログラム画面を呼び出し、迷う事
なく更なる力を召喚する。
『LION』『TIGER』『CHEETAH』
『LEOPARD』『CAT』『JAGGER』『PUMA』
『TRACE』『ACTIVATED』
「……ッ!」
『KERBEROS』
赤の強化換装・ケルベロスフォーム。全身を赤い装甲と両肩のモフ、鉤爪や排熱の具足で
覆ったその身体は、一瞬にして猛烈な炎を巻き起こした。
プライドが身構え、この竜のアウターを庇うように横移動する。同時に睦月は地面を蹴り、
怒涛の拳を振るい始めた。
「どうして! どうして! どうして!? 二人は解り合えていたのに! 彼には心があっ
たのに!」
「心……? 馬鹿馬鹿しい。あれは所詮、あの繰り手を真似ただけだ。次へと向かうステッ
プに過ぎない」
しかしプライドは、この炎熱纏う連打を易々とかわし続けていた。その上で淡々と、寧ろ
嘲笑うほど冷徹に言ってのける。
「我々は──人間を越える」
「こん……のォッ!!」
はたして何百発。最後に突き出された睦月の拳は、他ならぬ竜のアウターによって受け止
められていた。
熱を孕んでも尚、錆鉄色の分厚い掌に掴み返され、微動だにしない拳。
睦月も抵抗したが、すぐに弾き飛ばされた。尻餅をついてキッと睨み返したその僅かな間
に、プライドは落ちていた自身の“法典”を拾い直し、竜のアウターから先程のデジタル記
号の螺旋纏う光球──ミラージュの核を受け取る。
「目的は果たした。帰るぞ」
すぐさま起き上がって喰らい付こうとする睦月。しかしプライドはそう竜のアウターに促
すように告げたかと思うと、こちらを一瞥して頁を開いた。ゆっくりと片方の掌をかざし、
フォォ……と不穏な風が辺りに過ぎる。
「──禁固刑だ」
するとどうだろう。次の瞬間、睦月を包囲するように何処からともなく黒い角柱が何本も
降り注ぎ、檻のように組み上がった。数拍、しんと音が無くなる。ガンガンッと中で睦月が
暴れている音がした。そしてようやく、炎熱の鉤爪を何度も叩き込んでこれを破壊、脱出で
きたかと思った時には、もうプライドの姿も竜のアウターの姿もなかったのである。
「……畜っ、生ォォォッ!!」
狂ったように、睦月はその場で地面を叩いた。強化された拳は容易にコンクリートの地面
を陥没させる。互いに肩を貸し合って、ようやく隊士達が追いついてきた。しかしもう事は
全て終わってしまっていた。司令室の皆人達も、ただ魂が抜けたようにその場から項垂れて
動かない二見を、沈痛な面持ちで見つめ続けるしかない。




