26-(6) 心という末路(前編)
『抜かった。人間を使ってきたか……!』
インカムの向こうで皆人が吐き捨てている。睦月とミラージュは慌てて、この二見を襲う
配達員を引き剥がしに掛かった。
「がっ、あっ……!」
「フタミンを、離せぇぇッ!!」
誰かに操られているのだろう。この配達員の目には明らかに狂気が宿っていた。駆け出し
た内ミラージュが少し早く辿り着き、二見からこの首を締める手を撥ね退ける。
「ぐぇ……。げほっ、げほっ」
「二見さん!」
「大丈夫だ。それよりも早く外へ! こいつは間違いなく“蝕卓”だ。フタミンを連れて早く!」
引き剥がされても、尚も凶暴に抵抗するこの配達員──洗脳された人間を組み伏せ、駆け
寄ってくる睦月にミラージュは叫んだ。危うく絞め殺されかけ、咽る二見を彼から託され、
睦月はコクッと頷いて窓際へと走り出す。
「逃げますよ。掴まってください!」
えっ──? 二見が返事をするのもそこそこに、睦月は懐からEXリアナイザを取り出し
ていた。ぐんと彼を引っ張って叩き開けた窓から放り出すと、自身も跳びながらホログラム
画面を操作して引き金をひく。
『TRACE』
『GELATIN THE JELLY』
青い光球を纏って変身した守護騎士姿は、身体のあちこちに丸い柔突起を備えた、青を基
調としたものだった。あああああっ!? 六階の高さから飛び降りる格好になって悲鳴を上
げる二見の手を再び掴み、直後全身のその突起から寒天質状の保護膜が押し出される。
「ぬんっ」
「ひっ……!」
そして着地。睦月と二見をまるごと包んだこの寒天質のバリアは、二人の着地の衝撃を十
二分に吸収してくれた。怒涛の展開に二見が涙目になっている。役目を果たした寒天質が再
び全身の突起の中に吸い込まれて消えてゆく。
するとちょうど、同じく窓からミラージュが飛び降りて合流してきた。姿は二見と瓜二つ
であるものの、伊達にアウターではないらしい。
「っと、逃がさねえぜ」
「いひひ。久しぶりー。ねぇねぇ、食べていい?」
しかし裏手から逃げると踏んでいたのか、待ち構えている者達がいた。
柄の悪そうなチンピラ風の男と、丸太のような肥満の巨漢。グリードとグラトニー、以前
H&D社の生産プラントでも出くわした、上級アウターのコンビである。
「駄目だ。お前達はもういい。通常のルーティンに戻っていろ。……私がやる」
加えてそこには、彼ら以外にももう一人別のアウターが立っていた。
一応は人型だが、頭部を覆うのは不気味な一つ目の銀仮面。濃白の滑らかなショールを羽
織ったその佇まいは何処ぞやの紳士風にも見える。何よりその手には銀縁で装飾された分厚
い本を持っており、言いながら開いた頁がぱらぱらと捲れていた。
「へいへい。ったく、相変わらず人遣いが荒ぇなあ」
「えー。あいつ美味しいのにィ」
「駄目だって。お前、処刑されてぇのかよ」
仮面のアウターがゆっくりと前に出るのと同時に、グリードとグラトニーが引き揚げてゆ
くのが見えた。
だが、睦月達に彼らを追っている暇はない。理由もない。ただギリッと、この立ちはだか
る第三の上級アウターと相対するので精一杯だ。
「くっ。こうなったら……」
先に動いたのは睦月だった。二見とミラージュを庇うように立ち、近付いて来るこの仮面
のアウターに向かってシュートモードの銃口を向けようとする。しかし。
「──おわっ!?」
直後、ミラージュが後ろから押し倒してきたのだ。そしてそのすぐ一刹那、ちょうど睦月
の首があった所に何かがギィンッ! と鋭い刃物の音を立てるのを聞く。
「駄目だ! あいつに武器を向けるんじゃない! あれがプライドの能力だ。あいつに危害
を加えようものなら、すぐに“処刑”されちまうぞ!」
ミラージュは慌てて庇ってくれたのだった。プライド。ハッとなって先程まで立っていた
空間を見遣るが、何も見えない。それだけ一瞬で発動し、消える凶器という事なのか。
「……ありがとう。助かった」
『こちらからもよく見えなかった。何か刃物──ギロチンのようなものが急に現れたような
気がするが……』
ミラージュに手を引っ張って起こされ、インカム越しの皆人も今し方の映像に眉を顰めて
呟いている。起き上がり、睦月とミラージュ、二見はじりじりっと後退していた。仮面のア
ウターことプライドが、その間もじりじりと近付きながら手の中の本を捲っている。
「守護騎士!」
「ご無事ですか!」
そして異変を察知した表の隊士達が、それぞれのコンシェルを伴って加勢に来る。
だがそんな味方も、プライドの前には無力だった。一見にして敵だと理解し襲い掛かろう
としたこのコンシェル達を、瞬く間に空中から現れたギロチンが刎ねていったのである。
「な、何!?」
「俺の、相棒が……」
『まともに戦うな! そいつも幹部の一人だ! 今は二人を逃がす事だけを考えろ!』
呆然とする隊士達。そこへ二度見、改めてその強さを理解した皆人の叫びが飛ぶ。
悔しいが、この場では防戦一方にならざるを得なかった。隊士達と睦月で壁を作り、二見
とミラージュを逃がす。プライドの歩いてくる方角とは逆の路地に入って逃げ出した。それ
でも尚、プライドは悠然とした歩みを崩さずに追ってくる。
「私から逃げられると思うか? データを寄越せ」
「い、嫌だ! おいらはもう、人を傷つけたくない!」
「もう放っておいてくれよお! 俺達はただ、のんびり楽しく暮らしたいだけなんだ!」
「……」
睦月達は散開し、路地裏の物陰に隠れた。時間稼ぎにしかならない事は分かっていたが、
少しでも向こうがハズレの面子を選んでくれることを信じて。
「拙いな……。このままじゃ振り切れない」
「まさか、本人自らやって来るとは思わなかったよ……」
『ど、どうしましょう? まだ近くに反応があります。探してますよ?』
「……。佐原、フタミン」
「?」「な、何?」
「おいらに……考えがある」
また一グループ、また一グループとハズレの面子を倒しながら、プライドは人気の乏しい
裏路地を歩いていた。
どうっとボロ雑巾になって倒れる隊士達を一顧だにせず、踵を返して辺りを見渡す。少し
面倒になってきた。こんな事なら少数でも兵を連れてくるべきだったか。いや、向こう側に
守護騎士がついている以上、徒に個体を減らすだけだろう。先日も随分と可愛がられた。警
戒するに越した事はない。
「た、隊長……」
「早く……」
倒れている隊士達はもう動けなかったが、何やら呟いていた。
ふん。プライドは一瞥して見下ろし、鼻で哂う。隊長。確かジャンキーを倒したというこ
の者達のリーダー格か。はっきり言って興味はないが、来られると面倒だ。その前にさっさ
とミラージュから守護騎士関連のデータを回収してしまおう。
(何処にいる……?)
銀仮面の一つ目が、ギロリと殺風景な路地裏を睥睨する。
こそこそ隠れ続けられると思うな。同胞の気配など感覚を集中させればすぐに分かる。
「ほう? そこにいたか」
そして暫く立ち、ゆっくりと振り向いた先。
そこには別の路地裏に入ろうとする守護騎士の後ろ姿があった。目的の者ではないが、まぁ
いいだろう。パラリと左手の“法典”を開き、能力を発動する。
「──斬首だ」
ザン。次の瞬間、その首目掛け、中空から召喚された半透明のギロチンがこれを刎ねる。
呆気なく吹き飛んでいった。ぐらりと、やや遅れて胴体の方が灰色の地面に膝をつく。
「む……?」
しかし、すぐに違和感に気付いた。膝をついた胴体が砕ける硝子状の光を纏ったかと思う
と、そこには首を失った怪人態のミラージュが座っていた。プライドは微かに眉を顰める。
この猿真似が。同じコンシェルを起源とする力である事を利用し、見誤らせたか。
「へ、へへ……。これで、いい……」
その直後である。
おおおおおおおッ!! パワードスーツの下に涙を隠し、頭上から必殺の一閃を打ち下ろ
す睦月の──本物の守護騎士が襲い掛かってきたのは。




