1-(1) 何時もの朝
「──……んぅ」
聞き慣れた目覚ましの音が、睦月をまどろみの中から揺り起こした。
被っていた布団からもそっと顔を出し、枕元に置いていた掌サイズの端末──デバイスに
手を伸ばす。カーテン越しに朝日が差し込み始めているようだった。閉め切っていたのに目
が効く。
「……コマンド。現在時刻」
『六時、二十五分、デス』
まだぼうっとする頭で画面をタップしてデバイスを起動し、そう命じる。すると数拍も経
たずに機械的な音声が返ってくる。
音声認識。聞いた話では“旧時代”の頃にはこの技術自体中々珍しいものだったらしい。
寝惚け眼を擦って起き上がる。技術の進歩とはかくあるものか。今やデバイスは国民一人
に一つはあるのが当たり前になっており、大抵の情報はこうして音声入力ですぐに参照する
事が出来る。
特にこのデバイスを統括的に動作させる為のAIプログラム──通称『コンシェル』は、
少なからぬ人々にとってその良きパートナー、或いは家族のような関係だ。
画面の中の存在とはいえ、その外見は自由にカスタマイズ出来るし、使い込めば使い込む
ほど自分にぴったりの性質・傾向を備える。自然と愛着も沸こうというものだ。
……尤も睦月自身は、そういったカスタマイズ性を楽しみはせず、使い勝手の良い汎用型
のコンシェルを使っているのだが。
(そろそろ、起きなきゃ……)
ある程度布団を整えて折り畳み、睦月はベッドから降りた。これも慣れたようにクローゼ
ットから学園の制服を取り出し、手早く身支度をする。
机の上に置いていた鞄を片手に、階下に降りる。こちらもブラインドの隙間から朝日が眩
しく漏れ注いでいた。
一旦鞄を台所の椅子に置いておき、先ずは洗顔と歯磨き、トイレを。
そうして眠気もスッキリした所でさてとと、睦月は同じく椅子に引っ掛けてあった水色の
エプロンを付けながら、今日もまた台所に立つ。
「ご飯は……うん。炊けてる」
「弁当箱、おかず、オッケー」
これが彼のいつもの日常、朝の風景だった。
予約した炊飯器から炊き立ての米がふんわりいい匂いを立てるのを確認しつつ、返す足で
冷蔵庫を開けると幾つかのタッパーやラップを被せた皿を取り出して朝日差し込むテーブル
の上に仮置きする。
どれも昨夜、下ごしらえしたおかずばかりだ。
後は自然解凍させながら弁当箱にご飯を詰めて、これらを三人分、丁寧に慣れた手つきで
盛り付けていく。
『おはよう~、むー君』
そんな最中だった。ふと玄関のチャイムとインターホンが鳴り、ほんわかと優しい、聞き
慣れた少女の声が聞こえて来る。
『……』
制服姿の、楚々とした感じの少女が覗き込んでいた。
青野海沙。
睦月のお隣さんで、幼い頃から家族同然に暮らしてきた幼馴染の一人だ。
肩甲骨辺りまでサラリと伸びた長髪が、飾らずも美しい。
手拭で水分を拭いながら、睦月は画面越しに、これまた何時ものように微笑み掛ける。
「おはよう、海沙。入って。こっちはもうすぐ終わるよ」
『うん。お邪魔しま~す……』
睦月が自分と、彼女達のお弁当を作り、海沙が朝食を作る。これが佐原家の長年続いてき
た朝の風景だった。
一応インターホン越しに挨拶をして、すぐに海沙が合鍵を使って家の中に入ってくる。改
めて「おはよう」と交わすと彼女もまたエプロンを借りてコンロの前に立ち、慣れた感じで
ハムエッグとトースト、コーヒーを二人分淹れてくれる。
お弁当も作り終え、三人分の袋にそれぞれ収め終れば朝食だ。テーブルを挟んで睦月と海
沙は、他愛もない雑談をしながらしっかりとこれをお腹の中に収め、口をゆすいで手早く洗
い物済ませると戸締りを確認してから家を出る。
「あら、おはよう。睦月君、海沙ちゃん」
「おはようございます」
「おはようございます。おばさま」
すると道向かいの軒先で、一人掃き掃除をしていた中年女性がこちらを認めてにっこりと
微笑んでくれた。睦月も海沙も、返すその笑顔と挨拶を忘れない。
睦月の佐原家と、お隣さんの青野家。更にこの道向かいの天ヶ洲家。
シングルマザーで多忙な睦月の母に代わって、両家は睦月がその幼い頃から何かと世話を
焼いていくれていた。
海沙の両親は街の市役所職員、天ヶ洲家は「ばーりとぅ堂」という定食屋を営んでいる。
諸々の手続きや、日々の食事。睦月はこれまで何度も彼女達に助けられてきた。今ではす
っかりこなれた料理も、元はこの天ヶ洲──輝・翔子夫妻から習ったものである。
「お? よう、おはようさん。今日も仲睦まじいねえ」
「~~っ」
「……おはようございます、輝さん。あの、宙は?」
「ああ。あいつなら多分まだ寝てるんじゃねぇか? 毎度すまねぇな。おい、母さん。そっ
ちは俺がやっとくから、宙を起こして来てくれねぇか?」
「はいはい。ホント、ぐーたらな娘でごめんね……?」
いえいえ……。途中で家──店の中から顔を出してきた輝に訊ねられ答え、睦月達が見送
る中、翔子は掃き掃除を夫にバトンタッチすると家の中へ戻って行った。
ばたばた。暫くして、何度か中で慌しい物音。彼女ともう一人、少女が何やらあーだこー
だと言い合っているのが漏れ聞こえていた。
「うわっとっと……。ごめーん、遅くなっちゃった! あ。朝ご飯ある?」
ややあって店の引き戸がガラッと開く。すると中から、海沙と同じく女子用の制服に身を
包んだミドルショートの少女が転がるようにして飛び出して来た。
天ヶ洲宙。
睦月のもう一人の幼馴染で、海沙の親友。彼女とは対照的に大雑把で快活な少女だ。
「おはよう。大丈夫、あるよ。おにぎりにしておいたから、行きながら食べなよ」
「やっほーい! 流石はあたしのソウルメイト!」
「も、もう。ソラちゃんったら……」
「はは。まぁもう慣れたというか、これが宙だしね」
もきゅもきゅ。ふりかけたっぷり塩加減絶妙なラップで包んだおにぎりを、宙は妙にキラ
キラしながら頬張り出す。
気をつけてな~。
輝と、再び出てきた翔子が自分達に手を振ってくれる。
睦月たち制服姿の幼馴染三人組は、そうして今日も元気に学園に向かって歩き出した。




