26-(4) 想い難(むずか)し
『そうか。天ヶ洲と青野が……』
それは先日、睦月達がミラージュと二見を誘き寄せる為に動いていた頃。
事が済んだ後、司令室の皆人は國子と仁から報告を受けていた。思っていた通り、彼女達
が動いたのだ。
『はい。睦月さんが一人になるのを待っているようでした』
『こっちもだ。お前や佐原が一緒でなきゃ、ボロを出すと踏んだらしい。……すまん』
二人からの報告によると、宙と海沙がそれぞれに一対一の状況下で自分達の活動について
詰問してきたらしい。國子は睦月を追おうとしていた海沙の前に割って入ったことで、仁は
電脳研の部室で宙と二人になったタイミングで。
淡々と、ばつの悪さと。
先刻あった出来事をありのままに告げる國子とは対照的に、仁は事の深入りを招いてしま
った自身の弱さを悔いているようだった。
気にするな。すっぱりと皆人は言い切る。彼女達の不信感に火を点けてしまったのは、先
日のアウター暴走の一件だ。……いや、元を辿ればアウターや対策チームの存在をこれまで
隠し続けてきた自分達に原因がある。
『起こった事を悔いても仕方ない。大事なのはこれからどうするかだ』
一対一の構図に持ち込んだからか、これまでにないほど強く直截的な言葉で詰め寄ってき
たという二人。リスクを伴うと分かっていながらリモートのスイッチを押したのは、國子が
それだけ今回の事態が深刻だと判断したからだろう。皆人も司令室司令官として、彼女の主
として、その判断は仕方なかったと考える。
『それで、その後二人は?』
『青野さんは保健室に、天ヶ洲さんは電脳研の皆が部室に寝かせました。二人とも保健室で
目覚めさせると、また要らぬ勘繰りを誘発すると思いましたので』
『妥当だな。まぁもう遅いとは思うが』
『本当、参ったぜ。あそこで海沙さんの名前を出されちまうとな……』
傍らでこの報告を聞いていた香月が問う。國子はちらっと目を遣り、淡々と答えた。皆人
は小さく首肯していたが、一方で仁は大分精神的にやられてしまったようである。くしゃっ
と片手で頭を抱え、心底心苦しい表情をみせている。
『……出来る事なら、もう直接リモートで宙ちゃんや海沙ちゃんをダウンさせるのは止めた
方がいいわ。以前にも話したと思うけれど、リモート・コンシェルの能力はあくまで記憶を
“妨げる”のであって、完全に“消して”しまうものではないの。脳内のシグナルを阻害し
て、思い出させないようにするのが精一杯なのよ』
加えて、香月も申し訳なさそうに、後ろめたそうに言った。なまじ自身もよく知っている
少女達がターゲットになっているのだから、当然と言えば当然だが。
『シグナルのパターンはそれこそ無数にあるわ。私達の技術はあくまでその内、どの回路を
通って対象の記憶が呼び出されているのかを分析し、遮断壁を作るだけなの。揉み消したい
記憶が増えれば増えるほど、その回路を経由する他の記憶にも影響が出るわ。何より下手に
弄り続ければ、最悪脳自体が壊れてしまう危険性だってある……』
『……』
親しい身内への操作、科学者としての限界。
香月や萬波班長以下研究部門の面々は、そう申し訳なさそうに眉を伏せていた。皆人達も
そんな彼女らに、これ以上の負荷を要求する訳にはいかない。
『いつぞやの、クリスタル・アウターのような能力を再現できればいいのですけど』
『そうね。もっとピンポイントに、特定の記憶だけを取り出せればターゲットへの負担も格
段に減るわ。尤も、記憶なんていう電子的なものをどうやって固体として抽出するのか、私
には見当もつかないけど』
『それに、どのみち他者の想いに手を加えることには変わりないからね』
『……そうッスね』
國子がふと、以前戦ったアウターの特殊能力を思い出す。
あれがこちらのサポート・コンシェル達にも導入できれば或いは……。しかしそれは香月
の頭脳で以ってしても中々難しいようだ。加えて萬波の、ふいっと優しく宥めるような言葉
が紡がれ、仁や皆人が思わずその唇を結ぶ。
『……そろそろ、限界かもしれないな。もしまた同じような事が起きれば、大江達の時のよ
うに、こちらへ引き入れることも選択肢に入れなければならないかもしれない』
『でもよお。それは、佐原が』
『ああ。ギリギリまで反対するだろうな。あいつは自分の身を挺してでも、二人を巻き込む
まいとするだろう』
長い沈黙の後、皆人が言った。それはかねてより誰もが思い浮かべていたが、他ならぬ睦
月の強い意思によってこれまで封じられてきたものだ。
『だろうな。俺だって、海沙さんを巻き込むのは……』
『それでも必要に迫られたら、という認識で宜しいのですね?』
『ああ。状況が状況だからな』
大きく嘆息をつく仁と、ぐっと何かを呑み込むようにして確認する國子。香月や萬波以下
場の面々が、総じて不安そうな面持ちをしながら、この司令官の言葉を待った。
『……だがまだだ。睦月には、もう少し黙っておこう』




