26-(1) 廃ビルの戦い
『アウターの反応を多数確認! そちらから北北西に約十二キロ──西大場方面です!』
自分達を密かに覗いていた二人組──ミラージュ・アウターとその召喚主・二見を捕らえ
ることに成功した睦月達の下に届いたのは、司令室からの緊急連絡だった。
インカム越しに、慌てた職員の叫びが聞こえる。場の空気は一瞬にして張り詰めていた。
西大場……? 確か開発の波に取り残された、街の外郭地区だ。
「な、何だあ?」
「……どうやら、のんびり尋問している暇はなさそうだね」
「近くに他の隊士はいないのか?」
『い、いえ。待機中のメンバーに連絡は取っていますが、それでも到着には時間が掛かって
しまうと思われます』
「まぁ、外れも外れだしな」
「というか、何でそんな所に……?」
ミラージュや二見を含め、一同がめいめいに戸惑い、眉根を寄せ、或いは何故そんな郊外
の場所にアウターが現れたのか、頭に疑問符を浮かべる。
「とにかく行かなきゃ。冴島さん。二人のこと、お願いします」
そんな中で真っ先に動いたのは、睦月だった。司令室から現場へのルートを示す地図デー
タを送って貰い、一人既に駆け出そうとしている。ああ、分かった。冴島が答えるや否や、
睦月は腰のホルダーからEXリアナイザを取り出し、ホログラム画面から七体のサポートコ
ンシェル達を選択する。
『HAWK』『EAGLE』『PEACOCK』
『FALCON』『SWALLOW』『PECKER』『OWL』
『ACTIVATED』
『GARUDA』
七つに分裂した白い光球が、守護騎士姿の睦月に旋回しながら次々と降り注ぎ、その姿を
変じさせた。
左右の反りが刃のようになった主装の弓と、機械の翼。白を基調としたパワードスーツ。
ガルーダフォームに換装した睦月は、その足で地面を蹴り、高く上空へと浮き上がった。
皆が見上げる中、瞬く間に加速して遠く見えなくなってしまう。
「……」
「い、行っちゃった」
「はは。すまないね。ああいう子なんだよ、彼は」
パワードスーツ内の視界に転送された地図データを頼りに、睦月は猛スピードで現場へと
向かった。
暫くして、寂れた市街区域の一角に、元々は団地だったと思しき数棟の廃ビル群が見えて
くる。ぎゅっと目を細め「パンドラ、反応は?」と問う。『あそこです! 通りから二つ目
の五階──窓際!』感知能力をフル稼働して、パンドラが叫ぶ。
現場の状況を見て、睦月は驚いた。多数のサーヴァント・アウターが、スーツ姿の男達を
今まさに追い詰めようとしていたのだ。
しかも、その中には見覚えのある顔がある。刑事の筧と由良だ。
思わず一瞬、睦月は躊躇いを覚えていた。頭の片隅でこのままかち合っては拙いという声
が聞こえる。だが一度はこちらで記憶を改竄したことと──何より今、危険に晒されている
人達を見捨ててはおけないと、睦月は加速をつけたまま彼らの下へ、ひび割れた窓ガラスを
ぶち破って突入する。
「うわっ!?」
「な、何──」
殆ど思わず、反射的に身を屈めた刑事達。だが睦月はそんな彼らには構わず、真っ先にこ
れとサーヴァント達の間に割って入るように滑り込みながら着地した。ギギ……ッ! 邪魔
者が来たと言わんばかりにめいめいが五指の銃口を向けようとする。それを睦月は掌から生
み出した突風でもって防ぎ、彼らを守った。余韻で四散する風を浴びながら、筧以下一同が
唖然としている。
「……誰だ?」
「もしかして……。守護騎士……?」
刑事達の困惑の声が聞こえる。だが睦月は背中でそれら呟きを聞きながらも、悠長に振り
返っている暇はなかった。肩越しに彼らの無事を確認する。パワードスーツの両眼が淡い金
色に光った。漏らす筧と、何故か妙に身構えて唇を結ぶ、由良の姿が視界に映る。
「大丈夫ですか? ここは任せて、逃げてください」
身バレの心配云々などは、もう優先順位としては二の次だった。
とにかく刑事さん達を安全な場所に逃がさなければ……。話し掛けられて更に驚く彼らに
半ば構うことなく、睦月はEXリアナイザを操作していた。横水平に向けた銃口、光球から
二体のサポートコンシェル達を呼び出す。
『SUMMON』
『SPINE THE ROSE』
『HOP THE RABBIT』
緑色の光球から現れたのは、薔薇をモチーフにしたコンシェルだった。
黄色の光球から現れたのは、兎をモチーフにしたコンシェルだった。
ひっ……!? 刑事達はその異形に驚いたが、すぐにこちらに害意がなさそうだと知る。
加えてこの二体は、睦月の「刑事さん達をお願い」との命令にコクリと頷き、それぞれに自
身から伸ばした蔓で彼らをしっかり結んで地上へと降ろし始めたり、その跳躍力でもって階
下壁の出っ張りから出っ張りへと飛び移っては地上に届け、また戻って来るを繰り返したり
し始めたのだ。
どうやら、助かったらしい。
刑事達は目の前の光景に訳が分からないながらも、少なくとも自分達に助けが来たのだと
は理解した。最初こそ二体の人外な外見に怯えてはいたものの、避難させてくれていると分
かってからは大人しくその身を委ねていた。
(どういう事だ……? 今度は怪物同士で潰し合うってのか……?)
最後に由良と、もう一人の刑事が階下の外へと消えてゆく。それを視界の端で確認しなが
ら、睦月は迫ってくるサーヴァント達に弓撃を食らわせていた。
如何せん敵の数が多過ぎる。一気に片付けてしまいたい所だが……。
「──」
片手でEXリアナイザを持ち上げて、しかしその手が一度止まる。
睦月はこの強化換装、ストームとの戦いの時を思い出していた。あの技は拙い。こんな狭
い場所で放ったら、このビルどころか逃がしている途中の彼らまで巻き込んでしまう。
『ELEMENT』
『RAPID THE PECKER』
「チャージ!」
『MAXIMUM』
なので、選択したのはサポートコンシェルの内の一体。銃口から飛び出した白い光球が弓
へと吸い込まれ、その全体を繰り返し明滅させていた。
エネルギーの弦を引き絞り、ギリギリまでサーヴァント達を引きつける。ギギ、ギギッ!
その全てが近から中距離へと集まってきたのを見計らい、睦月はその手を離す。
瞬間、無数の風の矢が散弾銃の如く放たれ、サーヴァント達を一掃した。目にも留まらぬ
怒涛の連射が叩き込まれ、その異形の身体は同時多発的に爆発四散する。
「……ふう」
ぐるりと、倒しこぼしが無いことを確認し、睦月はようやく安堵のため息をついた。
一方で、そんな一部始終を──役目を終えてデジタルの光に包まれて消えていった二体の
コンシェル達と、頭上廃ビル屋内から溢れた爆風を見上げ、唖然としている筧達がいる。




