25-(7) 異形の巣
筧と由良が現場に到着した時には、日は既に暮れかけていた。
場所は飛鳥崎西の郊外にぽつんと佇む廃ビル群。元々はマンションとして建設されたもの
だったらしいが、結局想定よりも入居者が確保できずに売り物件になってしまったという。
……というよりも、この西大場以北一帯が既に打ち捨てられたような場所だ。日夜開発と
集約が進む集積都市において、費用対効果などの観点から優先順位を後回しにされた地域は
ゆっくりと、そして確実に衰退していく。実際、現在ここに住んでいる者は以前からの住民
だけで、若者などは競うように中心街へと出て行ってしまった。街の影の部分が、ここには
在る。
「待ってましたよ。兵さん」
「すまん、遅くなった。……あれか?」
「ええ。B棟の五階です。住民が瀬古らしき人物の出入りを目撃していました」
先に連絡をくれた、ノンキャリ組の同僚達と合流し、筧らは慎重にこの廃ビルの一角へと
侵入を試みる。事前に調べた行動パターンから、まだもう暫くは出掛けたままの筈だ。
「……こりゃあ酷ぇな」
手入れも皆無になって、剥き出しのタイルになった五階フロアを歩く。
痛んで壊れてしまったのか、部屋同士を結ぶ壁などは至る所で崩れ、風穴が空いていた。
窓ガラスも割れて吹き曝しになっており、お世辞にもしっかりと雨風を凌げる隠れ家とは言
えそうにない。
「カップ麺の空にコンビニ弁当……まだ新しいのもあるな」
ゆっくりと各部屋──だったものを調べてゆき、筧らはやがて奥向かいの一室に着いた。
踏み込んでみると中には乱雑にゴミが散らばっており、眉間に皺を寄せながらも手に取って
確認すると、まだ比較的新しい飲み食いの痕跡を見つけることができた。
「間違いない。ここが瀬古の潜伏先だ」
「こんな所に隠れてやがったのか。確かに、郊外の廃棄区までは初動じゃ見てなかった」
仲間の刑事達が、忌々しく呟いている。何よりも自分達の捜査の甘さを悔いていた。
しかし……その一方で筧はただじっと黙って辺りを見渡していた。時折風に揺られて転が
る汚れた容器や空き缶を無視したまま、その視線はこの廃墟から見える外の景色に向けられ
ている。
「どうかしましたか、兵さん?」
「ん? ああ。これで確定したなと思ってな。……瀬古勇には支援者がいる。この隠れ家を
用意し、物資を与えていた。一介の素人、高校生単独でこんな逃亡生活を続けて尚且つ俺達
に見つからないとは考え難い」
ドクン。ちらりと肩越しに見遣っただけで言い切った筧の言葉に、由良の心臓が鳴った。
瀬古勇の支援者。
何故かこの時、由良の脳裏には以前筧が話していた“内通者”の件が過ぎっていて……。
「!? おい、誰かいるぞ!」
だが、そんな時だった。はたと仲間の刑事達の一人がいつの間にか迫っていた気配に気付
き、一同に呼び掛ける。
筧も由良も、そして残りの刑事達も一斉に振り返って身構えた。瀬古か? 相手が相手で
ある。懐に隠したホルスター、拳銃へと密かに手を掛ける。
『──ァァァ』
しかしそこに現れたのは、一同が予想していた者とはまるで違っていた。
瀬古勇じゃない。いや、そもそも一人じゃないし、人間ですらない。
異形だった。片目だけを空けた鉄仮面で顔面を覆い、蛇腹の配管を胴に巻きつけた人型。
されど自分達人間と共通しているのはその二足歩行というだけで、ゆらゆらと身体を左右に
揺らしながら歩いてくる姿は差し詰め、ホラー映画に出てくるゾンビのようだ。
「なっ……何だありゃあ!?」
「知るかよ。こっちが聞きてぇよ」
銃を抜いてはみたものの、同僚刑事達はすっかり気が動転していた。流石のプロも人外を
相手にした経験などない。
ちっ。筧はそう悪態をつきながら、この階の奥、まるで深淵のような暗がりから湧いてく
るこの異形達を見ていた。やや斜め前方の由良も、同様に引き攣った表情で固まっている。
(……拙いな。これは)
群れを成し、瀬古勇を追う筧達の前に現れた異形達。
それは他ならぬ、電脳の量産型怪人──サーヴァント・アウターだった。




