25-(3) 答えないなら
いつもの一時。いつもの昼休み。
だがそんな「日常」の一齣も、今や睦月達にとっては内心穏やかではない。いつものよう
に皆で学園内の中庭に集まり、新生電脳研のあれこれ以来同席するようになった仁も加え、
持ち寄った弁当を囲んで「いただきます」の合掌。
『……』
しかし、いざ食事中になると明らかに話題が弾まなくなった。睦月や仁、誰かが居た堪れ
ないと何かしら軽く話を振ってみるも、海沙や宙の反応は単独で短い。皆人と國子に至って
は元々不必要に喋らない所があるため、基本的に様子を観察するような立場を貫いている。
(重い……)
(ああ。これってあれだよなあ。キレてますよ、だよなあ)
もきゅもきゅ。弁当ないし惣菜パンを咀嚼しながらひそひそと。
睦月は苦々しい様子で密かに眉を顰め、囁いている。隣に座る仁も同様だ。一見する限り
きちんと皆で揃って昼食を摂っている点は変わらないのだが、如何せん彼女ら幼馴染ズから
発せられる無言の圧力はじわじわとこちらの精神力を削ってゆく感じがする。
「んー、今日も美味しい♪」
「ありがと。でも、お礼ならむー君にね?」
一見して穏やかに、物静かに。
だがそう睦月の名前が出てちらっと二人が向けてくる視線は、間違いなく「探る」ような
それだ。ごくりと息を呑み、当の睦月はただぎこちなく苦笑いをするしかなかった。上っ面
の台詞など殆ど頭に入ってこず、思考はさっきからずっと彼女達の内心を量ろう量ろうとす
るばかりである。
……やはり、怪しまれている。
そう感じているのは、どうやら皆人や國子も同じらしい。困ったように横目を遣った睦月
に、スッと目を細めて肯定のサインを出している。
いっそ訊ねてきてくれ……。正直そう思うくらいだった。そもそもの原因が自分達にある
とはいえ、こうもあくまで平静を装ってこられると、ジクジクと罪悪感が刺激されてしまっ
て敵わない。
(心理戦、なのかなあ。僕達がずっとはぐらかしてきたから……)
大方、宙が海沙を見かねて提案し出したのだろう。押して駄目なら引いてみる。そんな具
合にこちらが折れるのを待つと言った所か。或いはこれは様子見で、また自分達を問い詰め
る頃合を窺っているのかもしれない。
どうしたものか。睦月はちらっと仁、皆人達と目配せをし合い、対応を請うた。彼女達が
探りを入れてきているのに無防備であっては拙い。とにかく、この妙な空気だけでも何とか
しないと……。
「え、えっとさ──」
「ねえ、知ってる? この前の万世通りの事件、セイバーって人が原因だったんだって」
しかしである。睦月が話題を振って二人を逸らそうとした瞬間、宙が先に被せるように言
った。もぐもぐとご飯を咀嚼し、口の止まった睦月を一瞥して、気持ち一呼吸置いてから目
を瞬く海沙の隣で続ける。
「せいばー?」
「うん。あれだよ、いわゆる義賊。以前からネットでは有名でさー。自分のサイトに集まっ
た依頼を受けて色んな“悪人”を成敗して回ってた奴なのよ」
睦月や仁は、思わずビクンと身を強張らせて悲鳴を上げそうになった。宙はあくまで本当
に知らなさそうな海沙に教える形で話しているが、この場所このタイミングで振ってくると
いうことは明らかにこちらへの揺さぶりである。
「……その人が、あの無差別テロを?」
「あー、違う違う。そっちの犯人は別物。セイバーはそいつと戦ってやっつけたんだって。
ぼやけてるけど画像も出回ってるよ。頭が二つの犬を真っ二つにしてるって奴でさー。あの
日のも、その後出たっていう残党も、そいつが倒したんだぞって記事」
でもねえ……。宙はもきゅっと、一旦咀嚼する口と手を止めて言葉を区切った。ごくりと
睦月や仁が、そんな彼女達の様子を固唾を呑んで見守っている。
「どうも怪しいのよ。最初は守護騎士だって言われてたのに、気付いたらこの記事で皆右へ
倣えでセイバー叩き。加えて当の名乗ってた本人は誰かに殺されたっていうじゃない。……
おかしくない? 怪物を倒せるような自称ヒーローが、ポッと出のモブにやられちゃうモン?
っていうか、大体怪物って何よ」
「い、今更……。ソラちゃんも言ってたじゃない。飛鳥崎の都市伝説だって。先端技術の集
まる集積都市なんだから、私達の常識じゃあ考えられないものが生まれててもおかしくない
って」
「そうなんだけどねえ。何て言うか、萎えるっていうかさ? こう実際にリアルで人がばっ
たばった死ぬような事件が起きちゃうと、都市伝説として楽しむ所じゃなくない? もしか
したら悪の科学者が暴れてるー、なんてパターンなのかもしれないけど、そういう空想の世
界は、自分が安全圏にいるからこそできるものじゃん?」
はあ。いつもと違って、宙の主張は妙に整然としていた。尤も、基本的に情に寄った思考
経路ではあったが。巷説にただ無邪気にロマンを感じていた頃の彼女からは想像もつかない
突っ込みだ。
「本当、どうなってんだか……。ねぇ睦月。パンドラと一緒にあちこち行ってるんなら何か
知らない?」
「えっ……? あ、ううん。さあ? そ、そもそも怪物なんて本当にいるのかなあ。何て」
だからこそ、急に振られ意見を求められた睦月は正直大層慌てた。仁はサァッと青褪め、
皆人も深く眉間に皺を寄せている。
……やっぱり、勘付いてる。
努めて苦笑いを返しながら、睦月は直感していた。宙は、宙と海沙はやはり自分達に疑い
の目を向けている。仁のいるこの場でパンドラの話を持ち出してきたことからも、とうに彼
もグルだとの目測を持っているようだ。
「そうだな。青野も今言ったが、この街は特殊だからな。何かが水面下で開発されていても
不思議じゃない。確かにこうも事件になるのは御免被るが……。だが基本、俺達には関係の
ないことだろう? 俺達市民にしてみれば、成果物さえ安全に受け取れればそれでいい」
「うーん。そんなものかねえ? っていうか、御曹司のあんたがそれを言う?」
そんなキラーパスを、冷や汗ギリギリの所で捌いたのは皆人だった。相手の愚痴りを認め
つつも、その問題をさも大きくないかのように取り扱う。事実表面上は、宙もそう新たに突
っ込みを入れながら笑っていた。
「いや、三条が言うからこそ、なんだろ。もし本当にマジでやばいってんなら、とうに街の
お偉いさんらは逃げてるだろうしな」
「……皆人様はそのような方ではありません」
「あー、分かってるって。そ、そんな怖い顔しないでくれよお」
主を非難されたと受け取ったのか、じとっと國子が睨み付けてくる。そんな視線に仁が堪
らずわたわたと両手をかざして弁明する。
あはははは。睦月が、そして海沙が弁当を手に膝に笑っていた。内心睦月は、そんな仲間
達のフォローに感謝していた。半分は本当だし、半分は方便。二人のことを含めて、自分達
はこの街の人々を守る為に戦っている……。
「……」
しかしその一方で、宙はふと皆が気付かぬ内に真顔に戻り、もきゅっと添え物のレタスを
齧っていた。ちらと横目で見遣った海沙も、苦笑いを残しながら、彼女の向けてきたその視
線の意味を理解している。
『あいつらがあたし達を思って、巻き込みたくないって理由で隠してるのは分かってる』
『うん。でも、私はちゃんと話して欲しい。仲間だもん。力になりたい』
それはトレードの一件からセイバー、由良との出会いを経て、二人の間で内々に交わされ
たチャット内容。彼女達なりに配慮を重ね、吐き出し合ったお互いの素直な気持ちの記録。
『やっぱ、真正面からぶつかっても話してはくれないと思うな。あいつらスクラム組んでる
もん。それとなく訊いてみたって、今まで通りはぐらかされるだけだよ』
『うん……』
ポン。左右からフキダシマークで二人の会話がログになってゆく。こっそり授業中、帰宅
後、自分達の部屋に戻ってからのやり取り。
二人の思いは同じだった。仲間外れにして欲しくなかった。ただその意思表示が、互いの
性格故に対照的になりがちというだけだ。宙のアイコン──デフォルメされたMr.カノン
が、ついっと新しいメッセージを表示させる。
『攻め方を変えてみよっか。任せておいて』
『一対一に持ち込むの』




