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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-25.Friends/弱過ぎた密命者
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25-(2) 埋め直すこと

 あの日、瀬古勇は爆風と土煙の中、現場から消えた。

 筧と由良は玄武台高校ブダイに来ていた。事件からはもう一ヶ月はゆうに経っている筈なのだが、

崩壊した校舎の風景は痛々しい。犠牲になった生徒や教員達、解任された校長など多くの

ものを失って、同校は今建て替え工事の真っ最中である。

「瀬古勇が現れたのは……ちょうどここから見て左奥。南西の方角だ」

「正門方面は自分達が固めていましたから、逃げるとすれば西半分のいずれかという事にな

りますね」

 玄武台ブダイの敷地は、東西のラインに交差するように建っていた。当時筧ら当局の面々が張り

込んでいたことを考えると、瀬古勇の逃走ルートは街の西を突っ切るか、街の北部に紛れる

かのどちらかだと言ってよい。

 二人は改めて、この飛鳥崎を覆う不可解事件らを見つめ直すことにした。その糸口として

先ず目を付けたのが、彼らが実際に守護騎士ヴァンガードらしき人影を目撃したここ玄武台高校だったの

である。

 正門を潜ってすぐの所にぼうっと立ち、二人は互いに確認を取り合っていた。筧は記憶を

頼りに辺りの景色をつぶさに観察する。由良はデバイスで地図アプリを呼び出し、街全体と

の位置関係を整理する。

「おそらく奴は、西にルートを取ったと思う。あれから俺達が散々聞き込みをしたっていう

のに目撃者はなし。まるで消え失せたように姿を眩ませた。もし北側に逃げたなら駅と住宅

街が並んでる。誰も見ていないなんてのは不自然だ。だが西へ──街の郊外へ逃げたのなら

それにも説明がつく。初動の段階ではうちの管轄外だし、他の街へ身を隠すのにも好都合だ

からな」

「自分も同意見です。瀬古と彼の連れていた男は、校舎を狙った。動線を考えればまた来た

方向へ戻るというのは考え難い。校舎裏から街の西へ──裏路地などを抜けて人目を掻い潜

ったとみるべきでしょう」

 地図アプリから視線を外し、由良は旧校舎の奥へと目を遣った。筧も同じくそれに倣う。

玄武台ブダイの裏手には住宅と、更にすぐ種々のテナントが入る雑居ビル群が広がっている。

「ちょうどあそこだ。さっき言った殺しの現場。不良達数人が首を切られて死んでるのが見

つかってる。検死の結果から死亡推定時刻はこっちの事件があった当日の日没後。確定とま

では言えねえが、瀬古が逃走途中に見つかって口封じってのは充分にありうる。それまでの

殺害方法と似通ってるしな」

「ええ。ただブダイとの関係がなかったことから、当初瀬古勇との繋がりは皆無だと結論付

けられました」

 補足するように由良が言う。……そうだな。しかし筧はじっと、校舎越しの街並みを見つ

め続けていた。言葉とは裏腹に、彼の中ではある種の確信があるようだ。長い付き合いだか

ら分かる。こういう時のひょうさんは妙に鋭い。

「……」

 だがその一方で、この時由良は内心、別のことを考えていた。他ならぬ海沙と宙──自ら

が出会った重要参考人のことである。

 佐原睦月。彼女らは確かに林の下に訪れたという学園コクガク生をそう呼んだ。詳しい話を聞けば、

何と二人の幼馴染らしい。

 あの後、自分なりにこの少年についての情報を調べ上げた。苗字を聞いた時もぼやっと脳

裏に過ぎっていたのだが、まさかあのコンシェル研究の権威・佐原博士の息子だったとは。

それだけじゃない。彼女が現在、研究者として所属しているのは三条電機。そして彼女が配

属されていた第七研究所ラボは原因不明の火災──表向きには電気系統の不具合によって突然の

閉鎖に遭っているときた。

 筧ほどではないが、ピンと何かが繋がってゆく心地を覚えた。

 同研究所ラボの所在地はポートランド。そしてポートランドには、あのH&D社の東アジア支

社がある。閉鎖騒動があったのも今年の春先。彼女達の話す、睦月少年に変化が起こり始め

た時期とも一致する……。

(まさか、本当に……?)

 状況的には、限りなく黒に近いグレーだった。母親がコンシェル研究の第一人者であるの

なら、その系列の技術であるリアナイザを彼が知らないとは考え難い。あの日、メディカル

センターで目撃した守護騎士ヴァンガードと黒ローブの怪人。やはりその正体は、睦月少年なのだろうか?

巷では正義のヒーローと言われながら、怪人とも手を組んで……。

 ギリッと密かに拳を握り締める。しかし今の由良は、怒りが勝っていた。

 そう、怒りだ。これまでの情報を総合するに、彼が守護騎士ヴァンガードとなった経緯には三条電機が

絡んでいる可能性が高い。となれば、その事を実の母である博士が知らないとは思えないのだ。

 ……よりにもよって、実の息子を。

 由良の中の正義感がめらめらと燃える。まさか、分かっていて関わらせているのか。まだ

十六歳の少年に。自分は博士がどんな人物なのかまでは知らない。面識はない。だが一人の

刑事として、大人として、行き着いたその可能性に対して義憤いからずにはいられなかったのだ。

「──?」

 ちょうど、そんな時である。ふと筧のデバイスに着信が入った。由良はその音でハッと我

に返り、彼の横顔を見遣ると、それまでの感情を慌てて押し殺す。幸い筧の方には気付かれ

ていないように見えた。何十分にも引き延ばされていたかのような数拍の間、じっとこの始

まりの現場を食い入るように見つめ直していたらしい。

「どうした?」

『ああ、兵さん。今何処だい? すぐに来てくれ。実は俺達も瀬古勇の足取りを追っていた

んだがよ……』

 電話の相手は、ノンキャリ組の同僚刑事だった。聞こえてくる物音などからして他にも数

人、一緒に街中へと捜査に出ていたらしい。

『奴のアジトを見つけた。西大場の廃ビルだ』

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