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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-25.Friends/弱過ぎた密命者
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25-(1) 不信感

「他のアウターがいた!?」

 それは、モスを倒して一旦司令室コンソールに戻った夜のこと。

 また一つの事件を解決して束の間の休息を取っていた睦月達にとって、ふとパンドラから

告げられた情報は思わず身を乗り出してしまうには充分だった。

『はい。どうも途中から私達の戦いを見ていたみたいです。気付いて、マスター達にも知ら

せようとしたんですが、向こうがその瞬間に逃げてしまって……』

 充電中のデバイスの画面内でふよふよと浮かび、申し訳なさそうに語る電脳の少女。

 ぱちくりと目を瞬き、睦月らは誰からともなく互いの顔を見合わせていた。モスとの決着

に集中していたために気付けなかったが……。

「どんな奴か、見えたか?」

『いいえ。暗がりでしたし物陰だったので、人影くらいしか……』

「……拙いな。もしそいつが上級アウターと繋がっていれば、睦月の正体がバレてしまう恐

れがある」

「法川晶の一件の再来、ですね」

 当の睦月は驚きが勝る。だが一方で皆人や國子は、冷静にその情報から起こりうる事態を

予測していた。ごくりと息を飲む。彼らに遅れて、睦月も事の深刻さがじわじわと解るよう

で、胸元をぎゅっと掻き抱いた。

「ちっ。一段落ついた傍からまた敵かよ」

「しかしそれだと妙じゃないかい? 僕らを探る事が目的なら、もっと早くに姿を見せてい

てもおかしくはないのに。モスと戦ったのは何も今夜だけじゃない」

「偶々、じゃないんですか? 奴とそのアウターが組んでいたとは限らない訳ですし。別に

命令されて動いていたなら、今日今夜のタイミングでもおかしくはないんじゃ……?」

 うーん……。舌打ちする仁に、はたっと思考で立ち止まる冴島。睦月は胸元に手をやった

まま、自分でも判然としない内からそう意見していた。今の段階ではまだ、確定できる情報

が少な過ぎる。

「……少なくとも、警戒するに越した事はないだろうな。新しい刺客という可能性もある。

香月博士。一応、パンドラの映像ログからそのアウターの姿を抽出してみて貰えませんか?

誰か判別がつくだけでも大分やり易くなる筈です」

「ええ。そうね。やってみるわ」

 安堵は束の間、場の空気は改めてピリッとした緊張に包まれていた。推測で議論を続ける

ことは好ましくない。そう一旦区切るかのように皆人が言った。ちらっと同席する香月ら研

究部門の面々に一方で解析を頼み、睦月達に警戒を怠らぬよう周知徹底する。

『うーん。いっそもう一回出て来てくれればいいんですけどねえ。捕まえてしまえば今より

は安心ですし』

「捕まえればって……。向こうはこっちが気付いた途端に逃げたんでしょ? そんな慎重な

相手がそう簡単に隙を見せるかなあ」

 腕を組んで、ゆらーりと小首を傾げて、パンドラが言った。椅子に腰掛けたままの睦月が

そんな相棒の楽観論に苦笑いを零している。

「……いや、そうでもないと思うぞ」

「えっ?」

「俺に一つ、考えがある」


(──うぅん?)

 深いまどろみから、いつの間にか呼び起こされていた。瞼の裏に差し込んでくる朝の光が

眩しくて、睦月はゆっくりと、若干気だるさを感じながらも目を覚ました。

 自室のベッドの上。ぼんやりと上半身を起こして室内を見ている。引かれたカーテンから

漏れる光は陽が朝を告げるのに充分昇ったことを示している。ぼりぼりと髪を掻きながらヘ

ッドボードの目覚まし時計を見ると、そろそろ起きなければいけない時間だ。アラームが鳴

る時刻よりも少し早い程度だ。

(起きなきゃ……)

 まだ出るあくびを噛み殺しつつ制服に着替え、鞄を持って一階へ。この家には自分以外に

誰もいない。母は例の如く司令室コンソールで泊り込みの仕事をしているし、父に至っては顔すら知ら

ない。もう何年も続いてきた、事実上の一人暮らし。

 睦月は慣れた動線でトイレに向かい、顔を洗い、歯を磨いて台所に戻って来た。冷蔵庫か

ら作り置きしたおかずとジャーの中のご飯をよそって大小三人分の弁当箱に詰めてゆく。

『おはよう、むー君』

 ……しかし、内心これがもう“いつもの”朝と呼べなくなってどれくらい経ったのか。

 作業をしているとインターホンから幼馴染の片割れ、海沙の声がした。おはようと返して

合鍵で中に入ってくる足音を聞くと、睦月はついっと視線を戻して背中を向ける。

 とん。同じく制服姿の海沙。今日も楚々とした、控え目な性格の少女だ。

 幼馴染とお隣さんのよしみで、もうずっと朝は二人で弁当と朝食の用意を分担する時間を

共にしている。二言三言軽い言葉を交わしてから、彼女は早速エプロンを引っ張り出して制

服の上から引っ掛け、コンロの前に立った。こちらも慣れた様子でフライパンに薄く油を敷

いてからベーコンを乗せ、卵を割り、調理を始める。くるっと半身を返したもう片方の手で

トースターにパンを差し込むことも忘れない。

『……』

 だが、睦月にはある種の直感があった。彼女の息遣いがどうにもぎこちない。一見平穏を

保っているように見えるが、努めて心を荒げないよう自分を抑えているかのような──そん

な決まりの悪い沈黙が流れている。背中越しに感じる。

(今日も、か)

 バランでおにぎりとおかずを仕切り、ぽんぽんと三人分。

 睦月は心の中で、そうこの沈黙の日数をまたプラスワンしていた。彼女自身の性格もある

のだろうが、長い付き合いなのだ。醸し出す雰囲気で何となく違和感くらいは分かる。

 そうだ。分かっていた。彼女から感じるこのぎこちなさは、一種の余所余所しさは、自分

が怪しまれているから。守護騎士ヴァンガードのことを隠しているから。

 即ちそれは、翻って自分自身の負い目でもある。

 トレードの暴走を止めるべく新生電脳研の創部パーティーを、自分達は空中分解させた。

しかし二人は──少なくとも海沙は、あれから何も言ってこない。それが却って睦月の負い

目を刺激していた。……なまじ分かってしまう。彼女は、それでも自分を信じようとしてく

れているのだろうと。

「はい。朝ご飯できたよ」

「こっちも終わったよ。食べよっか」

 結局何も言い出せないまま、本心に迫れないまま今日も二人で朝食を囲む。こんがり狐色

に焼いたトーストとベーコンエッグ、ミルクと砂糖たっぷりのコーヒー。

 やはり海沙は、あの日の事を責めてくるようなことはしなかった。いつものように大人し

く控え目ながら、ふいっと気遣って雑談を振ってくることも忘れない。

「……むー君?」

「っ!? う、うん。何?」

「えっと……大丈夫? さっきから何だかぼーっとしてたみたいだけど」

「ああ、うん。平気平気。少し考え事をしてただけだよ」

「そう……。あまり無茶はしちゃ駄目だよ? その、三条君のお手伝いも程々にね?」

「あはは。ありがと。海沙も、あんまり無理しないでね? 昨夜も結構遅くまで起きてたみ

たいだし」

「……うん」

 朝食を済ませ、身支度も終えると早速登校だ。時間は余裕を持って出た方がいい。

 理由は言わずもがな、寝ぼすけの宙の為。案の定今朝も、こちらが家まで迎えに来た頃に

ようやく起きてきたくらいだ。寝癖だらけの髪で「ごめんねー」と苦笑わらいながら、

今日もおじさん・おばさんに急かされての支度を済ませる。

「よしっ。準備完了~」

 弁当を渡すと、目を輝かせて起床にスイッチが入るのもいつもの事。

 睦月と海沙、宙。幼馴染三人は今朝もかくして連れ立つと、学園へ向かって歩き出した。

「ねえねえ。昨日のサウステ観た?」

「うん。久しぶりだったよねえ、カエデさん」

 彼女達二人は少し前を歩き、昨夜の音楽番組の話をしている。どうやら最近まで産休を取

っていた女性歌手の復帰があったようだ。ああ、あの人か……。睦月は名前を聞いてようや

く記憶の中の顔と一致したが、正直あまり今関心はない。

「──」

 気になって仕方なかったからだ。海沙と、宙の一見してあの日の事を問い詰めてこない振

る舞いが。さりとて全く気にしていない筈はないだろう。実際セイバーの事件の折、自分達

を尾けてきていたのは判っているのだから。

 偶々か? いいや、違う。あれは間違いなく自分達を怪しんで裏を取ろうとした行動だ。

今朝こそこうして何時もの日常を過ごしているが、内心はきっと問い質したくて堪らない筈

なのだ。

(……もう、限界なのかもな)

 自分の正体を、対策チームの存在をホイホイと口外する訳にはいかない事は解っている。

 それでも、これでは一体何の為に戦っているのか? 睦月はここ最近分からなくなってき

ていた。元を辿れば自身の欲望──ここに居ていい証明の為の戦い。だがそれは、言い方を

変えればこの「日常」を守る為の戦いでもある。

 それがどうだ。今や何よりも安息だったこの一時が、密かな探り合いの空間にさえなって

しまってはいまいか? 二人の気持ちを、じりじりと磨耗させ続けてるでのはないか?

「……」

 自分が考えなしに“正義の味方”になったから、と言ってしまえばそれまでだけど。

 ここまで守りたいものと、守るべきものが両立しないだなんて。

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