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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-24.Heroism/君がいるから憧れた
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24-(2) 嵌められた者

「くそっ! 何なんだよ、あいつは!?」

 自宅のアパートに戻って来たスーツの男・天満は、激しく苛立っていた。帰宅して早々、

机に近付きざまに拳を叩き付け、やり場のない怒りを吐き出す。

「何がどうなってんだよ……」

 とんだ邪魔が入った。よりにもよって奴らを逃してしまうとは。

 守護騎士ヴァンガードの反応からして、あの緑色のデカブツは味方ではなさそうだ。寧ろこちら側に近

いのだろう。あの野性味溢れるパワー、セイバーの剣を物ともしないタフネス。人が皮を被

っているのとは訳が違う。

 天満は頭を抱えていた。両肘を机に突っ立て、ガシガシと苛立ちのままに髪を掻き毟る。

 まさかあんな裏切りに遭うとは思ってもみなかった。守護騎士ヴァンガード、飛鳥崎を守る正義のヒー

ロー。自分はあんたに憧れて同じ道を歩いてきたというのに、真っ向から否定された。しか

もその正体は自分よりもガキで、力を振るうことにさえ消極的な腰抜けだったとなれば。

 はっきり言って、落胆以外の言葉が見つからない。この力は悪と闘う為の、選ばれし者の

証ではないのか? あの場では怒りさえ覚えてああ言ってしまったが、受けたショックは今

もまだ拭えないでいる。

「畜生。今日は散々な日だ……」

 “セイバー”としての依頼をしくじった事は勿論、自分達の正体を知る目撃者を取り逃が

してしまったという不始末。次に出会った時こそは確実に仕留めなければならない。少なく

ともあの邪魔なデカブツが出しゃばってさえ来なければ、あのまま“世代交代”は実現して

いた筈なのだから……。

『同感だな。しかし洋輔、妙だとは思わないか? 何故奴らは我々の出没を把握していた?

どうも出来過ぎている。もしかしたら、今回の依頼自体が罠だったのではないか?』

 そんな時だ。胸ポケットの中に突っ込んでいたデバイスからセイバーの声がし、画面を明

滅させながらそんな可能性を示唆する。

 まさか……。天満は目を見開いてハッと我に返り、机の上のデスクトップPCを立ち上げ

始めた。起動までの時間がじれったい。回線が繋がるや否や、天満はすっかり慣れた手付き

で自身の専用BBSへと飛ぶ。更に複数のウィンドウを開いて守護騎士ヴァンガードに関する情報が更新

されていないか確認してみる内に、この指摘が杞憂に終わらなかったことを突きつけられた。

『続報・万世通りに現れたヒーローの正体』

 インターネット上に、いつの間にかそんな記事がアップ、シェアされていた。先日の現場

付近と思しき路地の一角で、双頭の狗の姿をした怪物が他ならぬセイバー、金色の騎士甲冑

に襲い掛かっている様子が写真に収められている。

 しかも画は複数枚あり、左から右へ、セイバーがこの怪物をその一太刀で真っ二つにして

ゆく一部始終が掲載されていた。……間違いない。先刻、四ツ谷自工の工場内で襲い掛かっ

てきた個体と同じだ。だが場所が違う。そもそも自分達は万世通りの事件の際、現場にいた

ことすらないというのに。にも拘わらず、記事には『セイバー、怪物の残党退治!』との文

言が大々的に書かれており、あたかも一連の怪物騒ぎが自分達によって解決されたかのよう

な印象を与える。

「……何なんだこれは。知らないぞ、こんなの!?」

『どうやら、確定のようだな。おそらく背景画像は加工されたものだろう。素人仕事にして

は精緻過ぎるように思えるが……』

 取り乱しながらも、デバイスを出してセイバーにも見せてやり、そう淡々と「クロ」の判

断が下される。おかしいとは思ったのだ。何故あそこで万世通りの事件と同じ怪物が出て来

たのか。自分達は、嵌められたのだ。

守護騎士ヴァンガードめ。始めから、そのつもりで……」

 これこそが、皆人の立てた“作戦”だった。万世通りの一件で守護騎士ヴァンガードに向けられた世間

の眼を逸らす為、用意周到にセイバーを生贄にしたのだった。

 ギチッと歯を噛み締め、天満はそれでも尚、自身のBBSやネット民の反応を調べる。

 案の定、既にそこではセイバーに対する批判が噴出していた。掌を返したように攻撃的な

書き込みの矛先が自分へと向き、守護騎士ヴァンガードではなく“セイバー”が街を壊したのだとの結論、

偽善者との非難がスレッドに連なる。

 ──いや、寧ろ守ってくれたんだ。倒してくれなかったら、被害はもっと他の地区にも及

んでいたかもしれないんだぞ?

 それでも、中には擁護してくれる声もあった。事実これまで多くの悪人どもを懲らしめて

くれた事には変わりないと、こちらを信じようとする勢力もあり、ここぞと言わんばかりに

批判的になった勢力と書き込みの上で激しく言い争う。

 だが……そんな賛否の如何は些細な事だ。この時世において、賛否両論が膨れて“炎上”

すること自体、そもそもにマイナスに働く場合が多い。

 少なくとも、これで“セイバー”の評には間違いなく傷がついた。嵌められた。その事実

以上に、これまで築いてきたものが侵されることが天満には我慢ならなかった。黙してデバ

イスの中に収まっているセイバーを余所に、その表情は怒りと焦り、綯い交ぜになった激情

でもって鬼気を孕んでゆく。

「俺を潰すつもりか。守護騎士ヴァンガード

 嵌められた。だがもうこの道を引き返す事はできない。それは再び自分に“負け”を認め

ろと言っているのと同じだからだ。

「……ならもっとだ。ならもっと、文句の出ない程に正義を執行してやる……」

 ぶつぶつ。

 他に誰もそれとは知らぬアパートの一室で、独り呟きながら、天満はこれまで以上にその

欲望に忠実になろうとしていた。

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