3-(2) 宙の胆力(こころ)
「いっただきま~す!」
昼休み。宙は幼馴染や友人達と、何時ものように中庭に集まって弁当を広げていた。
食べる事と遊ぶ事。それは彼女にとって最も大好きな瞬間であり、単調になりがちな毎日
を輝かせてくれる活性剤でもある。
「はい。召し上がれ」
「……いただきます」
そんな彼女には二人の幼馴染がいる。一人は生まれた時から一緒の親友・海沙。もう一人
は物心つく頃に向かいに引っ越してきた少年・睦月である。
宙の実家は定食屋なのだが、朝食と昼の弁当は専ら二人に作って貰って久しい。一応自分
でも作れない事はないが、こと料理に関しては二人の方が──店主である父から直接指導を
受けてきた睦月の方がずっと美味いのだ。そもそもに彼女自身の性格ががさつであるが故、
更にそんな関係性に拍車が掛かっているとも言える。
「ん~♪ やっぱ睦月のご飯は美味しいなあ。この時の為に学校に来ているようなもんよ」
「お前は途上国の子供か何かか……」
「ははは。うんうん、いいんだよ。美味しそうに食べてくれると僕も作り甲斐があるしね」
「……睦月さんはいい婿になりそうですね。苦労も多そうですが」
「お、お婿さん……。むー君が、お婿さん……」
そんな緩く穏やかな三角形に加え、今では睦月と親しい三条電機の御曹司・皆人とその付
き人である國子もこの輪に数えられて久しい。仏頂面でくすりとも笑わず言ってのける國子
の言葉に、ぶつぶつと海沙が何やら一人妄想して頬を赤くしている。
「~♪」
宙はそんな皆が大好きだった。
がさつで、ゲームや食い気以外に関してはぐうたらな自分の傍にいつも笑って座っていて
くれる、そんな仲間達を誰よりも大切に想っていた。
「あ、宙。そこ、ついてるよ? 海沙」
「はい。ナフキン」
「ありがと。あ、それと」
「うん。お茶のおかわりね」
「うん。もう半分くらいでいいから」
何気なく、本当に何気なく。睦月が自分の口元に付いたソースを指差してきて、次の瞬間
海沙からナフキンを受け取って拭ってくれる。更にその体勢のまま、肩越しに告げようとす
る彼に、海沙はやはり阿吽の呼吸が如く微笑むと水筒を彼の分の紙コップへと傾ける。
(……もう誰も突っ込まないんだよね)
何度も繰り返し、当たり前になってしまった光景。
もきゅもきゅと口から零れる一口ヒレカツを指で押し込みつつ、宙は思った。
お似合いだと思う。やはり睦月は、海沙との方がお似合いだと思う。
惜しむらくは当の二人が基本お互い大人しい性格で、何よりお互い自身をセーブしがちな
きらいがあるという点か。
少なくとも、片方の気持ちは明らかなのだ。
だから二人を守れるのなら……自分は出来る限りのアシストをしてやりたいと思う。
「そういやさ」
しかしそうは思えど、実際に口には出さない。
あくまで美味しい弁当に舌鼓を打ちながら、もきゅもきゅと何時ものマイペースな風で以
って、今日も今日とて雑談を振る。
「この前の強盗犯、捕まったんだってね。自首らしいよ?」
『──』
だから気付く事は出来なかった。耳にしていたニュースを一つ、何となく話題の取っ掛か
りにしただけで、次の瞬間睦月や皆人、國子がにわかに緊張したなどとはつゆも思わなかっ
たのだ。
「へ、へぇ……」
「自首? あんなにいっぱい強盗をやってたのに?」
「だからなんじゃない? 何でもそいつの部屋から、盗んだ金が丸々見つかったって話らし
いし。隠し切れなくなって自分からって感じなのかなぁ」
玉子焼きをぱくり。宙は苦笑っていた。
睦月が、黙したままの皆人や國子に変わってリアクションする。一方で海沙は親友から聞
かされた内実に素直に驚いていたようで、はぁと安堵と苦笑のため息をつきながら言った。
「欲を掻いたんだね……。でも、これで一安心だよね」
「一応はねー。だけど何も事件ってのはあれだけじゃないし、また何かしら起こるっしょ」
もきゅ。口の中の料理を飲み込み、宙は言った。
それは端的な事実であり、また同時に幾分かの諦めを伴った意識の予防線でもある。
「ホント、二人とも気を付けなよ? 何だかどーにもここん所物騒だからさ……」




