23-(6) 救世主の剣
書き込みから数日。
睦月はこの日も学園の授業を終え、一旦自宅に戻って私服に着替えると、街の南に位置す
るとある場所へと急いだ。
そこは稼働中の部品工場だった。四ツ谷自工──今回出した偽依頼のターゲットであり、
対策チーム傘下の企業、その生産拠点の一つだ。
「お待たせしました。様子、どうですか?」
「ああ。今の所これと言って異常はないねえ」
「よう。お疲れさん」
「お疲れ様です」
「そう急いで来られなくてもよかったんですよ? 普段は我々が見張っていますので」
「ええ。分かってはいるんですけど、心配で……」
現場には既に、冴島や仁、國子と数名の隊士らが来ていた。彼らと合流し、睦月はこの日
も近くの物陰に隠れて息を潜める。
一同が見張っていたのは、敷地内の一角にある保管庫群だった。ここには原材料となる資
材や出来上がった梱包前の製品が纏めて保管されており、偽依頼と共にセイバーに示した情
報には、この現物と車体の図面を付き合わせれば渦中の疑惑──設計不良があったにも拘わ
らず生産に踏み切り、且つそれを隠蔽しようとした有力な証拠になる筈だとの旨を付け加え
てある。
「……中々、現れませんね」
「ヤマがヤマだけに用心深くなってるのかもしれねぇな。あいつもあいつで、四ツ谷の事を
調べて回ってるのかもしれねえ」
「或いは単純に時間が取れないか、ですね。どれだけ義賊を名乗ろうとも、普段は一般人と
して社会に潜んでいる筈です。周囲に怪しまれぬよう行動する為には、少なからず行動も制
約されると考えます」
『だろうな。だが大江の書き込みの後、奴から返信があったんだ。ターゲットとして見定め
ているのは間違いない。我慢比べだ』
ここ数日睦月達は、セイバーなる人物が現れるのを待っていた。少なくとも偽依頼を受諾
してきた以上、必ず姿を見せる。通信越しに司令室の皆人が言った。これだけ大掛かりな罠
を敷いたのだ。今更退く訳にもいくまい。
「……」
しかし睦月は内心、あまりこの作戦には乗り気ではなかった。皆人から作戦の全容を聞い
た後だとはいえ、相手を騙そうとしている事には変わりない。
ちらっと冴島が、二窓でこちらの様子を見ている皆人が気持ち目を細めた。口にせずとも
どう感じているのかは大よそ勘付いているらしい。何も、大なり小なり後ろめたさを抱いて
いるのは睦月だけではないのだ。
「あっ──」
ちょうど、そんな時である。
はたして渦中の人物は現れた。暫くじっと物陰で息を殺していた最中、ふと敷地の向こう
側から一人のスーツ姿の男性が歩いて来たのだ。
だがどうも様子がおかしい。不審者と言うべきか。
彼はしきりに辺りを見回して警戒しているし、両手には指紋を残さぬ為か、白い手袋が嵌
められている。
「もしかして、あの人が」
「ああ。来たみたいだね。司令」
『今参照させている。そちらの従業員のリストにその男はいない。ビンゴだ』
司令室の大画面で一斉にデータ確認を走らせ、皆人は言った。インカムに指先を当てた冴
島達が、改めて気を引き締めてこの向こう側の当人を観る。
スーツ姿の男性──自称セイバーは保管庫群に入り込むと、何度も自身のデバイスで写真
を撮っていた。証拠としてアップするつもりなのだろう。時折直接部品を手に取り、繰り返
し念入りに収めている。
『ここまでは計算通りだな。予め四ツ谷の上層部には今回の作戦を伝えて、それとなく警備
の穴を作らせておいた。倉庫の鍵も閉め忘れを装わせている。……そろそろ動くぞ』
そして、その一言を合図に、場の冴島達が動いた。隊士の一人がリアナイザにデバイスを
挿入し、サッとこの男を狙って引き金をひく。巨大な、双頭の狗の姿をしたコンシェルが召
喚され、襲い掛かった。今回の作戦の為にトレードの暴走態を再現した個体である。
ただ予定では、本当に彼を傷付けはしない。
このコンシェルは、襲い掛からせて間近にまで迫った瞬間、自壊するようにプログラムさ
れており──。
「……ッ、セイバー!」
しかしである。次の瞬間、男は驚くべき行動に出た。普通なら突然の事に恐れをなして逃
げるか腰を抜かすかのどちらかなのに、彼はこれに真正面から立ち向かったのだ。スーツの
懐から短銃型の装置──紛れもないリアナイザを取り出して引き金をひき、叫ぶ。
『──』
同時に現れたのは、金色の騎士甲冑だった。彼の求めに応じて召喚されたこの騎士は現れ
ざまに幅広の剣を振るい、目の前のトレード暴走態のコピーを一閃の下に葬り去ってしまっ
たのである。
睦月達は唖然としていた。真っ二つにされたコピー体が、大量の電子の粒子となって中空
に霧散してゆく。
「まさか……」
「越境種!?」
「おいおい、マジかよ。まさか本当に召喚主だったなんて……」
『……聞こえるか、睦月? プランBだ。こちらの目的は果たした。倒せ』
「っ! うん。了解……」
少し息を荒げ、唖然としているのは向こうも同じだった。だが驚く仲間達を尻目に、通信
越しの皆人が端的に命じてくる。
ハッと我に返り、睦月は応じた。瞬間ざわついた心を宥めながら、EXリアナイザを取り
出して変身する。
『TRACE』『READY』
「変身っ」
『OPERATE THE PANDORA』
鳴り響いた音声と、飛び出した眩い光に気付き、男が思わず振り向く。
そこにはデジタル記号の輪と光球に包まれ、姿を現した白亜のパワードスーツが自分と相
対するように立っていた。物陰には他にも数名、見知らぬ者達がこちらを覗いている。
「……」
男は、暫くの間自身の呼び出した金色の騎士甲冑──アウターと、その場に立ち尽くして
いた。対するパワードスーツ姿──守護騎士こと睦月も、先ずはこの相手の出方を窺っている。
「……貴方が、セイバーですね。お願いです。こんな事はもう──」
「まさか、先輩?」
「えっ?」
「嗚呼、やっぱりそうだ! 貴方、守護騎士ですよね? 噂されてる通りだ。感激だなあ。
あ、でも、その背丈と声からして俺より年下なのかな……?」
だからこちらが真面目に諭そうとしたのに、出鼻を挫かれた。
次の瞬間、男は睦月の姿を認めると、急にぱぁっと満面の喜色を浮かべて畳み掛けてきた
のである。片手にリアナイザ──改造リアナイザを握ったまま、一歩二歩とこちらに近付い
て来ようとする。
「いや、でも先輩には変わりないか……。うん。どうも、初めまして。こちらの事を知って
くれているなんて光景です。いやあ、嬉しいなあ。実は俺、先輩に憧れて“セイバー”を始
めたんですよ。悪を挫き、人々を守る正義のヒーロー。ずっと憧れだったんです。いやあ、
まさかこんな所で会えるなんて……。光栄です。もしかして先輩も、四ツ谷の隠蔽を暴く為
に来られたんですか?」
「……」
最初、何故こんなハイテンションなのか分からなかった。だがぺらぺらと彼が自供してく
れるのを聞くにつれて、睦月のパワードスーツの下の表情が険しくなる。物陰に隠れていた
冴島達が、思わず困ったように互いの顔を見合わせている。
「貴方は」
「?」
「貴方は、その力が何か分かっていて、こんな事をしているんですか」
「何って……先輩も同じでしょう? こいつは俺に力をくれたんです。夢を叶える力をくれ
たんです。だから俺は、この力を有効に使いたい」
「違う! 貴方のそれはただの暴力だ、与えられた力に酔っているだけだ! 先輩なんて言
わないでください。僕は、こんな事をして欲しくてこうなったんじゃない……!」
ギリッと強く強く拳を握り、睦月は叫んだ。嬉々としていた男とは対照的に、抱くその感
情は限りなく憤りに等しいものだった。
そうだ。この人がやっている事は私刑だ。正義の味方と称して、不特定多数の人間が下げ
る溜飲を免罪符として、他人をボコボコにしてきた。加えてそんな自身の所業を悪いとも思
わず、まるで愉しんでいるかのように。
「力は、何も救わない。壊すことはできても、直すことはできないんだ」
……違う。この人は間違っている。
睦月君……。ぽつりと冴島が呟いていた。これまでの戦いを睦月は振り返る。ボマーやク
リスタル、ストーム、そしてタウロスと瀬古勇。勝ちはしたが、決定的な何かを取り戻せな
かった者達ばかりだ。痛感した。事件が起こった時、彼らとの戦いになった時、既に彼らを
取り巻く隔絶は始まっている。何よりもそれはもう、往々にして取り返しがつかなくなって
しまっているのだ。
それでもと、自分は戦ってきた。何もしなければ尚更に失われる。せめてそんな力を増や
さないようにと願って。
その為に戦っている。守護騎士という役を引き受けた。
自分にしかできない事だから。状況が許さなかったというのもあったが、本当の理由がそ
こにあったのは自覚していた。そんな利己的な理由で、こんな本来誰も使いこなせない力を
振るって敵を倒して……。やはり自分は異質なのだろうと思う。
「だから貴方のような、力に溺れた人を放ってはおけない。そのアウターを、倒させて貰い
ます」
最初男は、ぱちくりと目を瞬いて睦月と、この主張に耳を傾けていた。
しかしその表情は、やがて不意打ちの驚きから落胆に変わった。あからさまに大きなため
息をつき、改造リアナイザでとん、と肩を叩いて豹変する。
「何だよ……つまんないな。英雄だと思ってたのに、なんて腰抜けな……。じゃあ何の為の
力だよ? 立ち向かう為だろうが! 悪が蔓延れば、損をするのは俺達じゃないか!」
叫び、怒り、そして嘆息する。彼の中で急速に守護騎士という存在が色褪せたようだった。
尤も当の睦月には、ありがた迷惑に変わらなかったのだが。
「……もういい。邪魔はさせないぜ。だったら先輩を倒して、俺がこの街のヒーローになっ
てやる!」
セイバー! くわっと声を張り上げ、男は命じた。それまで無言のまま傍らに控えていた
金色の騎士甲冑──セイバー・アウターが、剣を握り締めて激しく地面を蹴る。
「っ、スラッシュ!」
『WEAPON CHANGE』
ハッと背後の仲間達が動き出そうとする。その気配を感じながらも、睦月は咄嗟に右頬へ
EXリアナイザを近付け、武装をコールしていた。セイバーが剣を振り下ろしてくるのに合
わせてエネルギー剣を展開し、これを防ごうとする。
「なっ──?!」
だが次の瞬間、そんな初手が崩れた。相手の幅広刃とエネルギー剣がぶつかった僅か数拍
の間に、こちらの武装が突然掻き消えてしまったからだ。
再び迫るセイバーの振り下ろし。睦月は慌てて転がって後方へ逃げ、距離を取り直した。
地面に大きな凹みを作って再びこちらを見据えてくるセイバーに、今度は遠距離作戦を取ろ
うとする。
「シュート!」
『WEAPON CHANGE』
引き金をひいて矢継ぎ早にエネルギー弾が飛ぶ。しかしその攻撃もまた、刀身で受け流し
ては弾自体を掻き消してしまうセイバーには通じなかった。逆に距離を詰め直されて、一閃
二閃と斬撃を浴びて激しい火花が散る。
「睦月君!」
「こん……にゃろう!」
そこへ見かねて、或いは殆ど反射的に冴島達が飛び込んでいた。ジークフリートにグレー
トデューク、朧丸に他数体の隊士達のコンシェル。流動する火炎や掲げた盾、めいめいに振
りかざした得物がセイバーとこの男に向かって繰り出される。
「邪魔を……するなッ!」
だがそんな援護もまた、この騎士甲冑のアウターの前には無意味だった。渦を巻く炎ごと
幅広の剣は切り裂いて打ち消し、盾を突いては打ち砕き、続けざまに踏み込んで放った一閃
は彼らの攻撃だけでなく、コンシェルそれ自体を現出から弾き出してしまう。
「なっ──?!」
「コンシェルが、消えた……?」
剣圧に押されて倒れる隊士や仁、或いはバチバチッと軽くショートした自身のリアナイザ
に顔を歪めた冴島や國子。
ハッと見れば、再びセイバーは睦月に斬り掛かっていた。今度はナックルモードで防御し
ようとしたが、これもまた彼の剣に触れた次の瞬間には砕けて四散する。驚き、体勢を崩さ
れた所を、また二閃三閃と攻撃を浴びせられる。
「うっ、ぐうッ……!」
『マスター!』
「睦月君!」「睦月さん!」
「くそっ、どうなってんだよ!? 何でこっちの攻撃が通じねえ!?」
どうしてか戦いは一方的だった。ダメージからか、睦月はガクリとその場に膝をつき、大
きく息を切らしている。
司令室の皆人や香月達も、この状況に混乱していた。武装がことごとく破られたのも然る
事ながら、彼のこの疲弊速度はおかしい。
『おい、睦月。どうした? 冴島隊長達も、一体何が起きて──』
『うう……やっぱり……。吸収です! あの剣、こちらのエネルギーを吸い取る能力がある
みたいです! こっちとは逆に、相手のエネルギー出力がさっきよりも上がってます!』
何!? パンドラの叫びに、ようやく皆人達は理解した。当の睦月や冴島達もこの異変の
正体に合点がいった。
通用しないのだ。いわば相手はスクエル・コンシェルと同様の能力を、その武器に宿して
いる。相手の力を削り取りながら、且つ自身を強化しているのだ。こと本質が電脳の存在、
一種のエネルギーの塊であるコンシェル達にとっては、非常に相性が悪い。
「何だ。随分と弱っちいじゃないですか。がっかりだなあ。やっぱり俺が後を継いだ方が良
さそうですね」
「っ……」
その件の剣を手に下げゆっくりと近付いて来るセイバー。その後ろから、得意げになって
ついて来る男。睦月は唇を噛み、もう一度立ち上がろうとするが、何度も吸収攻撃を受けて
しまった影響からか身体に上手く力が入らない。
「……さようなら。先輩」
合図し、振り上げられたセイバーの剣。
その本体と同じ金色の軌跡が、項垂れる睦月の頭上へと吸い込まれて──。




