23-(4) 行き違い
それは皆人が指示を出した、翌々日の事だった。
放課後、睦月は仁と一緒に下校しようとしていた。互いにあれこれと何やら言葉を交わし
ながら、学園の正門を潜ってゆく。
『……』
そんな二人を、こっそりと尾けようとする人影があった。他でもない海沙と宙だ。彼女達
は申し合わせたように慎重に睦月達との距離を取り、維持しながら、彼らの向かう先を見逃
すまいと追ってゆく。
『やっぱりあいつら、何か隠してる。今日だけでも……なんて言えないよ。これじゃあ』
「……うん」
二人はかねてより相談していたのだ。あの夜、眠りこけた自分達を追い出し、パーティー
を切り上げてでも夜の街に消えた幼馴染達。その真意をやはり知らなければと思った。おそ
らくは巻き込むまいという優しさ故なのだろうが、こう何度も何度も遠ざけられてしまうの
なら却って逆効果でしかない。
物陰に隠れては、進んでゆく二人を見逃さぬよう、また前にある別の物陰へ。
どうやら二人は、学園を出て繁華街に向かっているようだった。学園生の寄り道コースで
ある千家谷の駅周辺や西の商店街も通り過ぎ、更に南下している。この辺りはそれまでの小
奇麗さとは打って変わって猥雑さを強く帯びるようになり、幾つもの雑居ビルが軒を連ねて
それこそ多種多様──ニッチな店が無数に点在している。
「一体、何処に行くつもりなんだろ?」
「さあね。如何わしい店とかなら、確かにショックだけどさ……」
この区画に入り、目に見えて人波が濃くなってきた。普段来慣れぬ場所に不安がる親友を
ちらっと見遣ってから、宙は口元に手を当ててじっと目を細める。
今の所、二人自身に変わった所は見受けられないが……。
「……あれ?」
だが、その僅かな隙が決定打になってしまった。改めて睦月達に視線を向けた次の瞬間、
二人の姿が人波に紛れてその向こうに消えかかったのだ。しまっ──。宙が、続いて海沙が
慌てて物陰から出て追うも、怪訝な眼こそ向けど退く訳でもない通行人達によって塞がれて
しまう。右に? 左に? 二人が進路に迷う間にも、睦月達の姿は呑まれるようにどんどん
見えなくなってゆく。
「ああ、しまった!」
「ご、ごめん。私が話し掛けたせいで……」
「何であんたが謝るのよ。って、そんな場合じゃない。追わないと」
唇を噛む宙に、おろおろとする海沙。だが宙に親友を責める気などない。
とにかく二人が歩いて行った方向へ。迷う海沙の手をはしっと取り、やはり親切に退いて
はくれない人波の隙間を縫っては走り出す。
「──撒いたかな?」
『はい。お二人の位置関係上、もう私達の姿は視認できなくなっている筈です』
一方で睦月達は、気持ち肩越しに後方の気配を探りながら、やれやれと一度深い息をつい
ていた。学園を出る頃から、宙と海沙が尾けて来ているのは分かっていた。こちらにはパン
ドラがついている。彼女達の生体反応とその不自然な動きから、二人にその旨を教えてくれ
ていたからだった。
「やっぱ、疑われてるのかねえ。例の暴走事件の話が出た時も、天ヶ洲の奴、妙に素っ気な
い態度だったじゃん?」
「あまり二人を疑いたくはないんだけど、僕らが僕らだからね……」
なので出来れば真っ直ぐ目的地に向かいたかったが、急遽予定を変更してぐるりと遠回り
する事にした。辺りの人ごみを利用し、彼女達を撒くように仕向けた。
違和感は、睦月達も覚えていない訳がなかった。海沙はある意味いつも通りに彼女らしい
気弱さだったが、何と言うか、宙は無理に気を張っているように思えたからだ。ぽつりと睦
月は漏らす。長い付き合いだ。悟られぬように振る舞うという以上に、暗にこちら側の不満
を伝えたかったのかもしれない。
「気ぃ付けておかねえとな。まぁ作戦云々は三条に任せよう。俺達はその指示に従って動く
しかねぇんだし」
「うん……」
念の為、もう二人が見えていないのを確認してから、睦月達は改めて本筋へ戻った。人波
を潜って向かった先は、雑居ビルの地下階に位置するとあるネットカフェ。仁が財布を取り
出しつつ、睦月が周囲に目を配って警戒している。階段を下り切ってその先を折れた所で、
二人の姿は表から完全に姿を消した。
「うう……。見失った……」
はたしてそれは良かったのか。その頃海沙と宙は、完全に睦月達の姿を見失って途方に暮
れていた。最初こそ二人を見かけた最後の方向を突き進んでいたが、そもそもそれが撒く為
の遠回りだと知らない彼女達に、目的を達成できる筈もない。
「ねえ。もしかして逃げられたんじゃ」
「かもしれないわね。ったく、こっちの気も知らないで……」
大人しく、申し訳なくこの親友を見ている海沙。当の宙も、片手で頭を抱えて渋い表情を
していた。さて、どうしたものか……。時折、通行人達の一部が小さな疑問符を浮かべなが
ら、左右前後と周りを通り過ぎてゆく。
「──」
ちょうど、そんな時だった。
人ごみと猥雑の中、立ち尽くす二人にある人物が近付いて来たのは。




