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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-23.Heroism/義賊は街を闊歩する
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23-(2) 刑事(デカ)の直感

「ぼさぼさすんな! 休んでる暇なんかねぇぞ!」

 時を前後して、飛鳥崎中央署。トレードの暴走事件の後、署内は近年稀にみる修羅場に突

入していた。

 飛び交う怒号に、駆け出ては入れ替わり立ち代わりに戻って来る刑事達。或いは書類の山

を抱えては右に左にと動き回る下っ端達。

 面々が殺気立っているのも無理はなかった。これだけの被害を出した事件にも拘わらず、

肝心の犯人は行方不明──爆発四散。知らぬ内に騒動は終止符が打たれ、その立役者も全く

あずかり知らぬ第三者。ただでさえ面子は丸潰れだ。加えて事件後、上層部は甚大な被害を

出したことを詫びる一方、これらの不可解には「調査中」「巷説としては聞き及んでいる」

などとしか言及せず、滅茶苦茶になったインフラを始めとした周辺住民の不満の矛先は既に

自分達末端の警官達へと向けられ始めている。

「ったく、上も何考えてんだか。判ってる事くらい教えて貰わないと調べるモンも調べられ

ないだろうに」

「それだけ、色々都合の悪い事が起きたんだろ。あんまり愚痴ってると目ぇ付けられるぞ」

「ほらほら! 駄弁っている暇があったら足で稼いで来い! 犯人のルートと被害の把握、

目撃者達からの聴取、やらなきゃいけない事はごまんとあるぞ!」

 へい! 何かが妙だ。そう思っても彼らは詰まる所組織の人間である。

 刑事達は音頭を取った部長の一声にネクタイを締め直し、再びばらばらと部屋を駆け出し

て街に散っていった。するとそれとは入れ替わりに、筧と他数名の刑事らがこの一課の拠点

に戻って来る。

「ただいま戻りました」

「現場となった万世通りですが、被害は三丁目大通りから六丁目に集中しています。犯人が

確認されたビルからちょうど見下ろす位置にありますね」

「にも拘わらず、このエリアの中から砲撃の残骸のような物は未だ発見されていません。復

旧作業と併行していることで、既に処分されてしまった可能性もありますが……」

「うーむ……」

 他数名の刑事らが進み出て、部長に報告する。そんな芳しくない成果に、思わず渋い表情

が漏れた。さりとて作業を止めてまで鑑識を展開するのも難しい。初動の捜査はとうに終了

させてしまっているし、ただでさえ地元から復旧を急ぐよう突き上げが激しいのだ。こんな

事件、前代未聞だとはいえ、これだけの被害と死傷者を出してしまった責任は当局にある。

「……で? 筧。お前の方はどうだ? 犯人の行方は?」

 そしてそんなばつの悪さの所為なのか、今度はついっと、彼らの少し後ろに独り控えてい

た筧に視線が向けられる。

「行方も何も、あれだけの爆発に巻き込まれたら生きてないでしょう。ただホシは千本筋か

ら現場──万世通りの一丁目に入り、例のビル屋上に辿り着いたと考えられます」

「生きてって……。まさかお前も化け物云々を信じてるってのか? 馬鹿馬鹿しい。どうせ

あれも何だ、ぶいあーるとかいうトリックだろ? ……まぁそれはいい。で、何で一丁目な

んだ? ビルとは真逆じゃないか」

 普段一匹狼な筧も、こういう時ばかりは一応の礼節は取る。

 ただ対する部長は、今や巷に広まる噂を快く思っていなかったようだ。専門家でもないの

に何か“きちんとした原因”がある筈だと決め付けていた。ぶすっと不機嫌そうに筧を見、

しかしそのまま報告を突っ撥ねる訳にもいかず、もう半分の情報に食い付く。

「ええ。ホシは三丁目大通りから東に向かって攻撃を打ち込んだ。ということは、現場に到

着した時、奴はその方向を向いていたって事でしょう? だから辿ったルートはざっくりそ

の反対の西側からで、その後北なり南なりに逃げるってのが自然です。なので例のビル近く

から順繰りに、ホシを見たっていう人間を探してました。幸い何人か当日目撃していたよう

でしてね。その証言を地図で結ぶと、大体そんなルートになるんです」

 ポケットに突っ込んでいた飛鳥崎の地図を広げ、筧は部長や一課オフィスに居合わせた他

の同僚達にペンで引いた線を見せた。なるほど、確かにその目撃地点は街の北西から万世通

り──西方向に繋がっているのが分かる。

「俺は足取りを追えって言ったんだが……まぁいい。現場へ向かう途中にも何か手掛かりが

残っているかもしれんな。人手を回すように指示しよう。しかしこの方角となると……奴は

郊外から来たのか。いつぞやの爆弾魔ボマーを思い出すな」

「……」

 ぽつりと部長が顎鬚を擦って呟く。その言葉に、筧は内心抱いていた疑問を強く意識せざ

るを得なかった。

 報告によれば、件のビルへの部隊突入の際、何者かによる妨害が行われていたという。

 後々で確認してみると、バリケードが積み上げられていたそうだ。こちらが突っ込んでく

るのを警戒して予め手を回さなければ到底間に合わない。

 だが妙だ。あんな無茶苦茶な破壊活動に及んだ犯人が、そんな計画性を持つだろうか?

 筧の、刑事としての直感は否だった。あの大暴れとこの冷静さには差があり過ぎる。

 だとすれば、犯人を止めた第三者によるもの? 自分も目撃したみた。あの夜、二つの頭を持

つ化け物を、突然夜闇の中から現れた巨大な腕が押し潰したのを。部長や上層部は鼻で笑っ

て信じようとしないが、現場にいた自分達は知っている。あれは映像だとかトリックだとか

そういう向こう側のものじゃない。現実に、この世界で起こった出来事だ。

 順当に考えれば、その第三者によるもの? あれ以上周囲を巻き込まない為に。或いは正

体を知られない為に?

 嗚呼、どうも不可解な事が多過ぎる。だが少なくとも、今回の一件で判った事がある。

 ホシも奴に立ち向かった何者かも、ただの単独じゃない。バリケードの件も然り、物理的

に単独犯では不可能だ。もっと複数人の──何か組織的な関与がなければこれほどの大立ち

回りは起こるまい。

「……そう言えば筧さん。いつもの相棒はどうしたんです?」

「あ、本当だ。こっちに戻って来た時も、一緒じゃなかったですよね?」

「ああ。今回は別行動だ。何かとデカい山だしな。あいつはあいつで、別の事を調べて貰っ

てる」

「何ぃ、聞いとらんぞ!? 勝手に動かすな! 全く。ただでさえこの忙しい時に……」

 そしてふいっと思い出したように訊ねてきた後輩に、筧はさも当たり前のように答えた。

部長が声のトーンを上げて驚き、悩ましげに頭を抱えている。


ひょうさん。今回は二手に別れましょう。調べる事が多過ぎます。それに今回起きた事件、ただ

の単発的なテロとは思えない……』


 にも拘わらず、筧は少し口元を緩ませていた。今まで自分におんぶに抱っこだった後輩が

珍しく自らの力で捜査してみたいと申し出てきたからだ。

 向こうは大方本当の意味で“相棒”になりたいと、必死に背伸びをしているのだろう。

 あいつも少しは成長してきたということだろうか? 親心という奴か、自分も歳を取った

なあと思う。ただ無茶だけはして欲しくないというのが本心だった。何もそんな所まで自分

に似ようとしなくてもいいのに。

(大丈夫かねえ。下手を打たなきゃいいが……)

 筧は尚も騒がしく鬼気迫る一課のオフィスで、ふいっと昼下がりの街を眺めた。

 一方その頃由良は、署から連れてきた似顔絵捜査官と一緒に爆弾魔ボマー事件の目撃者・林の下

を訪ねていた。捜査官の走らせる鉛筆が、とある少年の姿を描いてゆく。


 同僚達の中を抜けて、給湯室へ。筧は一先ずコーヒーを一杯淹れる事にする。

 繋がっていると感じていた。自分も由良も、同じ予感を以って今回の事件に臨んでいる。

点と点が結ぼうとしている。

 ──おそらく、守護騎士ヴァンガードだ。

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