23-(1) 尽きない巷説
「……うーむ」
ある日の司令室。國子や冴島、隊士達や香月ら研究部門が顔を揃えている中で、皆人はじ
っと正面のパネルに映し出されている画像を眺めていた。
そこには火の手の上がる夜の街と、その一角にあるビル屋上で荒れ狂う巨大な双頭の狗が
捉えられていた。更に次の画像、次の画像へと切り替えると、それに加えて同じく巨大な両
腕のようなもの──鉄屑が無数に集まって群れを成す一部始終が確認できる。
しまったな。皆人は思った。
いや、やはりと言うべきかもしれない。あれほど大きな騒ぎになって表に漏れない筈など
ないのだから。
言わずもがな、先日のトレード暴走の一件である。夜の街で見境なく破壊活動を繰り返し
た末に、例の黒いチップを自ら取り込んで双頭の狗に変貌、多くの被害を現場周辺にもたら
した。あの時は何とか睦月が渾身の一撃で倒したが、今はその後始末に頭を抱えている。
「一体どうしたものか。こうしてネットに上がってしまった以上、もう消してしまうことは
不可能だ」
「どんな時でも、撮っている人達はいるものだね」
「ええ。先ずは避難して欲しいものなのだけど……」
それは仲間達も同じような思いだった。拙いことになったと、それぞれに苦笑したり呆れ
たりと嘆きを交えて呟く。制御卓を操作し、情報収集を続けている職員達も少なからず厳し
い表情だ。
「本当、迷惑な暴走でしたね」
「これからもああいう形態のアウターが現れるんでしょうか?」
「ああ。そう構えておくに越した事はないだろう。奴らは、まだまだ俺達にはない技術を持
っている」
しかし当の皆人は、次の瞬間には落ち着きを取り戻していたように見えた。悩ましげに抱
えていた頭からそっと手を離し、何処かあらぬ空を見つめてじっと目を細めている。
「……こうなる事も、計算の内だったのかもしれないな」
「えっ?」
「と、言いますと?」
「そう考える方が合理的なんだ。今回の一件、奴らの目的は俺達を倒すことじゃなく、俺達
を炙り出すことだったんじゃないかってな。そもそも、あのアウターは冴島隊長が相方を倒
した後、行方を眩ませていた。逃げていたんだろう。なのにあの晩、突如として現れた。策
もろくになく、ただがむしゃらに暴れるだけにも拘わらず。もし奴自身の目的が復讐なら、
もっと考えて行動した筈だ。しかし実際はそうではなかった。ということは、理由は別にあ
ったと考えられる。大方、幹部クラスに脅されたんだろう。後がないほど追い詰められなけ
れば、あんな無茶には出ない。何よりあの黒いチップだ。あれは以前、法川晶の事件の際に
幹部の一人が使っていたものだ。ほぼ間違いなく、連中が一枚噛んでいる」
國子の促しに応えた皆人の言葉に、面々が更に険しい表情になった。
それなら覚えている。市民プールでの戦い、クリスタルの大蜘蛛。あの時は幸いにも客達
にアトラクションと勘違いされてやり過ごせたが、一歩間違えればどれだけ被害が拡大して
いたことか。
「あのアウターは、生贄にされたのだと思う。俺達を世間の注目に──公に引っ張り出す為
の道具として。やられたよ。奴らは俺達が組織立った存在だと気付いている」
香月が、冴島が静かに渋い表情をした。アウター達とて元はコンシェル。いち技術者とし
て、そんな非道に思う所があったのだろう。
「という事は、我々の正体を探ることが目的で……?」
「ああ。それと、こちらの行動を阻害することも、な。俺達の存在が多かれ少なかれ隠し切
れなくなるのは間違いないだろう。人の好奇心までは御せないさ」
嘆きは、半分もう起こってしまったという諦めと共に。
小さく肩を竦めた皆人は、既に思考を次に向けようとしていた。敵もただ単純にアウター
達を増やしているだけじゃない。そもそも、何故増やそうとするのか、その理由すらまだ定
かではないのだが……。
「……うん?」
そんな時だった。それまで先日の事件に関する情報を集めていた職員の一人が、ふと画面
上に載ったとある文言を見つける。その様子に、少し間を置いて皆人達も気付いた。顔を向
けてくる彼らに、この職員は少々戸惑ったようにして視線を返し、どうしたものかと眉を下
げる。
「何か見つかったのか」
「え、ええ。まぁただの書き込みなんですが……」
めいめいに席を立ち、この画面を覗き込んでみる。そこにはアングラに書き込まれた一つ
のスレッドあった。盛況なのか、レスポンス数は既に五百を回っている。
『やっぱ守護騎士より“セイバー”だなって、はっきり分かんだね』
『結局訳の分からんテロリストを追い払っても、滅茶苦茶になったしな。万世通り』
『それに比べたら“セイバー”は確実に悪を罰してくれる』
『もしかなくても守護騎士って、“セイバー”の真似をしてるだけなのかもしれないな』
内容は、守護騎士──睦月を何処となく蔑むものが大半を占めていた。失望なのだろう。
直接被害を被った人間によるものなのかは分からないが、事実街は破壊され、幾つかのヘリ
は落とされ、守れなかった命は少なくなかったのだから。
「……セイバー?」
この職員の左右に割り込み、画面を覗き込む皆人達。
彼が見つけたこの電子の海の一角の書き込みに、一同は思わず誰からともなく眉間に皺を
寄せてゆく。




