23-(0) 正義執行
夜の街を灯す光は、名も知れぬ無数の社畜達そのものだという言葉がある。
そんな社会の影を象徴するような光景が、そこにはあった。とうに定時を過ぎ日も落ちた
オフィスの一室で、一人邪悪にほくそ笑みながら札束を数えている男がいる。
「ひひひ……。今日も大漁大漁……」
その男は、このオフィスに入る会社の社長だった。尤も規模自体はそう大きくない。だか
らこそ法の眼は疎かになるし、また彼自身も守る気は更々なかった。
「やっぱり使い潰す奴あ、馬鹿に限る」
男の経営する会社は、いわゆるブラック企業だった。人を酷使し、物を惜しみ、暴利を貪
る者達の一人だった。
優遇するのは自分に忠実なイエスマンだけ。その一部の側近の下に、学も浅い下っ端達を
文字通り消耗品のように従える。
疑問を抱く者、呈する者、いわんや歯向かってくる奴には容赦しない。徹底的に日陰に追
い遣って手前の立場ってものを解らせてやる。辞める事も許さない。せっかく手間を掛けて
採用してやったんだ。余計な真似をしないよう、磨り減って無くなるまで使ってやる。
一番の無駄金は、人件費だ。なぁに分かりやしない。それぞれの給料をちょろまかすなん
てのは日常茶飯事だった。組合? 誰が許すと思ってる。そんな暇があるならもっと働け。
もっと俺に金を持って来い。ノルマをこなして来い。
こういう時、馬鹿が大半を占めていると都合がいい。奴らはそこまで頭が回らないし、考
えようともしない。こちらが日頃から働き詰めになるよう仕向けてやれば、そんな余裕すら
持てなくなるだろう。加えて今はそういう“運動”自体を格好悪いものとして避けるような
風潮がある。こっちとしては願ったり叶ったりだ。
「……?」
だが、そんな時だった。ふと男は背後から気配を感じ、ほくそ笑む口角と札束を数える手
を止めた。目を丸くし、ゆっくりと後ろに振り返る。
『──』
そこには見慣れぬ、二人の侵入者が立っていた。
一人は草臥れたスーツの上にフード付きのパーカーを羽織り、ぶらんと片手に奇妙な短銃
型の装置を握っている男。もう一人はその傍に付き従う、金色の騎士甲冑──文字通りの怪
物だった。
「な、何だお前ら! どうやってここに入って来た!?」
男は黒縁眼鏡がずれ落ちるのも構わぬまま、この二人に向かって叫んだ。さっきまで、ま
るで気配などなかった筈だ。
「大体、警備の奴はどうし──」
そして言いかけて、止まる。彼らの背後、少し開いた扉の向こうの通路に、その警備員達
が倒れていた。白目を剥き、或いはぐったりとうつ伏せになってぴくりとも動かず、遠目に
も全員が倒された後なのだと解る。
(何だ、こいつらは……?)
口元から目元へと、表情が引き攣る。彼らは自分が雇っている、荒事専門の男達なのだ。
にも拘わらずそんな屈強な彼らが、こちらが気付く前に全てやられていた。つまり物音の
一つすら立てずに。極めて短時間で。
「……徳永太一郎だな?」
「ひいっ?!」
ぽつり。ぐるぐると思考が切羽詰まる中、フードの男が言った。恐怖と驚きと。何故俺の
名を知っている? 疑問は次々に過ぎったが、何かが喉に引っ掛かるようにして中々言葉と
なって出てこない。
「正義の名の下、お前を処罰する。やれ」
そしてフードの男が命じるままに、金色の騎士甲冑が動いた。ザラリと幅広の両手剣を抜
き放つと、ゆっくりこの社長・徳永に近付いていく。
「ま、待て。待ってくれ! 金ならある。幾ら欲しい? 誰かの差し金だろう? その倍、
いや三倍は払うから、見逃し──」
「……」
テーブルの上の札束を震える手で掴み取り、見せてくる徳永。
だがフードの男は、影になったその表情を一切変えず、酷く冷たい眼でこれを見ていた。
心の底から侮蔑し、静かに怒りさえ宿していた。
変わらず、金色の騎士甲冑が近付いて来る。間合いはやや近距離。徳永はすっかり腰を抜
かして椅子から転げ落ち、涙目になっている。自分のみせた反応がまるで逆効果だと気付い
たのは、これからもっと後になってからの事だった。
くるり。直前小さく嘆息を吐き出して、フードの男は踵を返す。
それが合図だった。徳永の絶望した思いは届かない。騎士甲冑の幅広剣が大きく振り上げ
られ、這いつくばって逃げ出そうとするこの男の背中を──。




